予測不能な社会情勢と止まらない物価高騰は、現代の若者たちの経済状況を厳しくするばかり。これに拍車をかける大きな問題がある。奨学金の問題だ。一昔前に奨学金を借りた世代とは状況が大きく異なり、その負担はより重い。本記事では、Aさんの事例とともに、若者たちが直面する経済的課題の現状について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。

投資ができないワケ

「みんなNISA始めたっていっているけれど、私にはそんな余裕ないです……」

社会人2年目のAさん(24歳)は、大学時代に日本学生支援機構の貸与型奨学金を総額約400万円借り、現在は毎月約1万8,000円の奨学金を返済しながら、都内で一人暮らしをしている。月の手取りはおよそ18万円。そこから家賃、光熱費、通信費、食費を支払えば、自由に使えるお金はほとんど残らない。飲み会や趣味、ちょっとした服の購入にも気を遣うようになり、「投資」や「資産形成」という言葉は、いまの生活からは遠い世界のように感じられるという。

将来のためにNISAやiDeCoを始めたいと思ってはいるが、「この返済がある限り、お金にも気持ちにも余裕がない」と本音を漏らす。休日には、出費を避けるために家にこもりがちになり、SNSで投資の勉強をしている友人たちの投稿をみては、自分だけが取り残されているような気がして、焦りが募るばかり。

精神的な負担は、返済そのものにも影を落とす。「3ヵ月連続で引き落としに失敗すると、個人信用情報機関に登録されると聞いたので、ちゃんと毎月引き落としされているか不安になる」と負担を感じている様子がうかがえる。月々の返済額を減らせる減額返還制度の利用も検討したが、「返済期間が延びるのは気が引けるし、早く終わらせたいので結局やめた」という。

大学生の3人に1人が奨学金利用…40歳までの返済義務

これはAさんに限った話ではない。日本学生支援機構のデータによれば、令和5年度時点で大学生の約3人に1人が奨学金を利用しており、卒業時の平均借入総額は313万円に上る。平均的な返還期間は15年とされており、仮に22~23歳で社会に出た場合、およそ40歳まで返済義務を負い続ける計算となる。

一方、厚生労働省の調査によると、東京都内の新卒初任給の平均は月収21万2,500円で、手取りはおよそ17万円程度。これに対して、総務省の家計調査では、34歳以下の単身世帯の平均支出は17万6,160円と、手取りを上回っている状況だ。

つまり、平均的な若者は借金を抱えた状態で社会に出ており、資産形成や将来の準備に取りかかるための土台すら持てていないのである。投資以前に、日々のやりくりに追われている。

親世代の数倍の負債…若年層が背負うもの

三井住友信託銀行の調査によれば、2人以上世帯における平均負債残高は、1990年時点で20代が115万円、30代が366万円だったが、2023年にはそれぞれ8.6倍の992万円、5.1倍の1,854万円に膨れ上がっている。

この背景には、主に2つの要因がある。ひとつは住宅価格の高騰だ。特に都市部では、新築・中古ともに価格の上昇が続いており、マイホーム購入にあたって必要となる借入額が増加している。もうひとつは、大学進学率の上昇と学費の高騰、そして保護者の収入がそれに追いついていない現実である。こうしたことから、教育費を家庭だけではまかないきれず、奨学金に頼るケースが増えているのだ。

結果として、20代では年収の約1.6倍、30代では約2.7倍もの負債を抱えている。これは単なる家計の問題に留まらず、日本経済全体に影響をおよぼしかねない深刻な課題である。

消費不振の背景にある“将来不安”と企業の役割

若者の消費が伸び悩む背景にあるのは、可処分所得の伸び悩みだけではない。老後資金2,000万円問題や、新型コロナウイルスなど予測不能な出来事を経験したことにより、「将来への不安」が増大し、支出に慎重になる傾向がある。加えて、物価高騰や社会保険料の負担増も影響し、若年層の節約志向はますます強まっている。こうした状況では、結婚や出産といったライフイベントの先送りが進むだけでなく、スキルアップのための自己投資や、起業といった前向きなキャリアの選択にも消極的になりやすい。

若者の消費の低迷は、日本経済全体の停滞につながりかねない。

こうしたなか、最近注目されているのが福利厚生制度の見直しだ。とりわけ、企業が従業員に代わって奨学金を返還する「奨学金返還支援制度」が注目を集めている。日本学生支援機構によれば、制度開始の2021年から約3年で、令和6年10月末時点で全国2,587社が導入している。この制度には、以下のような明確なメリットがある。

1.所得税が非課税   企業が直接返還することで従業員の所得とは見なされず、所得税がかからない。

2.社会保険料が不要   代理返還された奨学金は報酬に含まれないため、保険料の負担も増えない。

3.損金算入が可能   企業側にとっては給与扱いとなるため、法人税の課税対象所得を軽減できる。

4.定着率・生産性の向上   従業員のエンゲージメント向上につながり、人材の定着や生産性向上が期待できる。

月々1〜2万円の返済でも、収入の少ない若手社員にとっては大きな負担だ。これを企業が支援することで、消費や自己投資への心理的ハードルが下がり、将来に向けた行動がしやすくなる。「借りたら返す」は当然の価値観かもしれないが、時代背景が大きく変わっていることを踏まえれば、こうした支援を行う企業が増えているのは心強い傾向だ。

消費を促し、日本経済を活性化させるには、このような企業の取り組みがますます重要になるだろう。さらに、企業が返済した奨学金は再び次の学生のもとへと循環するため、未来の担い手の学びや挑戦を支えることにもつながる。

もちろん、賃上げも必要だ。しかし、現状ではそれが返済や貯蓄に回ってしまうため、実質的な可処分所得を増やすような福利厚生制度こそが、若者の挑戦や消費を後押しするカギとなるだろう。

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者

(※写真はイメージです/PIXTA)