
多死社会の日本では、日々多くの相続が発生しています。そこには、亡き人への感謝や感動がある一方で、割り切れない思いをするケースも少なくありません。ある50代女性の事例をもとに、実情を見ていきましょう。
「男の子を生んでいないから」相続で理不尽な扱いを受けた母
高齢化が進展する日本では、日々多くの相続が発生している。
50代の佐藤さん(仮名)は、思いがけない相続の結末に、今もすっきりしない気持ちを抱えているという。
「先日、80代の叔母が亡くなりまして…」
佐藤さんの叔母とは、佐藤さんの亡き母親の妹にあたる人物だ。叔母と佐藤さんの母親は2人姉妹で、それぞれ20代で結婚した。佐藤さんの母親には娘が2人(佐藤さんと妹)、叔母には息子がひとり誕生した。
「娘しか持てなかった祖父は、男の子のいとこを〈わが家系の、唯一の男の子〉といって特別扱いしていました」
その後、佐藤さんが大学生のときに祖父が他界。すると四十九日を待たずに、祖父が生前に残した公正証書遺言の存在が明らかになった。
「長女だった私の母は〈男の子を生んでいないから〉という理由で、財産をほとんど相続できませんでした。祖父は〈跡取り息子〉がいる叔母に、大半の財産を相続させるよう取り計らっていたのです」
祖父が大切にしていた「唯一の男の子」、死去
佐藤さんの母親の実家は、品川区にある大きな一軒家。それだけではなく、隣駅そばの貸駐車場も叔母が相続することになっており、佐藤さんの母親は1,000万円程度の預貯金しか残されていなかった。
しかし、佐藤さんの母親は「お父さんが決めたことだから」といって、文句もいわずに受け入れたという。
「母に〈それってあんまりじゃないの?〉〈悔しくないの?〉といったことはあります。でも母はとてもおとなしい人で、〈仕方ないじゃない〉というばかりで…」
だが、それほどまでに佐藤さんの祖父が大事に思っていたいとこは、交通事故のため、30代前半で他界。
亡くなったいとこは結婚して日が浅く、子どももなかったため、配偶者は四十九日を終えるとすぐ家を出て行った。当時はすでに叔母の夫も他界しており、叔母は広い家にたったひとり残される形となった。
「叔母はひとり息子を亡くしたうえにお嫁さんにも去られてしまい、寂しくなったのでしょう。私たち家族へしきりに連絡をよこすようになりました。私たちも叔母の家を訪ねては、世間話をするようになりました」
叔母が残した公正証書遺言の「まさかの内容」
和やかな親族の交流が復活した。その間、佐藤さん姉妹の母親も70代で死去。それから数年後、年齢を重ねた叔母はたびたび体調を崩すようになった。
「入院先にもかわるがわる通って、叔母が必要なものや、食べたがるものを届けたりしました。ですが去年の冬、風邪から肺炎を起こして、あっけなく亡くなってしまったんです」
病院で叔母を看取った佐藤さん姉妹は、親族や知人への連絡、葬儀の手配など、実の娘同様に対応を行った。しかしその後、驚くべき事実が判明したのである。
「叔母も、公正証書遺言を残していたんです」
その内容は「全財産は、亡き息子の配偶者である渡辺香織さん(仮名)に相続させる」というものだった。
「思わず『なんで!?』と、大きな声を出してしまいました」
遺言書には「息子の妻の香織さんに感謝します」とだけ記されていた。
なぜ血縁もなく、子どももいない、息子が死んですぐ家を出た息子の配偶者にすべての財産を残したのか――。佐藤さんはまったく見当がつかず、理由は今も「藪の中」だ。
「私や妹は、結構な頻度で叔母の家や入院先を訪ねていましたが、〈香織さん〉に会ったことはありません。そもそも、叔母がどれほどいとこの思い出話をしても、お嫁さんの名前なんて全然出てこなかったのに…」
そういうと、佐藤さんは唇をかんだ。
「祖父の遺言の内容を知った母の、傷ついた顔を忘れられません。財産がもらえないことではなく、祖父の愛情の偏りにショックを受けた、そんな様子でした」
「だから妹と、〈やっと相続できるね〉〈お母さんの財産が戻ってくるね〉って、葬儀のあとに話したのに…」
残念ながら、おいめいには遺留分がない。したがって、叔母の遺産は遺言書通りに手続きされ、亡きいとこのお嫁さんのものになる。
「あれほど跡取りにこだわって相続させた財産が、他家へ流れてしまうなんて…」
「納得できませんが、これが法律なんですよね。あきらめるしかありません」
相続の結末に納得できず、佐藤さんのように臍を噛む思いをした人もいるだろう。相続の問題は、しばしば想定外の着地となることもあるようだ。
[参考資料]

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