
今まさに、日本の暗号資産政策は、重要な局面を迎えています。日本が目指す「投資家保護」「イノベーション促進」の現状と今後の展望について、暗号資産に精通する国際弁護士の森和孝氏が解説します(5回のうち5回)。
国際競争と日本の戦略的課題
1.法定通貨システムの動揺と暗号資産の戦略的価値
現在、世界は法定通貨システムの根本的動揺期に直面しています。2025年5月にムーディーズが米国債を70年以上維持してきた最高格付けAAAからAa1に格下げしたことは、これまで「絶対安全」とされてきた法定通貨システムの信頼性に重大な疑問を投げかけました。
この状況下において、国家による信用担保を必要としないビットコインをはじめとする暗号資産は、もはや投機的資産ではなく、戦略的価値保存手段として各国政府に認識されています。アメリカでは政府が約20万BTCを保有し、トランプ政権下で100万BTCの戦略備蓄構想も検討されています。
2.民間部門における暗号資産保有の急拡大
政府レベルでの動きと並行して、民間企業による暗号資産保有も急速に拡大しています。2025年7月10時点で、世界の上場企業による総保有量は730,167BTC(約810億ドル相当)に達し、これはビットコインの総流通量の3.67%を占めています(データ参照:coingecko;https://www.coingecko.com/en/public-companies-bitcoin?utm_source=chatgpt.com)。
特筆すべきは、マイクロストラテジーの戦略的ビットコイン保有です。同社は2020年以降継続的にビットコインを購入し、現在では単独で企業保有全体の約80%(約640億ドル)を保有しています。2020年から2024年の期間における企業保有BTCの増加率は587%に達し、このトレンドは加速の一途を辿っています。
日本においても、メタプラネットが「アジア版マイクロストラテジー」として注目され、2024年4月にビットコイン保有戦略を開始して以降、株価は約30倍超の急騰を記録しています。同社は現在まで約1.5万BTC、2027年末までに21万BTCの保有を目標としており、この動きは日本企業による暗号資産保有の先駆的事例となっています。
3.州政府レベルでの法制化の進展
アメリカでは連邦政府レベルでの動きに加えて、州政府レベルでもビットコイン保有の法制化が急速に進んでいます。2025年5月にはニューハンプシャー州が公的資金の最大5%をデジタル資産で運用する法案(HB302)を成立させ、同月にはアリゾナ州が「州ビットコイン準備金口座」創設法案(HB2749)を可決しています。
これらの動きは、暗号資産が単なる投機対象から、正式な準備資産として認知されつつあることを示しています。19の州で暗号資産準備金に関する法案が検討中であり、このトレンドは全米規模で拡大する可能性が高いと見られています。
4.日本の戦略的課題と産業空洞化リスク
日本は大きく遅れをとっていますが、今後直面する最大の課題は、適切な投資家保護と国際競争力維持の両立です。過度な規制は有望プロジェクトや優秀な人材の海外流出を招きますが、規制が緩すぎれば投資家保護が不十分となります。
現在でも多くの有望なプロジェクトが日本市場を回避している現実があり、今回の制度改正により、真に価値あるイノベーティブなプロジェクトが日本を避ける一方で、規制要件をクリアできる保守的なプロジェクトのみが国内に残存するという「逆選択」の問題が発生する可能性があります。
今回の制度改正は既存法制の活用による段階的改善アプローチを採用しており、急激な制度変更リスクを回避しながら市場への配慮と国際的整合性を維持する現実的な選択といえます。しかし、暗号資産のパーミッションレスという本質的特性を考慮すれば、完全な規制統制は困難であり、イノベーションと規制のバランスが重要な課題となります。
複雑な制度変更への適切な対応
今回の暗号資産制度改革は、投資家保護とイノベーション促進を両立させる前向きな取り組みと評価できますが、実際の影響は複雑で多面的です。
個人投資家レベルの影響としては、特に大口保有者にとっては、出国税の適用拡大が最も重大な変更となります。 これまで可能だった海外移住による税負担回避戦略が根本的に封じられる可能性があり、2027年施行前の約1〜2年間が、この戦略を検討する実質的に最後の機会となる可能性があります。そのため、制度確定から施行までの期間に駆け込み移住が急増することが予想されます。
規制強化により市場の透明性と安全性は向上しますが、事業者の負担増加やイノベーション阻害のリスクもあります。ETF市場の発展や機関投資家参入などの前向きな効果が期待される一方で、対象資産の限定や将来的な税率引き上げリスクなど、長期的な懸念も残されています。
相続税110%課税問題については、分離課税導入により総税負担は約75%程度まで改善される見込みですが、二重課税の根本的構造は解決されません。出国税の適用拡大により、相続対策としての海外移住戦略を変更して国内での対策により重点を置くケースも増えるでしょう。
2027年の制度施行まで約1〜2年間の準備期間があります。この間に正確な情報収集と専門家への相談を通じて、制度変更への適切な対応を準備することが、今後の暗号資産投資の成功にとって不可欠となるでしょう。
2025年7月10日のビットコイン史上最高値更新が示すように、暗号資産市場の成長ポテンシャルは依然として高く、適切な制度的基盤の構築により、この成長を健全に活用できる環境の実現が期待されています。ただし、その道のりは単純ではなく、すべてのステークホルダーが制度変更の複雑な影響を理解し、適切に対応することが重要だと考えます。
森 和孝 Eminence Luxe(ドバイ不動産仲介会社)Founder/CEO One Asia Lawyers 国際弁護士(UAE法、シンガポール外国法、日本法)

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