マサチューセッツ工科大学(MIT)によるアメリカの大都市を対象にした最新調査で、歩行者の平均歩行速度は、1980年から2010年の間におよそ15%も加速していたことが明らかになりました。

さらに公園や広場などで立ち止まる人の割合は14%減少しており、都市空間の使われ方に大きな変化が起きていることが示唆されています。

スマホ、SNS、スターバックスなどなど。

私たちは便利な現代に生きている一方で、かつての都市空間にあった“偶然の出会い”や“街角での語らい”を失いつつあるのかもしれません。

研究の詳細は2025年7月24日付で学術誌『PNAS』に掲載されています。

目次

  • 80年代から歩行速度が15%UP、「偶然の出会い」も喪失
  • 出会いの場はスマホとカフェへ?都市に起きた「社交の移動」

80年代から歩行速度が15%UP、「偶然の出会い」も喪失

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研究チームは今回、都市計画家ウィリアム・ホワイトが1978年から1980年にかけて撮影した映像と、2010年前後に同じ場所で再撮影した映像をAIで解析しました。

対象となったのは、アメリカ北東部の3都市――ニューヨークボストンフィラルフィアにある4つの代表的な公共空間です。

AIによる映像分析の結果、2010年の歩行者1980年に比べて15%も速く歩いていることが判明しました。

加えて、公園のベンチや美術館前の階段といった「たたずむ」空間で、実際に立ち止まって、会話などしている人の割合は大きく減っていたのです。

研究者の1人であるカルロ・ラッティ教授(MIT)はこう語ります。

「私たちは今、公共空間を“通り抜ける場所”として使うようになっています。出会いの場としての役割は薄れつつあります」。

この傾向は、一人で歩いている人の割合に大きな変化がないことからも裏付けられます。

1980年歩行者の67%が単独行動だったのに対し、2010年ではその割合は68%とほぼ変わっていませんでした。

一方で、誰かと偶然出会ってグループを作るケースは、5.5%から2%へと大幅に減少していたのです。

つまり、都市空間での“偶然の出会い”や“その場の社交”が、徐々に姿を消しつつあることが示されています。

出会いの場はスマホとカフェへ?都市に起きた「社交の移動」

それでは、なぜこのような変化が起きたのでしょうか。

研究者たちは、いくつかの現代的要因が背景にあると指摘しています。

第一に挙げられるのが、スマートフォンの普及です。

かつては「街でたまたま友人に会う」「誰かとばったり話し込む」といった即興的な交流が日常的でした。

しかし現代では、誰かに会う前にまずメッセージを送り、場所と時間をきっちり決めて行動する、あるいは今日1日の予定をスマホで決めておいて、そのスケジュール通りに動くことが一般的です。

MITの研究者ラッティ氏は「ホワイトの時代(70〜80年代)、人々は周囲の人をよく見ていました。

公共空間は出会いの場であり、会話が自然に生まれる場所だったのです。今はまずスマホで連絡を取り、その後に空間を利用する、という順番に変わっています」と述べています。

もうひとつの変化は、コーヒーショップの存在です。

1980年当時、今のように大手チェーンのカフェが街の至る所にあるという光景はまだ存在していませんでした。

しかし今では、誰かと話したければ静かで空調の効いた店内に入るという行動が一般的です。

今回の論文では「カフェなど屋内空間の増加が、屋外での立ち話やグループ交流の減少につながっている可能性がある」と述べられており、私たちの社交の舞台が“屋外の広場”から“エアコン付きの私的空間”へと移行したことが示唆されています。

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都市が変化するにつれて、私たちの行動様式も変化します。

便利さや効率を求めるうちに、私たちは歩くスピードを上げ、立ち止まることをやめてしまったのかもしれません。

けれど、都市における公共空間の役割は、単なる「通り道」ではありません。

偶然の出会いや、小さな会話、風を感じるひととき――それらが、人と都市の関係性を豊かにしてきたのです。

チームは今後、ヨーロッパの40都市での映像解析に乗り出す予定です。

人と空間の関係が、国や文化によってどう異なるのかを明らかにするためです。

立ち止まること、予定を決めずにぶらぶら散策することには意味があります。

あてどもなく都会をぶらつき、周囲の人をよく観察して、街のどこかでふと立ち止まってみる。

そこに思いがけない出会いが待っているかもしれません。

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参考文献

Pedestrians now walk faster and linger less, researchers find
https://news.mit.edu/2025/pedestrians-now-walk-faster-and-linger-less-researchers-find-0724

元論文

Exploring the social life of urban spaces through AI
https://doi.org/10.1073/pnas.2424662122

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

都会人の歩くスピード、過去40年間で15%も速くなっていた