
※本稿は、藤村昭夫『世界の最新医学が教える最高の薬の飲み方 時間治療』(講談社)の一部を再編集したものです。
■体内時計は「1日25時間」
あらゆる生物は、「生体リズム」によって生き残るための最適化を図っています。
そして、その生体リズムを刻むために「体内時計」を持っています。私たち哺乳類の場合、メインの体内時計は、左右の視神経が交叉する「視交叉上核(しこうさじょうかく)」と呼ばれるところにあります。
このメインの体内時計は、別名「中枢時計」とも呼ばれ、時間治療に深く関わるサーカディアンリズムをつくりだしています。実は、中枢時計の周期は1日24時間ではありません。以前、健康な志願者を対象に研究が行われました。
それによると、太陽光がまったく入らず時刻の手がかりがない状況において1人で長時間過ごすと、人は約25時間周期で生活することが明らかになったのです。しかしながら、人が暮らす地球の自転はほぼ24時間周期です。そこで私たちは、生き残るために、地球の自転に合わせて自分のリズムを調節する能力を得たのです。その能力を、専門用語で「同調」と言います。
こうした中枢時計のほかに、体のさまざまな部位・臓器に存在する「末梢時計」もあります。末梢時計は、中枢時計の指令を受けているものの、中枢時計とは違う独特のリズムを刻んでいます。
■ズレを修正するのは「光」と「食事」
中枢時計は、ホルモンなどの分泌や自律神経を介してリズム情報を各臓器に伝え、その情報に沿って各臓器は働きます。このとき、末梢時計は中枢時計の影響を受けながらも、摂食、睡眠や覚醒といった刺激に応じてリズムを微調整し、環境の変化に対応しています。
一般的に、体内時計をオーケストラにたとえ、中枢時計を指揮者、末梢時計をさまざまな楽器奏者として説明されることがあります。しかし、私は少し違った見方をしています。
体内時計を企業体と捉え、中枢時計は本社、末梢時計は支店と考えたほうが適切ではないかと思うのです。というのも、オーケストラの楽器奏者は指揮者の指示に従うことしかしません。一方で、支店は本社から事業方針という大きな指示は受けるけれど、各地の状況に応じて本社からの方針に変更を加え、事業を推進しています。まさに、中枢時計と末梢時計はこうした関係にあるのです。
前述したように、中枢時計は本来、「25時間」ほどの周期で自律的に動いています。それを地球の自転に沿った24時間に合わせるためには、「同調因子」が必要です。同調因子として最も強力なのが「光」で、次いで「摂食」が挙げられます。
■「起きたらカーテンを開ける」は正しい
夜間に眠っていたのが、朝の光が目から視交叉上核に届くことで、中枢時計のリズムが前に進みます。それによって、1時間弱の持ち越しはチャラになり、活力にあふれた一日をスタートできます。
一方、夜間に強い光を浴びると中枢時計のリズムが後退し、朝になっても夜の状態が続きます。そのため、午前中の作業効率が悪くなるのです。夜型ではなく朝型の生活をし、「朝起きたら、まずはカーテンを開けて日差しを浴びなさい」と言われるのはこのためです。
さらに、食事をすることで、各臓器にある末梢時計に大きな刺激が与えられます。食物が入ることで消化器への刺激となるのはもちろん、血中ブドウ糖濃度が上がることでインスリンが分泌されたり、交感神経が優位になったりして、さまざまな臓器に連絡が届きます。
ちなみに、インスリンをたくさん出させるようなエサをマウスに与えると、末梢時計のリズムが乱れることがわかっています。このことから人間も、規則正しくかつ内容の良い食事を摂らなければ、末梢時計のリズムが乱れ、いろいろな疾患を呼ぶ可能性があると考えられます。
■体内時計が狂うと、健康リスクが高まる
いずれにしても、中枢時計が地球の自転に同調し、末梢時計もそれぞれ独自のリズムできれいに動いているおかげで私たちの健康は守られています。逆に、こうしたリズムが乱れることで、私たちは体調を崩しやすくなります。
メインの中枢時計のリズムが乱れれば、睡眠障害が起きることは容易に想像がつくでしょう。それだけでなく、指令を受けている末梢時計にも狂いが生じるため、あらゆる病気に罹(かか)りやすくなります。
たとえば、体温は午後から夕方にかけて最も高く、その後、徐々に低下し明け方に最も低くなります。体温が低くなるにつれて睡眠が誘発されるので、体内時計が乱れると不眠の原因にもなります。また、血圧は起床の直前に急に上昇しますが、これは交感神経の活性が急激に高まるためです。
起床後に、その日の活動を速やかに開始するための準備をしているとも言えます。ところが、体内時計が乱れると血圧コントロールがうまくいかず、心筋梗塞や脳梗塞が起きやすくなることが知られています。
こうした観点からすると、最強の健康法は「早寝、早起き、朝ごはん」。より実態に即して言うなら、「早起き、朝ごはん、早寝」ということになります。ほかにも、食事内容や、生活習慣など、体内時計を狂わせないための要素がいくつかあります。
■「夜に食べると太る」のは理由があった
中枢時計やそれぞれの臓器にある末梢時計独自の働きには、「時計遺伝子」と呼ばれる、体のほぼすべての細胞に存在する遺伝子が関わっています。時計遺伝子は、ひと口に言うと「リズム性を介して生体機能(体温や血圧など)の健全性を保つための遺伝子」です。
末梢でのリズム形成だけでなく、たとえば軟骨細胞や脂肪細胞の分化などにも関与しています。時計遺伝子には、次のように名付けられたものがあります。
Clock(クロック)
Bmal1(ビーマルワン)
Cry1・Cry2(クライワン・クライツー)
Per1・Per2(パーワン・パーツー)
(注:遺伝子は通常、頭文字は大文字、その後は小文字。生成された遺伝子産物はすべて大文字で表します)
このうち、Bmal1の遺伝子産物BMAL1は夜間に増加することがわかっています。専門的な難しい言葉まで覚える必要などありません。ただ、この夜間におけるBMAL1の増加が時間治療に大きく関わってくるのだということだけ理解しておいてください。
たとえば、「夜に食べると太る」と実感している人は多いでしょう。これには、夜間に増加するBMAL1が関係しています。このBMAL1は脂肪細胞の数を増やします。脂肪細胞の数が増えても、そこに溜め込むものが送られてこなければどうということはありません。
しかし、それを待ち受けている脂肪細胞が多い夜に食べれば、脂肪の貯蔵が進むため太るのです。こうした時計遺伝子による「作業」が、体のあちこちで行われています。その仕組みを知ることが、病気予防あるいはより効果的な治療につながるわけです。
■日本人は朝型4割、夜型2割
ここで誤解しないでほしいのですが、時計遺伝子の昼夜による働きの違いによって、いわゆる「朝型・夜型」という私たちの生活スタイルがすべて決まるわけではありません。
朝型か夜型かという体内時計のパターンをクロノタイプと言います。クロノタイプは、遺伝や加齢という要素も関与しているものの、どちらかというと「好み」の問題です。ただし、朝型か夜型かでリズムが違うのは確かだし、夜行性ではない私たちが夜型生活を長く送れば、健康維持の面で問題が生じるのは間違いないところです。
日本人のクロノタイプは、およそ朝型30~40パーセント、夜型10~20パーセント、残りは中間型と言われています。このクロノタイプは、たとえば夜型の人に時計遺伝子のひとつであるPer2遺伝子の変異が見られることなどが報告されているものの、年齢の影響のほうがはるかに大きいと考えられます。
幼少時はほとんど朝型であるのに、青少年期では夜型が多くなり、さらに加齢とともに朝型が増えるというように、年齢によってもクロノタイプは変化します。このように、クロノタイプは遺伝子とともに環境因子の影響を受け、十分な睡眠、朝の太陽光、規則正しい朝食摂取などが大きく関わることがわかっています。
飛行機で海外に行ったことがある人の多くが、「時差ボケ(ジェットラグ)」を経験しているはずです。実は、日本に居ながらにして時差ボケと同じような状況に陥ることがあり、それを「社会的ジェットラグ(Social Jet-Lag SJL)」と言います。SJLの大半は、忙しいウイークデイに睡眠時間を削り、週末に夜ふかし、朝寝坊をすることで起きます。
■心筋梗塞は月曜日に発症しやすい
SJLを起こす時差は、平日と休日の睡眠時間帯の中央値の差分で計測します。たとえば、平日の睡眠時間帯が午後11時~午前6時、休日の睡眠時間帯が午前1時~午前10時の場合、平日の中央値は午前2時30分、休日の中央値は午前5時30分になり、その差分は3時間です。
その結果、休日明けの月曜日に午前6時に起きると、何となく体がだるく、まるで時差ボケしたように仕事に集中できなくなるわけです。
SJLに関する調査で、40パーセント以上の人が1時間以上のSJLを経験しており、さらに年齢が若くなるほど頻度は高く、20代では61パーセント、30代では53パーセントが経験ありと報告されています。そして、SJLを伴う生活を長年続けると多くの疾患が生じやすくなることがわかっています。
なかでも、平日は無理に早起きして出勤し、その分、週末に遅くまで寝ているような夜型の人に、その傾向が強くなります。たとえば、心筋梗塞は月曜日に発症しやすいことがわかっています。
■「週末の長時間睡眠」は危険
ウイークデイに仕事をしている20人の健康な男性(平均年齢26歳)を対象に、金曜日と土曜日にいつもの時刻に寝たときと、3時間遅く寝たときの血圧の違いを調べた研究があります。
睡眠の長さ自体はほぼ同じであるにもかかわらず、月曜日の起床2時間後の血圧は、3時間遅く寝たときのほうが高いことがわかりました。朝の血圧が高ければ、心筋梗塞のリスクは上がります。また、SJLが長く続くとメタボリック症候群に陥りやすく、さまざまな慢性疾患に罹りやすくなります。
400人以上の健康な成人を対象にした調査で、SJLが続くと血中HDL-コレステロール(いわゆる善玉コレステロール)濃度が低下し、一方、血中トリグリセリド濃度および血糖値が上昇することが示されました。
さらに別の調査によって、SJLが大きい人はウエスト周囲径が大きいことも報告されています。これらはすべてメタボリック症候群の診断項目に入っており、ある一定基準に達するとメタボリック症候群と診断されます。
つまり、SJLが長く続くとメタボリック症候群になり、糖尿病や心筋梗塞など動脈硬化に伴う疾患にかかるリスクが高くなるのです。なお、夜間のシフトワークを長く続けると前立腺がんが発症しやすくなることも知られていましたが、SJLが長く続いても同様であることが報告されました。
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自治医科大学名誉教授・医学博士
1951年、石川県に生まれる。自治医科大学名誉教授。医師。医学博士。時間治療学スペシャリスト。金沢大学医学部卒業。金沢大学大学院(内科学)修了。大分医科大学助手、米国オクラホマ大学留学を経て、自治医科大学臨床薬理学教授などを歴任する。主な研究テーマは、臨床薬理学、時間治療学、トキシコゲノミクス。「時間生物学」という生物の生体リズムを研究する学問の考え方を、医学分野に取り入れた時間医学の研究に長年取り組み、「患者」にとって一番良い服薬の方法を追求し続けている。著書には『適正使用のための臨床時間治療学』(診断と治療社)、『世界の最新医学が教える最高の薬の飲み方 時間治療』(講談社)などがある。
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