今年のプロ野球セ・リーグでは、阪神タイガースが首位を独走している。ライターの広尾晃さんは「浮かれてばかりいられない状況だ。このままいけば阪神は理不尽なポストシーズンを迎える可能性が高い」という――。

■関西に充満する「今年は安心や」の空気

関西在住の筆者は、このところ周囲の「朝の挨拶」が変わったことに気が付いた。ご近所の商店の親父さんやサラリーマンは口々に「今年は安心や」「もう大丈夫やろう」というのだ。

何が? と聞いてはいけない。聞くまでもなく、言うまでもなく「阪神タイガースは」ということなのだ。

筆者は阪神ファンではないが、多くの関西の街ではそういう人は存在しないことになっているから、かかりつけの医者に行けばいきなり「どや、今年のサトテル佐藤輝明)は、わしは前からあいつは今年はやりおる、思てたんや」と晴れやかな口調で言われる。

散髪屋に行けば大将が「(藤川)球児(監督)はやっぱり頭がええな。岡田(彰布前監督)が作ったチームを、勝手にいらわんかった(いじらなかった)」など筆者の頭をいじりながら言うのだ。

多くの阪神ファンは、もはや勝った気になっている。

阪神ファンはすぐに有頂天になることでも知られる。オールスター直前の敵地東京ドームでの巨人戦に連勝すると三塁側の阪神応援席から「がんばれがんばれ巨人!」というシュプレヒコールが上がった。

早速翌日は負けたが「これやから阪神ファンは」と思った関西人は多かったのではないか。

■セパ格差が生んだ珍現象

しかし、今年の阪神の快進撃は「浮かれてばかりではいけない」状況でもある。

あまりに強いチームが出現すると、リーグ、ペナントレースがおかしいことになるのだ。

阪神が貯金18、勝率6割超で1位。そして2位のDeNA以下のチームは「負け越し」ているのだ。

1936年プロ野球が始まって以降、3位のチームが勝率4割台になることは何度もあったが、2位チームが負け越した事例は一度もなかった。

プロ野球というのは、チーム間の戦力差が小さい競技であり、1チームがどんなに勝ちまくっても、リーグの貯金を独り占めすることはあり得なかった。

しかし今季は阪神の圧勝に加えて「ある要因」で、この異常事態になっている。それは「セパ交流戦」だ。

セ・リーグは今年の交流戦で広島が5分の星だっただけで5球団がすべて負け越し。

トータルでは、

セ43勝 パ63勝 2分/セ 勝率.406

という史上最低勝率に終わった。

セがパから負った借金は実に「20」。これが重くのしかかって、セは1位の阪神以外が「借金生活」ということになったのだ。

■阪神一強が生む前代未聞の事態

阪神も交流戦では西武、楽天、ロッテに7連敗するなど苦戦が続いたが、他球団もふがいなかったために、交流戦前に2位巨人に2.5差をつけて1位だったのが、交流戦後も2位になったDeNAに3.5差をつけて1位と首位の座をキープしたのだ。

そして交流戦明けからは11連勝を含む16勝4敗と無類の強さを見せつけて、圧倒的な首位になったのだ。

阪神ファンとしては万々歳かもしれないが、この状況がこのまま続くと、シーズン終盤に向けて、前代未聞の事態になる可能性がある。

2位チームが今後も5割に回復できない場合、クライマックスシリーズ(CS)に勝率4割台のチームが2つ出場することになるのだ。

今のクライマックスシリーズは、2007年に始まったが、CSに勝率4割台のチームが進出すること自体は珍しいことではなかった。

パ・リーグでは2015年、16年と4割台のチームがCSに出場した。セでは2009、13、15、16、18、21、22年と7回もある。これは「交流戦でセが負け越すことが多いから」ではある。しかしこの9回のケースはすべてペナントレース3位のチームだった。

そもそも90年近い日本プロ野球で「2位チームが負け越した」ケースは一度もない。

■湧き上がるCS不要論

今の状況が続き、2位チームが負け越しに終わった場合、阪神とのゲーム差は20ゲーム近くになっているだろうから「そんなチームがクライマックスシリーズに出ていいのか?」という意見が澎湃(ほうはい)として出てくるだろう。

筆者の知人の巨人ファンは「そうなったら辞退するのがジャイアンツプライドだ」と言ったが、チームが勝手にCS進出を辞退できるとなっては、今のNPBの運営体制が崩壊してしまう。

さらに、そうした「負け越しチーム」がCSで阪神に勝ってしまったらどうするのか。

昨年のセ・リーグ首位巨人の例でもわかる通り、ペナントレースを制したチームがCSで敗退するケースは珍しくない。

優勝したチームは、以後の試合は「消化試合」となる。選手のモチベーションはどうしても下がってしまう。

それに優勝チームは、2位チームと3位チームが雌雄を決する「CSファーストステージ」(以下CS1に略)の期間は、試合はなく、待機することになる。

昨年の巨人も、10月2日にペナントレースの最終戦を戦ってから16日の「CSファイナルステージ」(以下CS2に略)まで、2週間も真剣勝負の試合がない期間があった。

阿部慎之助監督は、教育リーグである「宮崎フェニックスリーグ」に主力選手を派遣するなど、実戦の勘が鈍らないように腐心したが、結局、3位から勝ち上がって勢いに乗るDeNAに、2連勝から4連敗して敗退したのだ。巨人には1勝のアドバンテージがあったが、それも焼け石に水だった。

■もし「ジャイキリ」が起きたら

DeNAはCSで勝ち上がったの勢いのまま、日本シリーズまで制してしまった。「下剋上」「ジャイアントキリング」と横浜は大いに沸いたが。

それでも昨年のDeNAは、ペナントレースでは71勝69敗、勝率.507とわずか2点ながらも勝ち越していた。

しかし今年、もし勝率4割台のチームが、勝率6割を超し、圧倒的な勝者だった阪神に「ジャイキリ」をしてしまったら、ファンはおさまりが付かないのではないか。

阪神ファンと言えば、1985年「バース、掛布、岡田、真弓」を擁した優勝、史上初の日本一以来、どんどん鼻息が荒くなっている。

警察が必死に止めるも、今や恒例になっている「道頓堀ダイブ」だが、圧勝阪神がCSで敗退したら、過激なファンは下剋上したチームのマスコットを道頓堀川に沈めるのではないか。また、関西各地で暴動が起こるのではないか。

そして同時に「CS見直し論」が、大きな声となって巻き起こるだろう。

リーグ戦形式のプロスポーツにとって「ポストシーズンの充実」は、ビジネス、マーケティング上の大きなテーマだった。

アメリカンスポーツは、MLBだけでなくNFLアメリカンフットボール)、NBA(バスケットボール)、NHLアイスホッケー)など、2つのリーグ(カンファレンス)に分かれている。

ポストシーズンは当初、2大リーグの勝者によって争われた。期間はせいぜい10日間だったが、2位以下のチームによる「予選」が行われたり、リーグ内に地区(ディビジョン)ができて、地区同士の試合が行われたりして、どんどん複雑化し、試合数が増えていった。

■拡大するポストシーズン

MLBで言えば、従来は9月末でペナントレースが終わると、10月上旬にワールドシリーズが行われ、以後は「シーズンオフ」だった。

しかし、エクスパンションによってチーム数が増え、リーグ内に地区ができ、さらに2位以下のチームの「高勝率のチーム」には「ワイルドカード」が付与されて、ポストシーズンに進出するチームがどんどん増えていった。

今では、ポストシーズンはア・ナ両リーグの2戦先勝の「ワイルドカードシリーズ」、3戦先勝の「地区シリーズ」、4戦先勝の「リーグ優勝決定シリーズ」を経て、4戦先勝の「ワールドシリーズ」へと至る。

2024年で言えば、10月1日に始まったポストシーズンは、10月30日ドジャースヤンキースを下して世界一になるまで続いたのだ。試合数は48試合に上った。

MLBは、これまでオフシーズンになっていた10月を、さらなる「熱狂の月」に変えたのだ。

NPBも最大7試合だったポストシーズンを、CS1、CS2、日本シリーズに拡大した。

CSが始まる前の2003年のポストシーズンは10月18日に始まって、10月27日に阪神がダイエーを下して終わった。日数は10日間。試合数は7。

しかし昨年のポストシーズンは、10月12日にCS1が始まり、11月3日日本シリーズDeNAソフトバンクを下して終わった。日数は23日間、試合数は21試合に増えた。

■球界再編を考える時期に

CSの興行収入は、主催するチームに入り、日本シリーズNPBの収益だ。ポストシーズンの充実は経済的に見ても、野球普及の観点からも、不可欠のテーマなのだ。

圧勝していた阪神が、日本シリーズに出られないとなれば、それも負け越しているチームに敗れて不出場が決まるとなれば、筆者のかかりつけの医者は「今日は休診や!」というかもしれない。散髪屋は「みんな虎刈りにしたる!」と息巻くかもしれない。

しかし阪神が不当な目になったからと言って、ポストシーズンを縮小することは考えられない。

例えば、2リーグを、4球団×3の3地区制にするとか、エクスパンションで球団数を増やすとか、より公正で公平なポストシーズンになるような工夫をすべきだろう。

プロ野球人気が高いうちに、大胆な「球界再編」も含めた、改革を考えるべきだろう。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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お立ち台でポーズをとる阪神の(左から)大山、才木、佐藤輝=2025年7月26日、甲子園 - 写真=共同通信社