離れて暮らす老親のことが気にはなっていても、忙しさに追われ、なかなか様子を見に行けない。そんな人も多いのではないでしょうか。しかし、「元気そうだから大丈夫」と思っていた親が、わずかな期間で急激に衰え、誰にも看取られずに最期を迎えてしまう……。そんな現実が、すぐ隣に潜んでいるかもしれません。今回は、まさにそのような事態に直面した伊藤さん(仮名)のケースをもとに、ファイナンシャルプランナーの小川洋平氏が、高齢者の独居暮らしと資産管理の落とし穴について詳しく解説します。

田舎で独居暮らしをする父、「まだまだ元気」のはずが……

首都圏で妻と3人の子どもたちと暮らす伊藤さん(45歳・仮名)。仕事が忙しく、平日は夜遅くに家に帰ってすぐ寝るような日々。たまの休みも子育てに奮闘していました。

伊藤さんには、遠く離れた田舎に暮らす父がいました。1年ほど前に母が亡くなってからというのも、父はアパートで独居暮らしをしていたのです。

1人で離れて暮らす父のことは気がかりだったものの、闘病していた生前の母を懸命に支え、葬儀の際にも元気だった父。日々仕事と生活で忙殺されていた伊藤さんは、なかなか帰郷できずにいました。

そんなある日、父が暮らす田舎の警察から父が亡くなった旨の連絡を受けたのです。

わずか1年で変り果てた父の姿とゴミ屋敷の部屋

父の訃報を聞いた伊藤さんは、仕事の予定を調整してすぐに家族と一緒に田舎に戻ることにしました。警察の話では、朝方にアパートの敷地内で倒れている父を発見した住人から、警察に通報がきたとのこと。警察で父の遺体を確認し、階段から転落したことによる事故死だと説明を受けました。

父と無言の対面を果たすことになった伊藤さん。驚いたのは、母の葬儀以来まだ1年も経っていないというのに、父の遺体が瘦せ細っていたことです。

父が住んでいたアパートの住人に話を聞くと、父は夜に出かけることがよくあったようで、自分の部屋がわからなくなり、他の住人の部屋に間違えて入ろうとすることもあったといいます。

お酒を飲む習慣もなく、しっかりしていた父が、そんなことを……? 首をかしげた伊藤さんでしたが、父の部屋を訪れるとさらなる驚愕の事態が待っていました。母と一緒に暮らしていた頃にはキレイだった父の部屋はゴミ屋敷と化していたのです。

そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていました。床には総菜のパックやゴミが散乱し、季節が初夏だったこともあり、食べ物が入ったまま腐って悪臭を発しているものも多くありました。一方、冷蔵庫の中には物がほとんどありません。父のサイフを見ると、中に入っていたのは千円札2枚だけでした。

テーブルに置いてあった1冊の通帳の残高を見てみると20万円程度のみ。母が存命のときには決してお金で困ってる様子は無かったのに、ほとんどお金もないことがわかったのです。

限られた年金でなんとか暮らそうとしたものの、厳しかったのだろうか……。そんなことを考えながらも、部屋の片づけを進めなければなりません。しかし、あまりの惨状に「自分たちだけでは無理」と考え、特殊清掃業者に部屋の片付けを依頼することに。同時に、父の葬儀の準備を進めることにしました。

部屋の片づけの中で業者がゴミの中から見つけたのは、伊藤さんが見つけたものとは違う数冊の通帳でした。その中には、総額800万円以上のお金が入っていたのです。それがあれば、苦しい生活をすることもなかったはずです。

「父は、このお金の存在すら忘れてしまっていたのかもしれない……」

父が短期間で心身ともに弱り、自分で財産の管理もできなくなってしまっていたことに気づけなかったこと。そして「まだ元気だから」と思い込み、父の様子を見に帰ることもなく、こんな最期を迎えることになってしまったことを心底悔いながら、伊藤さんは静かに葬儀を執り行うことになったのです。

高齢者の独り暮らしと資産管理の必要性

伊藤さんの父のように、配偶者の他界により生きる気力を失うことも少なくありません。独りになったことで無気力となり、それがきっかけで認知症になったり、精神疾患に罹ってしまったりすることもあります。

中には、伊藤さんの父のように部屋片付けられなくなり、ゴミ屋敷のような状態になってしまうことも。このような場合、特殊清掃が必要になり高額な費用がかかるだけでなく、預金や金融資産の所在がゴミに埋もれたまま気づかれないということもあります。

仕事や家庭の事情で、頻繁に親の様子を見に帰省する時間はないという人も多いでしょう。ですが、高齢者の一人暮らしでは、あっという間に変化が

直接訪れるのが難しくても、たまに電話をすることはできるはずです。会話の様子が少しおかしいと思ったら、親が居住するエリアの地域包括支援センターに相談し、外部の力を借りながら今後の対応を考えてみることも大事です。

また、逆に親側の立場として考えておかねばならないこともあります。判断能力や認知能力は年齢と共に確実に衰えていくものです。自分にもいつかそんな時が来ると考え、早めに備えておく必要があります。

・資産の状況がわかるように一覧を作る ・預金口座や保険契約等の資産ごとに、何のためのお金なのか目的を明示しておく ・何かあったときに家族や後見人が管理できるようにしておく

これらは、自分の財産が「埋もれてしまう」ことを防ぐとともに、残された家族が困らないようにするための備えでもあります。

「高齢期の資産管理」と「離れて暮らす老親の見守り」の重要性

今回のような事例から学べることは、「高齢期の資産管理」と「離れて暮らす老親の見守り」の大切さです。

近くに住んでいて、いつでも様子を見に行けるようであれば、話し方や見た目から親の変化にすぐ気づくこともできるでしょう。しかし、離れていると異変はなかなか伝わり難いものです。

高齢者の財産を狙う悪徳業者も多く、財産管理が甘いことで、そういった業者に騙されて大金を失ってしまう可能性もあります。

これらを考慮すると、高齢期の資産管理は、認知症や要介護状態、判断能力が低下した状態を見据え、適した金融商品を活用すること。そして、いざ自分がそうなったときに家族が管理しやすいようにしておくことが重要です。

そして、子ども側が「親はまだまだ元気」と思っていても、別れの時はある日突然訪れることもあります。そのため、まだ元気なうちに話し合っておくことが必要です。親子間だと感情的になって話し合いにならないことも多いため、終活や相続、高齢期の資産管理に強いFPなど、知識を持った第三者を交えて話し合うのも一考です。

早めに話し合いをしておくこと、離れて暮らす場合には電話でもいいので定期的に親の状況を確認すること。必要なときには地域包括支援センターなど外部の援助を利用すること。それが、後悔しない別れを迎えるための第一歩といえるでしょう。

小川 洋平 FP相談ねっと

(※写真はイメージです/PIXTA)