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ブランド復活を背負った技術者

フィリップ・クリーフ氏との30分の面会には、11週間前から予約が必要だ。驚く必要はない。昨年9月、マルセイユ出身のクリーフ氏は、ルノー・グループの新しい最高技術責任者(CTO)に就任した人物である。

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2023年にフェラーリを離れ、アルピーヌのCEOに就いている60歳の彼にとっても、これは相当なキャリアアップだっただろう。

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アルピーヌのCEO、フィリップ・クリーフ氏

彼は両方の仕事を並行してこなしており、毎日分刻みのスケジュールで動いている。まさにハードコアだ。

ルノーダチア、そして「車両サービスを提供する」モビライズを担当する研究開発の責任者であるクリーフ氏は、アルピーヌブランドの復活にも大きな責任を負っている。そのため多忙を極めているが、もし彼を捕まえることができれば、興味深く、骨のある人物だと気づくだろう。

インタビュー当日、ルノーテクノセンターの地下にある巨大なターンテーブルが置かれた展示スペースで、CTOの到着を待つ。広報スタッフたちの緊張した様子から、彼がただならぬ人物であることがよくわかった。

アストン マーティンの元CEO、トビアス・ムアース氏のような威圧感はない。同氏に面会すると、人々はしばしば強い威圧感を覚えるが、ここではそのような雰囲気はまったくなかった。

皆は眉をひそめ、会話も途切れ途切れに、椅子を何度も並べ替えた。そして、彼は予定より5分早くわたし達の前に現れた。黒いタートルネックを着て、自動車の設計開発者というよりも、カーデザイナーらしい出で立ちだった。

エンジニアになりたくて自動車業界へ

AUTOCAR英国編集部は今年、フィリップ・クリーフ氏を『マンディ・エンジニアリング・アワード(Mundy Award for Engineering)』に選んだ。彼は一体どのような人物なのかというと、まず、生まれつきのエンジニアだ。経営幹部は多くの場合、クルマへの情熱を親から受け継いでいるものだが、彼の両親は自動車業界とは無縁で、引越し業を営んでいた。

家業は好調だった。若い頃のクリーフ氏はDSシトロエンの後部座席で過ごし、父親のプジョー504クーペ(ピニンファリーナ設計のモデル)に特別な思い入れがある。魅力的なマシンが常に周囲にあった。しかし、それが原動力というわけではない。

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クリーフ氏へのインタビューはルノーテクノセンターで行われた。

彼が目指していたのはエンジニアリングの仕事だった。「そこで、自分の情熱とクルマを組み合わせたんです」と彼は言う。エンジニアリングが願望であり、クルマはそれを実現する手段だった。やがて、そのバランスは変化し、今では他の分野でのエンジニアリングは考えられないという。

「わたしが学んだこと、そして今では不可欠なのは、クルマに魂を吹き込むことです。試乗すると、それを感じることができます」とのこと。MRIや無人ロケットを設計しても、同じような感動は得られないのかもしれない。

これはクリーフ氏らしい発言だ。彼は、アクセントのある英語で、エンジニアリングの概念や構造を説明する際は正確に発音しながら、静かに、しかし威厳を持って話す。同時に、他人が言ったら少し気取って聞こえそうな感情的な表現もしばしば口にする。

「魂」が彼の作品の核となっていることは、彼の過去の作品を知っている人なら誰でも理解できるだろう。クリーフ氏が唯一無二の存在だということが、言葉の端々からも伝わってくる。

一方で、彼は定量的なアプローチにこだわり、「結局のところ、たとえ主観的なものであっても、クルマを特別なものにする要素は測定可能です」と主張する。シャシー開発における雑用をすべてこなし、コストを削減し、才能ある人材を発掘できるシミュレーターを高く評価している。

しかし、彼は「あらゆる面で完全に調和した」スポーツカーを作るためには、人間的なタッチが不可欠であると固く信じている。

世界各地のメーカーを経験

多くの点で、彼はアルピーヌのようなロマンチックなブランドを未知の領域へと導くのに最適な人物だ。世界トップクラスのシャシー開発者としてのクリーフ氏の独自性は、多様でハードなキャリアパスに由来していることは間違いない。

学生時代の最終年度の一部はルノーで過ごし、初期のサスペンション・シミュレーションモデルの開発に携わった。1980年代においては先駆的な取り組みである。次にミシュランに移り、タイヤ開発の「試行錯誤の過程」を経験した。

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クリーフ氏が開発に携わったフェラーリ458スペチアーレ

彼は当時の上司について懐かしそうに語る。「社内で上司だけが信じるコンセプトを押し進めていた」のを間近に見て刺激を受けたという。その上司は確かなデータと意志を持って、上層部にコンセプトの価値を示したそうだ。その後、ミシュランが自動車メーカーとの重要な契約を獲得するため、日本に進出した。

そこで、クリーフ氏の細部への情熱と事実へのこだわりは、日本のエンジニアたちによって「1000倍に増幅された」という。「彼らは非常に正確で、理解しようと意欲的で、分析に熱心でした」と振り返る。

その後、イタリアに移り、147 GTAからデュカトまで、フィアットのあらゆる横置きプラットフォームのシャシー開発を指揮したことで、ある種のカルチャショックを受けたようだ。しかし、その経験がエンジニアとしての幅広い知識をもたらしたことは間違いない。

そしてマラネロ。フィアット・ドブロの低速域でのショック制御は、ミドシップスーパーカーの限界域でのハンドリング特性に置き換えられた。今日でも、クリーフ氏は458スペチアーレ(史上最高のポテンシャルを秘めたスーパーカーの1つ)のダイナミクスの基盤を構築したことでよく知られている。

しかし、彼の真の最高傑作はその後に続いたものだったかもしれない。アルファ・ロメオのジョルジオプラットフォームは、開発の大部分が秘密裏に進められたプロジェクトで、その結果生まれたジュリアは、BMW 3シリーズへの対抗馬となった。メカニカルな要件は同じながら、素晴らしく新鮮で活気のあるアプローチを採用している。

「3年以内にプラットフォームとクルマを開発するよう求められたんです」とクリーフ氏は振り返る。「フィアットの部品は一切使用できず、技術的なアドバイスも一切なかったため、少人数のチームを編成しなければなりませんでした」

クリーフ氏が言う小規模チームの利点は、サスペンションブッシュドロップリンクなど、特定の部品だけを設計する人が1人もいないことだ。「システム全体について考えるようになります」

EVにも同じ運転の「喜び」を

これはクリーフ氏が重視している働き方だ。現在統括するアルピーヌだけでなく、ルノー・グループ全体のポートフォリオにもさらに深く浸透させようとしている。

2023年にフェラーリからアルピーヌへの移籍を検討していた当時については、「アルピーヌのフィロソフィーに自分が合うかどうかを確める必要がありました」と語っている。イタリアで25年間働き、プラグインハイブリッドフェラーリ296 GTBの最終承認を終えた後のことだった。

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アルピーヌでは高性能EVラインナップの構築を進めている。

「わたしはもう変化するには歳を取り過ぎました。アルピーヌから最初に連絡があったとき、この挑戦について考えました。すなわち、ゼロスタートで、わたしがこれまで開発し、愛してきたクルマと同じ特性を持つEVを開発することです」

それは魅力的なオファーであった。彼は、おそらく最後となるであろう大きな仕事のために、故郷フランスへと戻った。現在、そのビジョンは具体化しつつある。A390は、デュアルモーターのリアアクスルと巧妙なシャシーエレクトロニクスを搭載し、プロトタイプは期待が持てる仕上がりだ。来年、既存のA110(クリーフ氏の製品ではないが、その印象は驚くほど似ている)は生産終了となる。

A110の後継車は2027年に登場し、アルピーヌ・パフォーマンス・プラットフォームを導入する。このプラットフォームは2+2クーペのA310にも採用される。V6エンジン搭載のスーパーカーも開発中だ。

いずれの場合も、クリーフ氏の履歴書にあるクルマの魅力を定量化し、それをEVに落とし込むことが目標だ。難しい仕事だが、不可能ではない。

彼は言う。「(ガソリン車とは)異なるアーキテクチャー、異なる重量と慣性、エネルギー密度の高いモーター、より短い応答時間など、(エンジニアリング手法は)異なりますが、結果は同じ、つまり『喜び』につながるでしょう」


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