
※本稿は、生澤右子(著)、有田秀穂(監修)『集中力が高まり、心の強い子になる! 噛む力が子どもの脳を育てる』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■口呼吸だと脳に必要な酸素を取り込めない
私は保育園に毎月訪問し、「見回りドクター」として、一緒に歯にまつわる本を読み、ゲームやダンスをしたり、歯磨きをしながら口の中をチェックしてご家庭にフィードバックをしたりしています。
その活動の中で、歯の絵本を読んでいるときに気になった子がいました。お話に夢中になって口がポカンとあいてしまっていたのです。保育園の先生に聞いてみると、いつも口があいているということでした。
これは「口唇閉鎖不全(こうしんへいさふぜん)」といって、顔に締まりがなく、ぽってりとした富士山型のくちびるで、口が閉じていない状態です。3歳から9歳にかけて3割程度のお子さんに見られるという報告があります。
原因のひとつは、「口呼吸」をしていることです。口呼吸の問題点は、鼻呼吸に比べて脳が必要な酸素を取り込めないことです。そのまま酸素不足の状態が続くと、脳や体の発達に悪影響が及び、集中力や注意力の低下、多動性障害、心臓や血管の機能障害、成長障害を起こす可能性もあると警鐘が鳴らされています。脳の重さは体重の2%ほどですが、消費する酸素は全体の20%にもなります。つまり、脳は酸素不足にとても弱いのです。
■学力にも差がついてしまう
口呼吸で酸素が足りなくなると、勉強面でも悪影響を受けることがわかってきました。7〜10歳の小学生の学力を、口呼吸と鼻呼吸の子どものグループに分けて調べた研究〔Kuroishi RC et al. Deficitsinworkingmemory,readingcomprehensionandarithmeticskillsinchildrenwithmouthbreathingsyndrome:analyticalcross-sectionalstudy. Sao Paulo Med J.133(2):78-83.2015〕があります。算数・読解力・単語テストで、口呼吸の子どものほうが成績が悪かったという結果が出ました。
また、別の研究〔Jung JY et al. Investigationontheeffectoforalbreathingoncognitiveactivityusingfunctionalbrainimaging. Healthcare (Basel). 29:9(6):645.2021〕では、口呼吸の人と鼻呼吸の人の脳を、画像イメージで詳しく調べました。すると、ワーキングメモリと呼ばれる、記憶に重要な脳の部分の活動が口呼吸では鼻呼吸に比べて弱くなっていました。
この結果を見ると、なぜ、口呼吸の子どもたちの学力が鼻呼吸の子どもたちの学力よりも低かったのか理解できますね。それだけ、口呼吸が口の環境を悪くするだけでなく、脳にも体にもダメージを与えてしまうということなのです。なお、鼻がずっとつまっていると、鼻呼吸ができず口呼吸になりますので、放置せず、耳鼻咽喉科で治療してください。
お口ポカンの原因は、くちびるを閉じる筋肉の力不足ということもあります。ふだんから口を開いていると、そこから口呼吸になってしまう場合もありますから注意してください。
くちびるを閉じる筋力不足ですから、くちびるのトレーニングをします。ストローで飲む練習や、吹いてぶくぶくをしたり、わらべ歌の「あっぷっぷ」で口を膨らませたり、口笛、吹き戻し、シャボン玉もいいでしょう。
■歯の生えかわり時期は“お口ポカン”になりやすい
ふだんから、何気ない瞬間にお子さんの口を観察してみてください。例えば、リビングの床でお子さんが遊びながら、大画面のテレビを見ているとき。これは、お口ポカンの“あるある”です。幼いお子さんにとって、テレビの位置は高いですよね。顔を上げて見るので、口が開きがちです。
さらに、お子さんの口が劇的に変化するのは、歯の生えかわりの時期です。子どもの前歯が抜けると、途端にまだ小さなあごに巨大な大人の前歯が生えてきます。口を閉じるのに、より口の周りの筋力が必要になるのです。
保育園でも、大人の前歯が生えて、お口ポカンになっている園児さんがいました。保育園の先生がおっしゃるには、いつも口があいているし、言葉が聞き取りづらいのだそうです。
先生が保護者の方に聞いても、それほど気にしていらっしゃらないとのこと。もう一度、口の中を見ると、確かに上の前歯が外に向かって出ているので、舌が上の歯の裏の内側に届きにくい状態です。
■虫歯になりやすく、免疫力も低下する
これだと、「た・な・ら」行の音がしっかり聞こえないかもしれません。舌の力もあまりなく、口の中で舌は平らにどてっと休んでしまっていました。本来、口を閉じていれば、舌は上の前歯の裏に近い位置で姿勢を高くして出番を待っていなければなりません。
まずは、本人に「できるだけ口を閉じるようにしてみてね」と伝えた上で、私たちの報告書とともに、先生からも保護者の方にお話をして、「耳鼻科や矯正歯科の受診を考えてみてください」とおすすめしました。
お口ポカンをそのままにしておくと悪い理由は、他にもあります。口の中が乾きやすく、むし歯になりやすかったり、歯ぐきが腫れて血が出やすかったりします。また、口臭がしたり、乾燥で味を感じにくくなったりします。免疫の観点からも、外気が直接気道に入ってくるので、風邪をひきやすかったり、アレルギー疾患になりやすかったりします。
さらに、くちびるが閉じないので、やがて前歯が出てきて、いわゆる「出っ歯」になったり、奥歯でかんだときに上下の前歯があいてしまう「開咬(かいこう)(オープンバイト)」になったりする場合が多いのです。
お口ポカン≒口呼吸は、脳や顔の成長、歯並びにも悪影響が出ます。最近では、歯科医院で早い段階でのお口ポカンに対応するところも増えてきましたので、お口ポカンに気づいたら、ぜひ相談してみてください。
■コップで飲むのが“遅い”のもサイン
保育園では、朝の会のあとにミルクをコップで飲む時間があります。そこで、先生がつきっきりでミルクを飲ませているお子さんがいました。その子は、2歳手前くらいです。先生の粘り強い声かけとアシストで、その子は嫌がりながらも何とか飲みきることができました(同じ組の子たちは、すでに朝の活動を前にオムツチェック・トイレタイムに入っていました)。
先生に話を聞くと、「毎回、ミルクの時間がかなり大変」とのことでした。確かに、飲み終わった顔を見ると、ミルクが口の周りにたくさんついていて、苦労の跡が見てとれます。そして、おうちではあまりコップを使っていないということでした。
だいたい生後9カ月くらいがコップ飲みの練習を始める時期で、1歳6カ月くらいがコップを使えるようになる時期です(ご家庭によっては、もっと前から練習して習得していることもあるでしょう)。
もちろん、個人差はありますが、その子の年齢からすると少し遅めな感じがしたので、原因を考えると、すぐにお口ポカンの影響だろうなと思いました。お口ポカンの子では、両方のくちびるを閉じる口周りの筋肉がしっかり発達していないということがあります。コップで飲むときは、口の両端と下くちびるでしっかりコップの下側をシールするようにしないと、垂れてしまいます。
■「ストローのぶくぶく」で口周りの筋肉を鍛える
また、コップを持つ手と口の開き方、上くちびるを上手にコントロールして、適量が口元に流れ込むようにすることも必要です。大人では当たり前のことですが、子どもではこんなこともステップを踏んでできるようになっていくのです。
その子の場合は、ストローのぶくぶくや他の遊びで口周りの筋肉を強くしたり、しばらくはストローマグで飲んだりすることになりました。最近では、ストローマグから細かくステップアップできるマグもありますので、スムーズにいかない場合などは検討してもよいでしょう。ただし、ストローマグの飲み方はコップ飲みと違いますので、ストローマグを飲めるお子さんは早めに卒業しましょう。
うまく飲めないコップで無理に飲ませていると、その子にとって、つらい時間になってしまいますよね。回数を重ねればできるようになるものでもないので、ここは辛抱強く一歩戻ってからレベルアップしていかないといけません。おうちでも保育園でも、連携をとりながら進めていくことが大切です。
■赤ちゃんと大人の飲み込み方は違う
もうひとつ、ミルクを飲むのが遅い子で、別の原因がある場合もあります。それが、飲み込み方の問題です。
赤ちゃんがおっぱいを飲むときと大人が水を飲むとき、決定的に違うことがあります。何だかわかりますか? 答えは、口を開けているか、閉じているかです。赤ちゃんは、口を開けて舌を前に出して、乳首をしごくような動きをしながら、おっぱいを飲み込みます。口はあいているのですが、前方はふさがれているので、うまくおっぱいがのどのほうへ流れます。
それに対して大人は、口を閉じて飲み込みます。舌を上下のくちびるに挟むような位置に持ってきたら、飲み込めませんね。大人の舌はもっと奥にあるのです。赤ちゃんのように、口を開けて舌を前に出す飲み込み方は、おっぱいを飲むための反射です。この反射が消えたら、離乳食のトレーニング(こちらは学習)を始めます。
大人のような飲み込み方の完成はおよそ3歳ごろで、口呼吸や離乳の状況などによって赤ちゃんの飲み込み方が混じっていることもあります。
■“赤ちゃんのまま”だと窒息の危険がある
赤ちゃんの飲み込み方のままだと、コップでミルクを飲み込むときに舌が前に出るので、くちびるの間に隙間があいて、ミルクが口から出て、うまく飲み込めません。離乳食が完了しても、赤ちゃんの飲み込み方、つまり、舌を出すクセが残っていると、食事を丸呑みしてしまっている可能性もあります。
丸呑みの問題はいろいろありますが、まずは窒息の危険性です。「赤ちゃんの飲み込み方が、ここまでつながってくるの?」と驚いた方もいるかもしれませんね。でも、これは食事や呼吸に大きく関わることです。一度ついてしまったクセをそのままにしておくと、大人になってからも大変なのです。
歯並びの観点からも、赤ちゃんの飲み込み方で後々影響が出てくる場合もあります。いずれにしても、「赤ちゃんの飲み込み方がなくならない」と様子を見すぎていると、クセが定着してしまいます。ホームページを調べると、お口ポカンとともに、赤ちゃんの飲み込み方について書いてある歯科医院がありますので、気づいたら早めに専門家に相談するようにしましょう。
(主要参考資料)
・Kuroishi RC et al. Deficitsinworkingmemory,readingcomprehensionandarithmeticskillsinchildrenwithmouthbreathingsyndrome:analyticalcross-sectionalstudy. Sao Paulo Med J.133(2):78-83. 2015
・ Jung JY et al. Investigationontheeffectoforalbreathingoncognitiveactivityusingfunctionalbrainimaging. Healthcare (Basel). 29:9(6):645.2021
・黒厚子璃佳口腔機能の発達と育成 J Health Care Dent.23:17-23. 2022
・井上美津子 子ども達の未来のために-母子口腔保健と小児歯科医療の融合をめざして-昭和学士会誌.75(5)534-5411. 2015
・高田彩 早期矯正治療症例における機能的問題の発現状況. 東京歯科大学 歯科学報. 116(2):109-114. 2016
・山口秀晴 咬合異常の原因となる生活習慣:不正咬合は予防できるか 東京歯科大学 歯科学報.107(2): 157-162. 2007
・阿部雅子『構音障害の臨床』 金原出版. 改訂第2版 2008年9月
・Fukushima-Nakayama Y et al. Reducedmasticationimpairsmemoryfunction. J Dent Res.96(9):1058-1066.2017
・日本歯科医学会 小児の口腔機能発達評価マニュアル 2018 年3 月
・国立成育医療研究センター 乳幼児健康診査身体診察マニュアル 2018 年3 月
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歯科医師・歯学博士、Dental Defense代表取締役
「親子のためのはははクラブ」「こどもはいしゃアカデミー」主宰。女子学院高校卒業。東京医科歯科大学・大学院博士課程修了。国立成育医療研究センター手術・集中治療部レジデント・ペンシルバニア大学歯学部マイクロサージェリーコース修了。明海大学歯学部歯科麻酔科客員講師。日本歯科麻酔学会認定医。著書に『歯と口を整えるアンチエイジング』(ビジネス社)がある。
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医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授
セロトニンDojo代表。1948年東京生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年に退職、名誉教授となる。各界から注目を集める「セロトニン研究」の第一人者。メンタルヘルスケアをマネジメントするセロトニンDojoの代表も務める。著書として『医者が教える疲れない人の脳:「慢性疲労」を消す技術』(三笠書房)、『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)、『脳科学者が教える やっかいな脳のクセをリセットする 朝5分の呼吸法』(総合法令出版)など多数ある。
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