私たちの生活に直結する円安。現状の円安の原因について様々な議論がなされていますが、財務省が円安を容認しているのではないかという陰謀論が一部で囁かれているようです。また、「「米国の陰謀では?」という推論も。本記事では、石川久美子氏『円安はいつまで続くのか 為替で世界を読む』 (マイナビ新書) から、その実態をご紹介します。

円安は「財務省」のせい?

財務省にまつわる「陰謀論」は枚挙に暇がありません。財務省は国の財政や税制を所管する省であり、金融システムの安定や外国為替市場の安定性確保などにも責務を負っています。

よく、外国為替相場が荒れると日銀が批判のやり玉に挙げられますが、日銀の責務は「物価の安定を図る」ことと「金融システムの安定に貢献する」ことであり、外国為替市場の安定は財務省の責任なのです(もちろん、日銀の金融政策が為替に及ぼす影響は多大であり、個人的には為替の変動には日銀の責任もあると考えます)。

財務省は「国の信用を守り、希望ある社会を次世代に引き継ぐ」という使命を掲げ、「持続可能な」財政運営を行うという目的があるがゆえに、基本的には「緊縮財政」という、不人気な政策を前面に押し出すことになります。

そのため、国民から見れば、過剰に景気を冷え込ませるような、国民の生活を圧迫するような政策を打ち出している形になり、国民生活の厳しさの根底には「財務省の陰謀があるのではないか」という観測が度々浮上するようになりました。

その中で「円安」に関して財務省の陰謀とする主張は、実のところあまり聞かれません。ただ、「財務省は円安を容認している」との意見は散見されます。その根拠として挙げられがちなのが、税収と「外国為替資金特別会計」です。

税収については、円安の進行で輸出企業を中心に好業績だったことで法人税の税収が伸び、2023年度まで4年連続で過去最高を更新しました。

また、円安でインフレになればお金の価値が下がるので、債務の返済負担は実質的に軽くなります。しかし、政府の債務は元々は国債を通じて民間から調達したものであり、債務の実質的価値が減るということは、貸し手である民間部門、ひいては家計側から見れば負担を負っていることになります。そのため、「インフレ税」と呼ばれたりします。

また、外国為替資金特別会計は政府が為替介入を行う際に使用する特別会計で、2024年3月の決算時点で残高は約191兆円、運用収入が4兆円以上発生していました。これは為替介入の結果、期せずして発生した収益です。この2つにより、「財務省が円安で儲かっている」ことから「財務省は円安を歓迎している」という主張に繋がっています。

税収も運用益も、税の減収や運用損が出るよりは良いと言えます。しかし、急激かつ過度な円安は輸入企業にとっては危機的状況を招き、輸出企業にとってもマイナス面もある事象です。さらに個人消費が減退することで、目指すべき「物価と賃金の好循環」を遠ざけることになります。表面的に税収増や運用益が達成できれば良いというわけではありません。

実際、2022年や2024年の円安急進時、財務省は円買い介入を実施して、円安の流れにブレーキをかけることを試みました。財務省が狙って円安に誘導している、という陰謀論が生じにくい背景には、外国為替市場の規模が非常に大きく、介入などで相場の流れに反する形で意図的に操るのが非常に難しいということがあります。

財務省が直接的に円安誘導できる手段といえば「円売り介入」ですが、先進国における為替介入は相手国との調整もあり、非常に難しい政治問題に発展します。特に米国は、意図的に通貨安政策を行う国については「為替操作国」と認定し、協議によって相手国がそれを是正しない場合には罰則を課すとしています。

なお、その判断基準は、[図表1]の3項目のうち、原則2つを満たすと「監視リスト」に入り、3つを満たすと「為替操作国」に認定するというものです。

2022年・2024年の急激な円安局面での円買い介入の際でさえ、日本政府は米国と密接にコミュニケーションを取り、最終的に米財務省は「為替レートは市場が決めるため、政府の介入はまれであるべき」としつつも「日本の状況は異なる」として、通常の通貨安誘導とは別という形で理解を示す中で実行されました。

過度な変動是正という大義名分があっても、介入の実行は簡単ではないのです。自国の貿易黒字拡大や税収拡大のための通貨安誘導は現実的ではないでしょう。

また、今回の円安局面では国内のインフレで国民生活が苦境に陥ったこともあり、国民にはあまり歓迎されていません。「円安を容認した」ことを確認することはできませんが、少なくとも税収増や運用益については「結果論」だと個人的には受け止めています。

円安は「米国の陰謀」のせい?

これまで、ドル高・円安の背景として挙げてきた「米国の金融政策によるドル高」というシンプルな原因以外における「円安は米国の陰謀」とする説で聞かれるのは、中国で米国離れが進んだことで、その代わりに「日本が米国債を買わされて」おり、それに伴う円売り・ドル買いが発生しているのでは、というものです。

中国が2013年11月をピークに、少しずつ米国債の保有残高を減少させています。その中で、日本は2019年以降、最大の米国債保有国となりました。中国やロシア、その他新興国などで米国離れが起こりつつある中、米国は国債の引き受け手に困っており、日本は購入するよう圧をかけられているのではないか、という主張がごく一部で聞かれました。

ただ、日本の米国債保有残高は、2018年終盤から2021年終盤にかけて増加したものの、2022年10月にかけては減少。その後は少し増えてはいますが、積極的に買っている様子はありません。この推論も的外れと言えそうです。

石川 久美子 ソニーフィナンシャルグループ株式会社 金融市場調査部 シニアアナリスト