自然豊かな環境で、子どもをのびのびと育てたい……リモートワークの普及や政府・自治体による助成金などを背景に「地方移住」を検討する子育て世帯が増えています。一方、地方移住ならではのデメリットもあり、この点を軽視すると「こんなはずじゃなかった」と地方移住を後悔してしまうかもしれません。40代夫婦の事例をもとに、子育て世帯が「後悔しない移住」を行うためのポイントをみていきましょう。ファイナンシャルプランナーの石川亜希子氏が解説します。

地方移住を決断した世帯年収1,100万円の40代夫婦

高山敦さん(仮名・42歳)と夏美さん(仮名・41歳)夫婦は、4歳と2歳の息子を持つ4人家族です。高山家は、都内にある家賃18万円の賃貸マンションに暮らしています。

夫婦は共働きで、世帯年収は1,100万円ほど。敦さんはIT企業で開発業務に携わっており、フルリモート勤務。年収は約700万円です。一方の夏美さんはメーカーで時短勤務の正社員を務め、年収は約400万円。ボーナスを除いた毎月の手取り額は、夫婦合わせて56万円ほど。

賃貸マンションの家賃は50㎡強の2LDKで約18万円。家賃は負担だったものの、堅実な支出を心がけ貯蓄もできていました。

そんななか、夏美さんは密かに、仕事と家庭の両立に限界を感じていました。

満員電車による通勤のストレスもさることながら、子どもが病気がちなために、保育園からは頻繁に電話がかかってきます。ただでさえ時短勤務でプレッシャーがかかっているにもかかわらず、早退するたびに、会社に迷惑をかけているという思いが募っていたそうです。

夫の敦さんはリモートとはいえ、多忙な日々。すでに両親を亡くしている夏美さんには、他に寄る辺もありません。

心身の負担はしだいに大きくなり、ついに夏美さんは退職することを決断しました。

ネットで見つけた「地方移住」の記事に惹かれた夏美さん

退職したことで、日々の生活に時間的余裕はできました。しかし、敦さんの収入だけでいまの家賃を払い続けるのは心もとありません。

今後の住まいをどうしようか考えあぐねていた折、ネット上に「地方移住」に関する記事を見つけました。その記事には、「地方に移住すると支援が手厚い」といった内容が書かれています。

「これ、いいかも……」

敦さんの仕事は、地方在住でも継続できます。子どもたちも自然豊かな環境で育てたら、もっと健康になるかもしれません。経済的なゆとりも期待できそうです。

そこで、夏美さんは思い切って敦さんに相談。すると、経済的な不安を抱いていた敦さんも好意的な反応です。

そして夫婦は、周囲に話を聞くなど、調査や事前準備を重ねたうえで、長野県のとある市に移住を決めました。

移住後の暮らしは快適だが…夏美さんの心に差した“影”

移住先で住まいに選んだのは、約8万円の戸建てです。以前の賃貸マンションよりずっと広いにもかかわらず、家賃は半額以下。

物価自体は都内にいたころとそこまで変わらないものの、保育料や習い事など子どもにかかる費用負担は減り、敦さんの収入だけでも十分やっていけるようになりました。自然豊かな環境で子どもたちはのびのびと過ごし、体力がついてきているのも感じます。

ただ、周囲は共働きの世帯がほとんどのため、専業主婦の夏美さんは知り合いが増えません。夏美さんは家族としか会話を交わさない日々が続きます。さらに、長男が保育園に行き渋るようになりました。

「地方移住は間違いだったのかな……」

夏美さんは孤独と焦りから、猛烈な後悔を感じるようになっていました。

地方移住を後押しする、国や自治体からの「支援金」

自然豊かな環境で子どもをのびのびと育てたい! と地方への移住を考えたとき、現実的な問題として立ちはだかってくるのは、「仕事(お金)」、「住まい」、「教育」の3つではないでしょうか。

■「仕事(お金)」に関する支援

この点、政府は2019年から、東京圏から東京圏外に移住する場合に、都道府県及び市町村が「移住支援金」を支給する取り組みを支援しています。

移住前の10年間で通算5年以上かつ直近1年以上、東京23区に在住または東京圏(条件不利地域を除く)から23区へ通勤していたこと」などの条件を満たせば、世帯での移住で最大100万円を受給することが可能です。

さらに2023年度からは、18歳未満の⼦どもを帯同して移住する場合は、「1⼈あたり最⼤100万円」の受給が追加されることになりました。自己の意思による移住であれば、移住前の業務を引き続き行っていても支給対象となることから、転職する必要もありません。

このほか、各自治体で独自の要件を設けている場合もあるため、申請の際は事前に確認することをおすすめします。

■「住まい」に関する支援

住まいについても、全国の地方自治体が力を入れています。

具体的には、土地を購入して新築の住宅を建てる場合や、中古住宅を購入してリフォームする場合に受給できる「住宅支援金制度(50万円~300万円)」、賃貸住宅に一定期間住み続けた場合に、その土地と建物を無償で譲り受けられる制度などが存在します。

さらに、家賃補助や引っ越し費用の一部負担を設けている自治体もあるようです。

■「教育」に関する支援

子育て支援にも手厚い自治体が多く、第3子出産時の給付金や、保育園や幼稚園の無償化、小学校入学時の学用品支給など、自治体それぞれに工夫が凝らされています。

また、地方都市は都心部に比べ習い事の選択肢が少ない分、公立の小中学校で英語教育やプログラミング体験、アクティブ・ラーニングを実施するなど、教育支援が充実している自治体も多く、英検の受験料が無料というところもあります。

そのほか、大学への進学費用として原則返還不要の給付型の奨学金制度を設けている自治体もあるようです。

つながりが密な反面、不便な点も…地方移住で受ける“洗礼”

このように、国や地方自治体によって手厚い支援が行われている地方移住。しかし、メリットばかりではありません。

地方部は地域のつながりが密ですから、コミュニケーション能力が必要になってくることが予想されます。また、都心部に比べると選択肢が狭まることから、進学や医療についても問題が増える可能性が高いでしょう。

実際に住んでみて初めてわかることも多いでしょうが、移住したからといって必ず幸せになれるわけではありません。都会で抱えている悩みが、場所を変えたらとたんに解決するわけではないということは認識しておくべきでしょう。

地方移住については、行政とNPO法人が共催で個別相談会や質問会を開いています。トラブルや後悔を少しでも減らすためには、そうしたイベントで話を聞くだけではなく、一度現地に足を運んでみることをおすすめします。

移住案内ツアー(オーダーメイドで施設などをめぐる地区案内)を実施してくれる自治体や、短期でお試し移住が可能なケースもあるため、気になる場所があればチェックしてみましょう。

“得意”と“好き”を生かし、気持ちも前向きに…高山家の「その後」

「保育園、行きたくない」

長男が保育園に行き渋るようになった発端は、動物や虫を怖がって触れないことでした。ずっと虫の少ない都心にいたのですから、無理もありません。

しかし、周りの子どもたちにそのことを揶揄されて泣いてしまい、登園しても園庭に出たがらず、室内でポツンと過ごす日々が続いたそうです。

保育士から話を聞いた夏美さんは、「息子にとって、地方移住が負担になっているのかもしれない」と後悔にさいなまれました。

ところが、室内でのブロック遊びや積み木は得意分野の長男。他の子どもたちから「すごい、すごい」と言われるうちに、笑顔が見られるようになってきました。

一緒にブロック遊びを楽しむ友達も出てきたようで、夏美さんはホッと胸をなでおろします。

「いつまでもなじめていないのは自分だけだわ……」

時間ができたことで、再就職を検討する夏美さん。しかし思うように職場が見つからず、焦りを募らせていました。

そんなとき、夫の敦さんが次のように言いました。

「別にすぐに収入を得なくたっていいじゃない。せっかく移住したんだから、好きなことしなよ」

そして、高山家は相談のうえ、犬を飼い始めることに。子どもたちも、都会の狭いマンションでは飼えなかった犬に大喜びです。

また夏美さんも、犬の散歩などで少しずつ顔見知りが増え、家族以外の人たちとの会話が増えたことで少しずつ前向きな気持ちになっていきました。

地方移住検討の際は、“完璧”を求めすぎず余裕を持って

地方への移住は、正解か失敗かの2択ではありません。家族にとってベストな選択を試行錯誤することこそが、長い目で見た財産といえます。

とはいえ、優先順位を明確にすることが大切です。「暮らす」目線での事前準備や心構え、子どもも親も心地よいかの見極め、そして、完璧を求めずに、失敗したら戻ればいい、くらいの余裕を持っておきたいものですね。

石川 亜希子 AFP

(※写真はイメージです/PIXTA)