バンコクの不動産市場が転機を迎えている。コロナ禍からの回復と外国人投資の再拡大で好調を維持していたが、2025年3月のミャンマー北部で発生した地震の影響で、安全性や建設品質への懸念が浮上。中国系ディベロッパー主導の大量供給への疑念が広がるなか、市場は「量から質」への転換を迫られている。求められるのは、高品質・高信頼のプロジェクトと、それを見極める投資家の目だ。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。

バンコク市内の高級物件を中心に、旺盛な投資需要

近年、タイ・バンコクの不動産市場は力強い回復基調を示してきた。タイ不動産情報センター(REIC)によれば、2023年のバンコク首都圏における新規コンドミニアムの供給戸数は約6万4,000戸で、前年比約17%の増加。これは新型コロナウイルス流行前の水準に迫る勢いであり、特に中国の富裕層を主要顧客とする高層物件の供給が活発化していた。

タイ政府観光庁(TAT)の推計によると、2024年の中国人訪タイ者数は約840万人に達する見通しであり、コロナ禍で激減した2021年(約20万人)から大幅な回復を遂げている。不動産投資や長期滞在を目的とした渡航も増加し、バンコク市内の高級物件を中心に旺盛な投資需要が見られた。

市場に影を落とした、2025年3月のミャンマー北部の大地震

しかし、2025年3月にミャンマー北部で発生したマグニチュード7.1の地震は、こうした楽観的な市場ムードに影を落とした。震源地バンコクから約700km離れていたものの、首都圏でも中高層ビルで揺れが観測され、一部の高層建築物では構造上の異常が報告された。被害件数自体は限定的だったが、安全性への不安が市場心理に大きな影響を与えた。

タイ建設業協会(TCA)の調査によると、被害報告のあった物件の多くは2019年以降に完成したもので、その約7割が中国資本系ディベロッパーによる建設だった。現地メディアは、「急激な供給拡大の中で、コストとスピードを優先した建設手法が背景にある」と指摘しており、建設品質への懸念が高まった。

これを受け、タイ政府は2025年4月、建設基準の見直しと海外資本による開発事業の審査強化を目的とした専門委員会を設置。内務省の資料によれば、2024年に新築された高層住宅(20階以上)のうち、外国資本主導のプロジェクトは全体の約42%を占めており、その多くが中国本土または香港系ディベロッパーによるものとされる。

不動産市場の反応も迅速だった。REICの速報値によると、2025年4〜6月期におけるバンコクの高級コンドミニアム(販売価格800万バーツ以上)の成約件数は、前年同期比で約35%減少。また、新規着工件数も同約25%減となり、複数のプロジェクトが着工延期または凍結の判断を下している。

さらに、中国本土の不動産バブル崩壊に伴う資金難も状況に拍車をかけている。特に香港証券取引所に上場する一部の中国系大手ディベロッパーは、バンコクで進行中の複数のプロジェクトを「一時停止」とし、事業継続の可否を協議していると報じられている。

信頼性を再評価する動きが「品質志向の投資家」を誘引

こうした市場の変調は、不動産開発における「質」や「信頼性」を再評価する契機となっている。現地の大手金融機関は、建設資金融資において技術的審査プロセスを導入し、構造計算や耐震設計の段階からの精査を開始。建築確認や完成後の検査体制についても、規制当局を中心に議論が進んでいる。

そのなかで注目されているのが、日本をはじめとする「品質志向」の投資家層である。タイ土地局の統計によれば、日本人による不動産取得件数は2023年に約2,100件、2024年には約2,300件と微増傾向にあり、特にバンコク東部やシラチャ、パタヤなど、日本人居住者の多いエリアでの購入が増加している。

なかでもタイ人および外国人富裕層の間では、「ブランド開発事業者による高品質プロジェクト」への選好が明確になってきており、管理体制・アフターサービス・建築耐震性などを総合的に判断する傾向が強まっているという。地震以降は「価格より安心」を重視する姿勢が強く、実需目的で購入する富裕層ほど、安全性・法令順守・施工監理体制などに対する要求が高くなっているようだ。こうした層は、短期的な価格変動に動じず、長期保有を前提とした慎重かつ選択的な購買行動をとるのが特徴だ。

2024年に電子書籍『富裕層3.0 日本脱出』を刊行した、タイをはじめとする東南アジアの不動産・投資事情に詳しい国際弁護士の小峰孝史氏は、下記のように述べている。

「資産保全のためには、手頃な価格の物件を買うという考え方より、一流の物件(唯一無二の物件)を選ぶという考えのほうがよいと思われます。また実際、そのような選択肢を求めて物件を選ぶ富裕層の方は多いという印象です」

「現地の不動産価格動向をウォッチしていても、デベロッパー・場所・物件の運営(高級ホテルによる運営など)が一流の物件は、その後も価格上昇が見込めるケースが多いといえます」

やはり投資家にとって、物件そのものに加え、開発主体の信頼性は重要だ。タイ消費者保護団体(Foundation for Consumers)の2024年レポートでは、外国人購入者によるトラブルの主因として、「ディベロッパー情報の不十分な開示」「管理不全」「引き渡し遅延」などが挙げられている。事前の調査と選別が一層求められる。

THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

(※写真はイメージです/PIXTA)