
親が高齢になれば浮上する「介護」「相続」の問題。親の介護は実子が行うのが原則ですが、きょうだいの立場が異なると、分担のバランスが崩れることも少なくありません。介護の実情について、事例をもとに詳しくみていきましょう。
「ご両親をしっかり支えてあげてください」介護に理解ある上司
「人事から聞きましたよ、家族の介護で時短勤務を希望していると。大変だと思いますが、大切なご両親をサポートして差し上げてください。なにか困ったことがあったら、いつでも遠慮なく申し出てくださいね」
親の介護のために「時短勤務」を申し出た部下の遠藤さん(仮名)に、そういってさわやかな笑顔を見せたのは、営業部の副部長、梶原憲之さん(仮名・56歳)でした。
「大変恐縮ですが、どうかよろしくお願い申し上げます…」
「いやいや、そんなに心配しないで! 大丈夫、部署のみんなが応援していますよ。会社のシステムも、これからの時代に合わせてアップデートしましょう。ご両親をしっかり支えてあげてください。ね?」
遠藤さんは上司である梶原さんの温かい言葉に胸を詰まらせ、再度頭を下げました。
「本当にありがとうございます。梶原さんのご両親はお変わりなく…?」
「うん。うちはね、親父が10年前に亡くなっているのだけれど、80歳を超えてた母親は健在です。長男は僕なんですが、頼りになる独身の弟が見てくれましてね…」
そうですか、それは安心ですね…と上司の言葉に返答をした遠藤さんは自席へと戻っていきました。
「弟がいてくれてよかった」「お義母だってうれしいわよね」
憲之さんは、都内の中堅企業に勤めるサラリーマンで、年収750万円ほどの中間管理職です。家族はパート勤めの妻と、すでに独立したひとり息子がいます。駅近のファミリータイプの分譲マンションはすでにローンを完済し、いまは夫婦2人、老後資産形成を頑張るべく、スパートをかけているところだといいます。
そんな憲之さんには、4歳年下の弟・英樹さん(仮名・52歳)がいます。英樹さんも都内の企業に勤める中間管理職ですが、兄と違うのは、これまでずっと独身だという点です。
「本当に、英樹がいてくれてよかった…」
「そうね、それにお義母さんだって、英樹さんがお世話してくれたらうれしいわよね」
「あいつはかわいがられてきたからな」
「末っ子ですもんね」
憲之さん夫婦の間では、しばしばこのような会話があります。
英樹さんも憲之さん同様、都内に暮らしています。住んでいるのは会社近くの単身用の賃貸マンションですが、ここ2年ほど、土曜日か日曜日のどちらかと、ときには平日夜にも用があれば、横浜市の郊外のマンションに暮らす81歳の母親・輝子さん(仮名)の世話のため、マイカーで通っているのです。
憲之さんは、会社の同期や部下と飲みに行くたび、弟自慢をしています。
「うちの弟はできたやつでね、ひとりでおふくろを見てくれるんだ。独身で身軽だし、おふくろもその点、所帯持ちの俺より気を使わなくていいからさ…」
「この間もおふくろに電話したら〈テレビとエアコンが古くなったから、英樹に頼んで買ってきてもらった〉といっていてね。家族がいないと、お金が自由に使えるからうらやましいよな」
発言を聞いた部下は目を丸くして質問を返しました。
「そうなんですか! でもそれ、弟さんから不満が出ませんか…?」
部下の言葉に、憲之さんはあっけらかんと言いました。
「ぜーんぜん。その代わり、お袋の介護には口を挟まない。おふくろのマンションも、貯金も、全部あいつにやるって決めているの」
「あ、ああ、そうなんですね…」
「所帯を持った僕と独身の弟とは生活の次元が違うから、どちらが大変とか、そんな比較はできないけどさ。でも、おふくろの件は、大船に乗ったつもりであいつに委ねているんだ…」
飲み会の場での、憲之さんの母親の介護と相続の話はそれで終わり、別の話題へと移っていきました。
厚生労働省の統計からみた、日本の「介護」の現状
厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」によると、主な介護者の属性と同別居の状況は、下記のとおりとなっています。
【「要介護者等」からみた「主な介護者」の続柄別構成割合】
同居家族……45.9%
別居の家族等……11.8%
事業者……15.7%
きょうだいがいる場合、離れて暮らす側よりも、同居していたり、実家に近い距離に住む人物のほうが負担が重くなりがちであることがわかります。
また、要介護1と要介護3における「同居の主な介護者」の介護時間の構成割合は下記のようになっています。
【要介護1と要介護3における「同居の主な介護者」の介護時間の構成割合】
<要介護1>
ほとんど終日……11.8%、半日程度……8.9%、2~3時間程度……12.4%、必要なときに手を貸す程度……55.3%
<要介護3>
ほとんど終日……31.9%、半日程度……21.9%、2~3時間程度……11.5%、必要なときに手を貸す程度……26.0%
いまは英樹さんが週末や会社帰りに行う介護で問題ない母親ですが、今後年齢を重ねれば、介護にかかる時間はさらに増える可能性があります。
「あなたも、お義母さんも、弟君も、みんな幸せよね?」
81歳の母親の財産は、築40年の最寄り駅から徒歩20分のファミリータイプのマンションと、預貯金500万円。母親は父親が亡くなって以降、月額およそ15万円の年金と、時々預貯金を取り崩しながら、これまで生活をしてきました。
「介護は弟に一任する。その代わり、残ったおふくろの貯金とマンションは、弟の自由にしてもらう。それでいいだろう?」
憲之さんは妻に問いかけると、
「あなたは相続できないけど、英樹さんを頼れて幸せ。お義母さんはあなたを頼れないけど、英樹さんにお世話されて幸せ。英樹君は介護があるけど、親孝行と相続ができて、幸せ。これって〈三方よし〉で円満解決じゃない?」
妻は、笑顔でそう答えました。
[出所]
・厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査 Ⅳ介護の状況」 (https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/05.pdf)

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