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徹底的な技術指向とステータスカーとしての一面

自分にとって『ランチア』は、ふたつの側面をもつメーカーだ。

【画像】イタリアの面目躍如!デザインだけでも欲しくなる『5代目』新型ランチア・イプシロン 全35枚

ひとつは徹底的な技術指向の一面。今まで経験した最も旧いランチアである1953年のアウレリアB20GTは、V6エンジンをトランスアクスルでドライブするという前衛的なメカニズムと、直線でもコーナーでもかっちりと芯のある走りの手応えに、心底感服させられた。日本になぞらえればトヨタ・クラウンさえいなかった頃合いに、それほど先進的なクルマを作っていたわけだ。

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ステランティス傘下で再生の道を歩むランチア。その第一弾となるのがイプシロンだ。    中島仁菜

その技術指向は、同じようなキャパシティの4気筒エンジンを水平対向と12度バンクのV4とで作り分けてみたりと、時に偏狭な一面も覗かせていたが、とりわけ印象的だったのはフルヴィアに端を発した一連のラリーマシンの活躍だ。ストラトスデルタインテグラーレは言うに及ばずだが、グループB時代の037ラリーやデルタS4からは技術の持つ狂気の一面さえ伝わってきた。

一方でランチアは、イタリアエスタブリッシュメントが乗るステータスカーとしての一面も備えていた。それは歴代のクルマたちの成り立ちからも推することができるが、官僚や首長などの公権者が乗るものというイメージは、フィアット傘下で他銘柄との棲み分けが明確化した1980年代以降に鮮明になった。

ステランティスの傘下でプレミアムブランドとして再生の道を目指すことになったランチアのミッションは、このアンダーステートメント的な存在感を現代的に再定義しながら、いかに新たな価値観を表現していくかということになるかと思う。その第一弾となるのがこの『ランチアイプシロン』だ。

4代目ではなく5代目イプシロン

クルマ好きな方々なら4代目では? と思われるかもしれないが、日本ではアウトビアンキ銘柄で売られていたY10がランチア的には初代の位置づけということで、この新型は5代目イプシロンになるという。ちなみに1985年にデビューしたY10から数えれば、イプシロンは今年40周年という節目を迎えたことになる。

新型イプシロンのアーキテクチャーは、ステランティスがグループ内で共有するCMPをベースとしている。現行プジョー208シリーズの登場に合わせて開発されたそれは、BEV化を前提とした拡張性に富むもので、オペルコルサなども同じアーキテクチャーを採用している。

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取材車はイタリア車やフランス車への造詣が深い『カーボックス横浜』が日本に輸入した1台。    中島仁菜

新型イプシロンの登場に乗じてランチアは、高性能車両に与えられる『HF(High-Fidelity)』グレードも設定。空飛ぶ象のマスコットも復活した。HFは本国ではBEVもしくはICEのラリー4参戦ベース車の車名に付与されるほか、『HFライン』と呼ばれるスポーティなトリムも用意される。

そして今回、イタリア車やフランス車への造詣が深い『カーボックス横浜』が日本に輸入した車両のパワートレインは、最も汎用性の高い標準的なICEベースのマイルドハイブリッド(MHEV)だ。

内燃機の側はPSA時代に設計されたEB2系1.2L直列3気筒ターボで、ミラーサイクル化の他、タービンを可変ジオメトリーとするなど、全域での高効率化を図っている。今回のMHEV化に際しては約40%の部品が新設計されたという。

ステランティス側も腰を据えた投資

このエンジンに組み合わせられる電動モーターは、6速DCTとエンジンの間に挟まれるかたちで収められる。『e-DCT』と名付けられたこのドライブトレインは、ステランティスがベルギーパンチパワートレインと共同開発したものだが、需要増を見込んでか合弁の生産設備を100%出資とするなど、ステランティス側も腰を据えた投資を行っているところだ。

同じ1.2LベースのMHEVでありながら、新型イプシロンのそれは既に日本導入されているフィアット600ハイブリッドアルファ・ロメオジュニアなどとはアウトプットが異なり、エンジン側の出力は100ps(今年4月に110psへ向上)、モーター側の出力は約29psという組み合わせになる。

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パワートレインは1.2L直列3気筒ターボ+モーターのマイルドイブリッドとなる。    中島仁菜

恐らくハード的な面に違いはなくも、エンジン出力で劣るがモーター出力は勝るというセットアップは、搭載する車格に合わせたものなのだろう。そう思わせる違いが乗ってみると感じられた。

試乗車はランチアの創業年になぞらえて1906台の限定となる『エディツィオーネ・リミタータ・カッシーナ』だが、カーボックス横浜によれば既に受注済みの個体も多く、取材時点で在庫は3台。新たな入荷は難しそうとのことだった(今後は『LX』と呼ばれる上級グレード導入を検討中)。

パッケージは標準的なBセグメントそのもの

カップテーブル(タヴォリーノ)と呼ばれるセンターコンソールの象徴的な棚にはレザーを敷き、ダッシュボードトリムにも同系色のソフトパッドを多用するなど、カッシーナの誂えはこれみよがしではない上質感に満ちている。

シートはベロアに近い光沢感を持つモケットを中央部に配したものだが、シンプルなステッチワークでレザーにも勝る高級感を表せている辺りは、作り手に備わるセンス以外の何ものでもない。

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グレードは1906台の限定となる『エディツィオーネ・リミタータ・カッシーナ』。    中島仁菜

このモケットはリサイクル材という説もあるが、残念ながら言質は取れなかった。しかし、新型イプシロンの素材がサスティナブルを意識していることは間違いない。ちなみにパッケージは標準的なBセグメントそのものなので、乗る載せるについては過度な期待をしない方がいいが、長時間、長距離でなれば大人4人がきちんと移動できるくらいの容量は備わっている。

一方で、走りはBセグメント離れしたところも期待できる。サスペンションの路面追従性は高く、轍などの外乱要素にも柔軟に対峙してくれる。凹凸へのアタリもまろやかで、橋脚ジョイントや路肩の段差といった鋭利な入力をこなすにも痛々しさはない。

始終フラットふわりと柔らかいけどロール量は適切……と、特筆するようなポイントはないが、八方巧く纏まった手練れのチューニングという印象だ。その乗り心地の良さに加えて遮音もしっかり行き届いているなど、新型イプシロンには上質なクルマとして配慮された跡が動的にも明らかにみてとれる。

より電気仕掛けで走ってる手応え

e-DCTの走りは既に前述のフィアット600ハイブリッドアルファ・ロメオジュニアなどで体感していたが、新型イプシロンのそれは端的にいって、単独走行もしくはアシスト走行などモーターの加わる域が明らかに広い。つまりこちらの方が、より電気仕掛けで走ってる手応えが強く感じられる。

ホイールベースも若干長く、重量も嵩み空気抵抗も大きいSUV系のMHEVにはモアパワーが求められるのに対して、新型イプシロンのMHEVはひと回り小さく軽い普通のBセグメント用に最適化されているがゆえ、モーターの出力を高めて稼働機会を増やしていると考えられる。日本には未導入ながら、同じパワートレインを積む208コルサも恐らくは同じようなドライブフィールだろう。

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フロントの細い3本のライトは『カリーチェ』と呼ばれ、他のランチアでも採用されるはずだ。    中島仁菜

中間域にグッとトルクの実が詰まったような応答性のパワートレインに件のフットワークという新型イプシロンのキャラクターは、突出した刺激はなくも、過ごした時間に比してじわじわと旨味が増していく、そんな類なのではないかという気がする。

思えばテージスやテーマといった往年のランチアたちにもそんな一面があった。そういう意味で、ランチアの名脈は新型イプシロンも活き続けることになるのではないだろうか。


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