コラムニストの小林久乃が、ドラマや映画などで活躍する俳優たちについて考えていく、連載企画『バイプレイヤーの泉』。

第160回は俳優の松坂慶子さんについて。"大女優"と聞いて何を思い浮かべるだろうか。燦然としていて近寄り難い雰囲気を持ち、私生活は一切漂わせない。当たり前だがSNSなんてしない、女優が動けばスタッフが列をなして動く。かつての日活女優を思わせる存在が私の中での大女優の定義だった。俳優ではなく、敢えて女優と書く。ただそんな定義=思い込みが変わりつつあるかもしれない。『ひとりでしにたい』(NHK総合)に母親役で出演している松坂慶子を見て、そう思った。

○『愛の水中花』VS HIPHOP

冒頭から続くが松坂慶子は大女優だ。このコラムを読んでいる中には「優しいお母さん、おばあちゃん」と言うイメージがあるかもしれないが、1967年デビュー、現在73歳になる彼女は日本のエンタメ界の第一線を突っ走ってきた。では私が好きな大女優らしい、松坂慶子の作品を挙げろと聞かれると、考え込んでしまう。記憶がない。彼女が若く、体力もあって作品に多く出演していた当時はまだ子どもだった。加えて調べてみると、結婚後7年間は海外生活を送っていたらしい。

ただ子どもながらに覚えているのが、昔々の歌番組(おそらく『ザ・ベストテン』)で、彼女が風呂に入りながら自身のヒット曲「愛の水中花」を歌っていた様子。再放送で見たのかどうか、時系列は定かではないが子どもにとっては強烈だった。昔の歌番組は、歌のイメージをはるか超えた演出をするのが売り。日本が豊かな時代だった象徴でもある。そんな中でも「愛の水中花」の演出は、妖艶を超越したインパクトがあった。あれも愛、これも愛。

そんな「愛の水中花」の歌手が先日放送の『ひとりでしにたい』でHIPHOPを歌い、踊っていた。驚くよりも大女優としてのスピリッツを感じた。
○人生に必要なのは顔? 振り幅?

ひとりでしにたい』はタイトルの迫力はよそに、とてもコミカルなドラマだ。主人公の山口鳴海(綾瀬はるか)は仕事に趣味の推し活にと、30代後半の独身生活を謳歌していた。しかし憧れていたキャリアウーマンの伯母・光子(山口紗弥加)が、突然の孤独死をしたことをきっかけに焦って婚活を始めるが、年齢の壁によってあえなく撃沈。鳴海は"婚活"から180度方針転換して、"終活"について考え始める……が、あらすじ。松坂さんは鳴海の母親・雅子を演じている。短大を卒業後、わずかな期間だけ働いた経験はあるものの、人生のほとんどを家族に捧げてきた専業主婦。夫の定年退職後、息抜きにとHIPHOPを習っている。私が目撃した松坂慶子は、雅子を演じる生き生きとした姿だった。

そんな松坂さんを見ながらしみじみと思ったのは「人は死ぬまでにいくつの顔を持てるのか」。女性で例えるなら職業としての顔、両親の子ども、学生、妻、母、祖母……彼女はこの中でいくつかの顔を持っているけれど、演者として考えると一般的なイメージはそんなに変わらない。ただ松坂さんは気高さから、お茶の間に笑いを運ぶ演技まで振り幅を持っている。演技の転換にはおそらくご本人の勇気も必要だったはず。それでも今演じている姿にもプライドが感じられるのはさすがだ。

現在の一般女性はいくつもの顔を世間から求められるようになった。私のように独身を貫いていると、今だに肩身の狭さを時折感じる。でもドラマの劇中で溌剌とダンスに興じる雅子であり松坂さんを見ていると、人生に必要なのは顔以上に振り幅ではないかと感じた。同じようなキャラクター、生き甲斐、時間軸。種類はさまざまあるけれど、10年前の自分とは違う立ち位置でありたい。そう松坂さんから学んだ。そして大女優の定義も変わっていた。近寄り難いオーラを放つだけではなく、親近感。矜持とは本人の心の中にであればいい。

小林久乃 こばやしひさの エッセイ、コラム、企画、編集、ライター、プロモーション業など。出版社勤務後に独立、現在は数多くのインターネットサイトや男性誌などでコラム連載しながら、単行本、書籍を数多く制作。自他ともに認める鋭く、常に斜め30度から見つめる観察力で、狙った獲物は逃がさず仕事につなげてきた。30代の怒涛の婚活模様を綴った「結婚してもしなくてもうるわしきかな人生」(KKベストセラーズ)を上梓後、「45センチの距離感」(WAVE出版)など著作増量中。静岡県浜松市出身。Twitter:@hisano_k この著者の記事一覧はこちら
(小林久乃)

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