
企業の「アイコン」を作る
実際に発売される前に、新型車がそのメーカーのイメージを一変させるほど高い評価を得ることは、極めて稀だ。
【画像】モダンデザインで現代に復活! フランソワ・ルボワン氏の2大作品【ルノー5とフィアット・グランデ・パンダを詳しく見る】 全43枚
それは、自動車デザイナーが夢見るような瞬間だが、実現できる人はごくわずかだ。しかし、フランソワ・ルボワン氏の最近の2つの作品は、まさにそれを実現している。しかも、それぞれ別の企業のために作ったものだ。AUTOCAR英国編集部は、彼こそが今年の『デザイン・ヒーロー(Design Hero)』賞にふさわしい人物だと考えた。
フィアットのデザイン責任者として、彼は1980年代のパンダへのオマージュを巧みに取り入れ、繊細なディテールを織り込んだ新型グランデ・パンダの開発を指揮した。
このモデルは、フィアット500に過度に依存していた同社に新たな可能性をもたらし、手頃な価格のクルマでも驚くほどスタイリッシュに仕上げることができると証明した。「新しいアイコンを作らなければならないと考えていました」とルボワン氏は語る。
「フィアットは素晴らしいブランドですが、わたしが4年前に着任した当時、500への依存度が高すぎました。それは誰の目にも明らかなことでしたが、その問題に取り組むのは容易ではありません。500は当社のヒーローカーだったため、すべてのプロジェクトを(デザイン面で)500に関連させるべきかどうかという疑問がありました。わたしの答えは、2台目のヒーローを作る必要がある、というものです。もちろん、容易なことではありません」
ルノー時代に開いた才能
ルボワン氏の物語は、彼がトリノのフィアット・チェントロ・スティーレに入る前から始まっている。自動車業界でのキャリアの大部分は、フランスのルノーで過ごしてきた。
ルノーのコンセプトカーのデザイン責任者として、彼はクラシックモデルのリバイバルという任務を与えられた。しかし、2年間の作業を経て、2020年に「誰も興味を示さない」という理由でプロジェクトは行き詰まってしまう。
ところが、ルノー・グループの新CEO、ルカ・デ・メオ氏が就任初日にデザインスタジオを訪れ、ルボワン氏の描いたEV版ルノー5のビジョンを見て、「これを作ろう」と言い出したのだ。
「最高の瞬間でした」とルボワン氏は振り返る。「あのようなプロジェクトを前進させることができるのが、CEOの力です。わたしはルカと6か月間プロジェクトに没頭し、彼は本当に近くで関わっていました」
デ・メオ氏が2021年にルノーの事業改革を打ち出した際に披露したのは、ルボワン氏のコンセプトカーだった。ルボワン氏は量産モデルが完成する前にフィアットに移籍してしまったが、彼の残したデザインの特徴はすべて引き継がれている。
自分がデザインに携わったクルマが、特にグランデ・パンダとほぼ同時に発売されるのは不思議な気分だという。ルノー5の登場を社外から見守っていたことについて彼は、「通常、社内にいれば、その過程を見ることができます」と語る。
「しかし、今回は時間のずれがあり、別の場所から登場する形になったんです。ただ、わたしはずっと、グランデ・パンダの方を見続けてきました。わたし達が打ち負かさなければならない相手が分かっていたからです。同じ武器ではなく、別の武器で競争できると分かって嬉しかったです。わたしがフィアットに入社したとき、最も重要だったのは、手頃な価格で、スマートに設計され、さらに親しみやすいクルマを作ることでした。これはEVでは難しいことです」
5とグランデ・パンダは、レトロモダンなデザインと比較的コンパクトなサイズだけでなく、親しみやすく明るいキャラクターにおいても結びつく部分がある。「ポジティブな未来のイメージを伝え、その未来を笑顔で届けることがとても大切です」
デザインへの並々ならぬ熱量
グランデ・パンダは、1980年の初代パンダからインスピレーションを受けているが、小型ハッチバックとしての直接の後継車というわけではない(そちらは現在、ルボワン氏のチームが開発中)。500シリーズと双璧をなすパンダファミリーの先駆けとなる、一回り大きいモデルだ。
「このクルマを新しいアイコンにする方法を考えなければなりませんでした」と彼は続ける。「最善の方法は、当社のストーリーを活用し、過去を持ちながら未来に向けて前進するクルマを作ることでした」
グランデ・パンダは、ステランティスのコスト重視型スマートカー・プラットフォーム(シトロエンC3やオペル/ヴォグゾール・グランドランドなども採用)をベースとしており、それはルボワン氏にとって強力な出発点となった。「この製品を市場の新領域に位置付け、既存のパンダと補完し合いながら、グローバル車としての可能性も持たせる必要がありました」
ルボワン氏は、初代パンダと新型パンダとの共通点はスタイリングではなく、「実用的なものをデザインすること」にあると主張し、次のように付け加えた。「フィアットらしさ、イタリアらしさが欲しかった。つまり、あまり実用的すぎないことも重要です。もし実用的すぎると、ドイツ車のようになってしまうでしょう。それはそれで良いことですが、わたし達はイタリアらしさを失ってはなりません」
「機能的でありながら、それ以上に、見る人を笑顔にする要素も必要なのです」
グランデ・パンダのトランクリッドには「Fiat」のロゴが刻印され、側面には「Panda」と車名が刻まれている。こうしたディテールが重要なのだという。
これは低価格車としてはかなり大きな挑戦であり、ルボワン氏は「あらゆる面で大変な苦労がありました」と認めている。「可能な限りコストを削減する一方で、グランデ・パンダとして必要なものは守らなければなりませんでした」
見た目以外の機能を持たないボディのプレス加工は、「コストを正当化するのが難しかった」としながらも、「それはオリジナル車の哲学に深く根ざしたものであり、このクルマの個性を形作る要素だと感じていました」と言う。
しかし、経営陣の承認を得たにもかかわらず、工場では当初、適切な品質レベルを満たす加工を行うことができなかった。解決策は、意外なところにあった。「Panda」の文字は、プレス加工の質を維持できるデザインに変更され、それがロゴのフォントになったのだ。
「刻印のフォントは、まさにパンダの哲学を体現した工業デザインです。フィアットは誰もが手に入れられるソリューションを提供することを使命としています。それが、わたしが工業デザイナーとしてフィアットにいる理由でもあります。わたしの価値観に合っているのです」
フィアットの未来を形作る
ルボワン氏は最初から工業デザイナーだったわけではない。フランスのノルマンディー地方で育った彼は、まず美術を学び、その後デザインに応用し、大学で工業デザインを専攻した。そこで縁あって、パリを拠点とするデザイン事務所MDBに3年間在籍し、韓国のTGVやトラム(路面電車)などのプロジェクトに携わることになった。
「どの仕事もトラムに関するものばかりでした」と彼は微笑む。「当時、欧州のすべての都市がトラムを導入したがっていましたから」
しかし、自動車デザインへの情熱が「満たされない」まま、ルボワン氏はロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートに留学し、そこで最終的にルノーの支援を受けて就職した。
彼はまず、2代目メガーヌのデザインに携わり、最終的には3代目のデザイン責任者まで務めた。「プロダクトデザインとして初めての経験でした。彼らはわたしをアーティストとして迎え入れ、エンジニアリングとは何か、そして物事をうまく機能させる方法を教えてくれました」
ルノー在籍中、ルボワン氏はクリオ、キャプチャー、ダチア・サンデロの開発においてエクステリアデザインスタジオを率いた。その後、アドバンスドデザインスタジオに移り、5やルノー・モルフォズなどの開発に携わった。
ルノーで20年ほど働いた彼だが、フィアットへの移籍は望んでいなかったと語る。「わたしは自動車業界の未来を計画していますが、自分の将来についてはあまり考えていないんです」と彼は冗談めかして言う。しかし、移籍の機会が訪れたときは「あまりにも興味深くて、見逃すことはできなかった」という。妻と子供たちからも熱烈な賛成を受け、彼はフィアットへ移ることを決意した。
多くのデザイナーと同様、ルボワン氏も一緒に働くチームを高く評価しており、AUTOCARアワードの受賞は彼自身だけでなくチーム全体の成果だとしている。
「チームはエネルギーに満ちています。人数もリソースも限られていますが、彼らはこれまでやったことのないことに挑戦する勇気を持っています。わたしは自分が望むものを明確にイメージしていましたが、彼らはそれを迅速かつプロフェッショナルに実現してくれました」
今後もさまざまな展開を控えている。グランデ・パンダは、パンダをベースにした5つのコンセプトカーの1つに過ぎず、これらすべてが今後数年で量産化される予定だ。また、新型パンダや、定番の500の新モデル、その他のモデルも登場する。
ルボワン氏は、今後の製品には「レトロなセンス」が盛り込まれると言うが、「過去を知らなくても、これらの製品は受け入れられなければなりません。わたし達はポップカルチャーやカーカルチャーを融合しており、そのコードを知らない新しい世代にも受け入れられるデザインでなければなりません。彼らは、過去のレトロな要素を認識しないでしょう。グランデ・パンダを見た人は、単に現代のクールなクルマだと感じると思います」と付け加えている。
グランデ・パンダはまだショールームに登場したばかりだが、フィアットはすでに、長年獲得できていなかった地位を確立しつつある。「わたし達は可能性を切り開き、1台の車でブランドのイメージを一新しました」とルボワン氏は力を込める。「フィアットは500だけではない、新鮮な存在になりました。フィアットのあるべき姿に立ち返ったのです」
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