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 ソラコムは、2025年7月16日、今年で10回目となるIoT・AIのカンファレンス「SORACOM Discovery 2025」を開催。本記事では、「デジタル変革の羅針盤」と題し、エンタープライズ企業の“CIO(Chief Information Officer)/CDO(Chief Digital Officer)”3名をゲストに迎えたセッションをレポートする。最前線でIoT・AIの取り組みをけん引してきたCIO/CDOたちが、「デジタル変革は必要だったのか」「生成AIはどのような価値を生むか」などを本音で語り合った。

 登壇したのは、関西を中心に阪急百貨店阪神百貨店イズミヤなどのスーパーマーケットを展開するエイチ・ツー・オー リテイリングの小山徹氏、エレベーターやエスカレーターの開発・製造・保守を手掛けるフジテックの友岡賢二氏、ディーゼルエンジンに端を発して、農業機械や建設機械、発電機などを提供するヤンマーホールディングスの奥山博史氏の3名だ。モデレーターは、ソラコムのテクノロジーエバンジェリストである松下享平氏が務めた。

CIOとCDOの違い、部門を分けるメリット

ソラコム 松下享平氏(以下、ソラコム 松下氏)CIOやCDOとして、デジタルを活用して仕事を変えるのが、皆さんの主な役割ということで合っているでしょうか。

エイチ・ツー・オー リテイリング 小山徹氏(以下、H2Oリテイ 小山氏):紙ベースの仕事をデジタルに変えないとAIも使えないです。“秘伝のタレ”的な現場の手帳がまだある百貨店業界で、ITやデジタル化を進めています。CIOとCDOを分けている企業も多いですが、私は両方の役割を担っています。

ソラコム 松下氏CIOとCDOは違いがないというイメージもありますが、友岡さんはどう思いますか。

フジテック 友岡賢二氏(以下、フジテック 友岡氏):私も、CIOとCDOの両方名乗っています。CDOは、イノベーションを起こすアイディアを生み出すのがメイン。一方のCIOは情シス寄りで、「守りのIT」の比重が大きいです。一人で担っても良いですが、部門を分けると、予算がごちゃまぜにならなくて済み、より専門的な人材を獲得しやすくなるなど、体制を強化できます。

ヤンマーホールディングス 奥山博史氏(ヤンマーHD 奥山氏):3年ほど前に、ITやデジタルを「やらないとまずいよね」というコンセンサスから、専任する取締役も設けて、私が選ばれました。

われわれはITやデジタルの目的を、「課題の設定/改善案の仮説策定」「情報/データ収集」「意思決定」「アクション」のPDCAを高速に回すことだと考えていまして、それを「ぐるぐるモデル」と呼んでいます。このモデルをバラバラに取り組むのではなく、“自動で回す”ことを意識すると、ITとデジタルをひとりの人間が判断した方が加速できるため、私が両方を担っています。

デジタル変革で見えるようになったもの、生成AIの登場で“誰もがトップランナー”に

ソラコム 松下氏:デジタル変革がすでに“出来上がった”皆さんに、なぜ必要だったのか、これから取り組む企業に未来の話を聞かせて欲しいです。

ヤンマーHD 奥山氏:さきほどのぐるぐるモデルを速く回す例を挙げると、以前は経営情報でも重要な「商品別の連結の採算」を、基幹システムからExcelに落として、加工・統合するという手間をかけて出していました。しかも、更新頻度は半年に一度ほどです。それが、デジタルの力で、毎月、そして毎週把握できるようになっています。その頻度を上げると、意思決定の精度も上がる、そういうことを目指しています。

ソラコム 松下氏:デジタルによって、見えるようになるまでの時間を短縮できるという話ですね。

ヤンマーHD 奥山氏:さらにIoTの力で、“見えなかったものも見える”ようになり、より統合的な判断ができるようになります。

フジテック 友岡氏:このIoTの議論は、日本では当たり前でも、海外では違ったりします。例えば、領土が小さいシンガポールでは、「すぐに現場に行けるためIoTはいらない」と言われる。とはいえ、新型コロナロックダウンに陥ることで、IoTやってみようとガラっと変わりました。とにかく、“人はスケールしない”ため、現地に行くというコストが年々上がっています。そのコストが見合うようなサービス設計をIoTのような技術を活用して実現する、そういった側面もあります。

ソラコム 松下氏:人のスケールというと、人が接客をする小売では、どうデジタルが関わっているのでしょうか。

H2Oリテイ 小山氏:カメラを設置して、顧客行動を分析する実証実験をしたことがあります。「(ID-POSなどで)そんなの分かるよ」と言われることもありますが、実は“買わない”行動を分析することが重要です。スーパーでも、カメラで品薄状態の棚を把握できますし、AI分析で通路の配置を最適化することもできます。このように小売でも、見えるようになるものは結構あります。そのため、紙をやめようとしていますが、水をあつかう食品まわりなど、すべてをデジタル化するのは難しいのが現状です。

ソラコム 松下氏:デジタルできない領域は、友岡さんや奥山さんもありますでしょうか。

フジテック 友岡氏:製造業のスマイルカーブ(製造工程の収益率を表す概念)を見ても、付加価値の低い製造の領域と比べて、付加価値の高い「サービス」の領域は、デジタル化が進んでいないです。エレベーターでいうと、保守が重要な差別化要素になっている中、依然人がカバーしている状況。このサービス領域を活性化・省力化して、利益の源泉を加速する“エンジン”にする仕組みづくりが、今後の情報部門の大きな仕事になります。

ヤンマーHD 奥山氏:われわれも営業やサービス部門の現場の人が、どうお客さまとやり取りして、どういう情報に基づき修理をしたかというのが全然残っていなかったです。目指す姿としては、マルチモーダルな生成AIが、画像から言語化できないような匠の技やノウハウを学習していくこと。そうすることで、新人の研修に利用したり、誤った対応の際にアラートを出したりできるようになります。

フジテック 友岡氏:AIでいうとIoTが始まった頃、「IoTを役立てるためにもデータを貯めるべき」と言われていました。それが必要なくなったのが、生成AIの最大のメリットだと思います。今から始めてもトップランナーになれるのです。

ソラコム 松下氏:基調講演でも、IoTで貯めた埋蔵金ともいえるデータを、AIという名のつるはしで掘り出していきましょうという話がありましたね。

生成AI定着化のポイント、変わる現場力と生成AIとの協働

ソラコム 松下氏:うまく、皆さんからAIの話を引き出すことができました。日本の生成AI活用の実態は、調査の切り口によっても全然異なる状況にあります。皆さんは、どんなアプローチで生成AIに取り組まれていますでしょうか。

H2Oリテイ 小山氏:モノを売ったり、サービスを提供したりするのは、実はAIとは遠い位置にあります。ただ、営業トークやマーケティングは、生成AIと対話しながら考えたほうが良いです。われわれは、データを外に出さないようにしつつ、全従業員のプラットフォームに生成AIを組み入れています。

私の所属するデジタルイノベーション室では、若い百貨店のメンバーと現場のユースケースを80個ほど挙げ、それぞれに最適化したプロンプトを通して「クマ吉」が答えてくれるといった仕組みを開発しました。生成AIを使っていると意識させず、“ググる”ような体験で、生産性を向上できます。ただ、使う・使わないは二極化してきており、いかに必要だと思ってもらうかは課題ですね。

フジテック 友岡氏:製造業においても、たくさんの本を読んで得てきた知識に簡単に到達できる、魔法の杖のような技術なはずですが、やはり使わない人は使わないです。スマホの登場時には、最終的に皆がガラケーから乗り換えましたが、AIはほっておけば皆が使うかというとそうはならない。

われわれは、AWSやSORACOMのコミュニティに入っていますが、大企業ではコミュニティを通じて学ぶといったアプローチが比較的うまくいくと思っています。ハンズオン形式などで最初の一歩を踏み出してもらえるかが重要です。

H2Oリテイ 小山氏:われわれも最初に、全役員にハンズオン形式でAIを体験してもらいました。上の人がやると、下の人もやらざるを得ないです。60代の役員でも、AIを体験することで会議で意見を出せるようになることが大きいです。

ソラコム 松下氏生成AI活用を推進するには、意識させない仕組みを用意する方法やコミュニティを通じて学ぶ方法があるということですね。奥山さんはどうでしょうか。

ヤンマーホールディングス 奥山氏生成AIは仮説策定や意思決定などに役立つ、ぐるぐるモデルをスピードアップさせる重要な手段だと位置付けています。例えば、機械が壊れた原因を突き止める際に、マニュアルなどをRAGでつなぐと効果が得られるのは間違いないです。ただその中で、上手くいかない事業部が出てくるのは、“期待値の調整”の差だと思っています。魔法みたいなことができると期待していると、データの不備で精度が上がらず、そこで止めてしまいます。

ソラコム 松下氏:その瞬間だけで評価を終えてしまうか、将来伸びしろがあるかを見極められるかは、テクノロジー全般でいえそうです。そう考えると、AIを活用するモチベーションがどこにあるかを、いろいろな角度から訴求していくのが「AIを使う側の責務」だと感じました。

H2Oリテイ 小山氏:一方で、勘や経験、自身で見極めたデータを基に成果を出してきた人達は、難しい立場に置かれつつあります。今後は、AIエージェントが全部をしてくれる。ただ、知見のある人を軽視するつもりはなく、彼らがAIを使うことで、AIの結果にひとひねり加えられるかもしれない。人ができることはまだまだあるので、これまで頑張ってきた人とも新しいものを生み出していきたいです。

フジテック 友岡氏:これまでは、「事実をつかむ力(ファクトファインディング)」が重要であり、その力こそが現場力でした。それをIoTに任せられるようになり、より細かい事実も得られるようになりました。

今や現場は、その事実にどんな意味があるのかを考えて、新しいものを生み出す、“思考能力”を試されるようになっています。試されている中、どうすれば良いか。生成AIに聞けば良いのです。こうして、「生成AIと協働して、より良い未来を見つけていく」のが今後の在り方ではないでしょうか。

大手企業3社デジタルトップの本音 “デジタル変革の総括”と“生成AI活用の勘所”