
作中で苦しむラインクラフトと自身の焦りがシンクロした瞬間、役を掴めた感触があった
──小島さんはラインクラフトを演じるうえで、役作りはどのようにしていったのでしょうか?
小島さん:
私は、それまで競馬にまったく触れてこない人生だったので、まずはラインクラフト号について調べるところから始めました。
そうしたら、「GⅠ」というすごいレースで2回も勝っている偉大な競走馬で、それだけじゃなくて、現役半ばで亡くなっていたことを知ってしまって……。
──ラインクラフト号は輝かしい戦績という光もあれば、悲しい最後を迎えた競走馬だと思います。
小島さん:
史実の他の同期たち(『ウマ娘』に登場した)は、子孫を残して歴史を繋いでいったのに、クラフトだけが残せなかったわけじゃないですか。
こんなに朗らかで明るいキャラクター像なのに、背負ってるものが重すぎる……と、頭を抱えたことを覚えています。正直、役作りの段階で「私にこの役を抱えきれるかな?」と、すごくプレッシャーでした。
──「明るい」とだけ聞くと単純そうですが、明るさにもいろいろあると思いますし、解釈が難しそうです。
小島さん:
プロフィールに「太陽みたいなウマ娘」とあったので、「とにかく明るく、みんなを照らす存在になろう」と最初は思ったんです。
でも、収録の際に「ギラギラした太陽じゃなくて、みんなを包む、陽だまりのような柔らかさも大事にしてほしい」というディレクション(指示)をいただいて、自分の思い描いていたキャラクターとの違いに気づいて。そこから役を掴むのにも時間がかかりました。
──その壁を乗り越えた、きっかけはあったのでしょうか。
小島さん:
メインストーリー中編で、クラフトがなかなか勝てなくて落ち込むシーンがあるんですけれど、その時の私もクラフトの役をうまく掴めなくて、余裕のない状態で演技をしていたんです。
作中で苦しむクラフトの焦燥感と、そのクラフトの葛藤をうまく言葉に乗せられない自分の焦りがシンクロしていって、「あ、クラフトってこういう子なんだな」と自分のなかで腑に落ちた瞬間があって。そこでようやく役を掴めた感触がありました。
──演じるキャラとご自身の状況がリンクしたのですね。クラフトが沈んでいる時のシーン、ボイスを聴いているこちらも胸が締め付けられました……。
小島さん:
感情が高ぶってくると、自然と泣きそうになる時もありました。
ただ、シナリオ担当のみなさんが絶対にクラフトを光のもとに導いてくれるという安心感があったので、気持ちの振れ幅はあったものの、辛い気持ちだけではありませんでした。
フサイチパンドラの世の中を舐めてる演技と、舐めていない演技の差はセリフの「間(ま)」
──佳原さんはいかがでしょう。フサイチパンドラはラインクラフトと関わることで、大きく変化していくウマ娘ですが演じるうえでいかがでしたか?
佳原さん:
私も、最初に資料をいただいて自分の中で思い描いていたパンドラのキャラクター像と、実際に現場でのディレクションでいただいたものにズレがありました。
私としては、「自信家」や「自称・天才」というより「おねだり上手」な印象のほうが強かったんです。甘えん坊なのかなと思って、その方向性で演技したのですが、収録現場では「もっと世の中を舐めている感じで」とディレクションをいただきました。
──世の中を舐めた感じ、ですか(笑)。
佳原さん:
はい。役作りの際には「人に見せないだけで本当はいろいろ考えている」という解釈をしていたのですが、「もっと能天気で、なにも考えていない感じ」や「いまの段階ではそんなに真面目にならなくてもいい」という指示もありました(笑)。
──言葉だけ聞くとすごいディレクションですね(笑)。
佳原さん:
なので、彼女が成長していく様子を演技で表現するのは、すごく難しかったです。
とくにクラフトが眠りについた後は、パンドラにどんな心境の変化があったのか……常に探りながらの演技でした。
──言語化が難しいかもしれないのですが……フサイチパンドラが世の中を舐めてるときの演技と、成長して世の中を舐めなくなった演技では、どのような違いがあるのでしょう?
佳原さん:
「音」を大きく変えることはなかったです。パンドラの感情を素直に言葉として出すことは常に心がけていました。変化として意識したのは「間(ま)」ですね。
──「間」というのは?
佳原さん:
登場した当初のパンドラは、たぶん何も考えないで走ってるんですよ。何も考えていないから、思ったことがそのまま口から出る。考えている「間」がないんです。
でも、成長していくと、いろいろと考えるようになるんです。そうすると、自然とトーンが落ちたり、言葉を発するまでに一瞬の「間」が生まれるんですよね。
なぜ、第2部の主人公はラインクラフトだったのか? その答えは「九冠馬」アーモンドアイにあった
──ここからはシナリオ担当の方に加わっていただき、メインストーリー第2部がどのように作られていったのか、その舞台裏をお聞きしていきたいと思います。まず、第2部の主人公をラインクラフトにすえた理由について教えていただけないでしょうか。
シナリオ担当:
メインストーリー第2部の物語を考えるにあたって、競馬史の中からどの時代、どの競走馬に焦点を当てるのかについては、さまざまな候補がありました。その中から「牝馬の物語をしっかり描きたい」というテーマが生まれたんです。
牝馬の歴史を見ていくと、2005年にスイープトウショウが宝塚記念を勝利したことが、大きなターニングポイントになっています。そこから牝馬たちの評価が一変し始めたことを、時代感として『ウマ娘』の中でも描いています。
では、その牝馬の物語のある種の到達点はどこか……? と考えた時に、偉大なる九冠馬・アーモンドアイに辿り着きます。
そして、アーモンドアイをひとつの到達点として見るならば、彼女にまで至るファミリーラインを描くべきではないか、と考えました。そうなると、そのお母さんであるフサイチパンドラの世代に焦点を当てることになります。
──アーモンドアイへと繋がる物語として、第2部が作られた、と。
シナリオ担当:
フサイチパンドラ号が現役の時期には、多くの牝馬が活躍していました。中でも後世に名を残す名牝と、後世に血を繋げなかった名牝がいた……それがラインクラフト号です。
当時から今に至るまで、彼女を惜しむ声は上がり続けていて、これはもう彼女を主人公にするしかないだろう、と。
──だからこそ、『ウマ娘』のラインクラフトは、史実で果たせなかった「繋ぐ」ことが強く描かれているわけですね。
シナリオ担当:
『ウマ娘』は、競走馬が見せてくれた夢の続きをみなさんと一緒に見たい、が根幹にあるコンテンツです。
牝馬の物語という大きな流れの先に、アーモンドアイという未来がすでにある。そのうえで、「ラインクラフトという存在が、もし何かを残せたとしたら、それは何だったんだろう?」と考えること。それが、第2部の物語の出発点でした。

──そうなると第2部を貫く「牝馬の物語」は、血統ではなく歴史の流れ、ラインクラフトとフサイチパンドラの繋がりは「想いの継承」という形なんですね。
シナリオ担当:
両者に血統の繋がりがないことは「おっしゃる通りです」としか言えません。ただ、これも「どんな夢をユーザーさんと一緒に見たいか」という点に収束していきます。
──それでは逆に、「史実から変えてはいけない部分」はあるのでしょうか。
シナリオ担当:
もちろんあります。たとえば、史実でも言及されているフサイチパンドラの気性難は、変えてはいけないキャラクターの根幹として描いています。
──フサイチパンドラは「ウマ娘ストーリー」の序盤だと、ベテラントレーナーからは「根性が気に入らない」、主人公トレーナーからは「素質は間違いなくあるが、その才能は、砂糖のドロ沼の中に埋もれている」と、けっこうな言われようでした。
シナリオ担当:
そんな彼女も成長していきます。個別の育成シナリオでは、まったく別の夢を見せてくれますので、3年間でどう変わっていくのかを楽しんでいただきたいです。

──メインストーリー第2部では、チーム<アスケラ>を中心として「牝馬の物語」が描かれていくわけですが、福永祐一元騎手(調教師)の活躍はストーリーを描くうえで参考にされましたか。
シナリオ担当:
おっしゃる通り、チーム<アスケラ>のトレーナーは、ラインクラフトとフサイチパンドラの鞍上でもあった福永氏の活躍はストーリーを執筆する上で大きく参考にさせていただきました。
──おお、やはり。キングヘイローがチームにいるのもそのためですよね。
シナリオ担当:
そうですね、キングヘイローとトレーナーの深い繋がりはメインストーリー第2部でも大切な要素として描かせていただきました。
史実でもラインクラフトたちの上の世代であることから、キングヘイローがチーム<アスケラ>の先輩として存在している、というわけなんです。
──第2部にはいなくてはならない起点となるウマ娘ですよね。キングヘイローとトレーナーの、二人三脚の前日譚を描いたストーリー(前編3話)は胸が熱くなりました……!
シナリオ担当:
ユーザーのみなさまからもかなりご好評をいただいたシーンで、自分としても本当に嬉しかったですね。
第2部前編の3話までを書き終えた時には感極まってしまい、「もうここで終わりでもいいかもしれない……」と一瞬だけ思ってしまったほどです(笑)。
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