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冷凍野菜は便利だけれど

 最近、野菜の値段が予測不能だ。「先週は128円だったのに、今週は398円?」そんな乱高下が当たり前になってきた。背景には、気候変動の影響がある。猛暑や豪雨で作物が育たず、収穫量が不安定になっているのだ。

 消費者としてはたまったものではない。そこで、安いときにまとめ買いし、冷凍保存するのは、いまや多くの家庭で定番となっている生活防衛策だ。

 でも、冷凍には限界がある。1カ月後に解凍したブロッコリーほうれん草は、水っぽくて味も落ちる。食感もイマイチ。保存はできても「おいしさ」までは守れないのが現実だった。しかし、ナノ技術がその「限界」を突破しようとしている。

野菜も細胞も守る、“透明の皮膚”という発想

 NanoSuite株式会社は、ナノサイズの薄膜技術「NanoSuit法」を開発した浜松医科大学発ベンチャーだ。

 この技術はもともと、生きたままの細胞や昆虫を電子顕微鏡で観察するために生まれた。水分を含んだままの試料に特殊な水溶性高分子を塗布し、真空下でも崩れない“ナノの皮膚”をつくる。これにより、不可能だった「生きたままの観察」が実現した。

 現在は、この技術を食品保存に応用する研究が進められている。野菜や果物などの表面にナノサイズの被膜を形成することで、酸化や水分の蒸発だけでなく、カビや微生物の繁殖も抑制できるという。

「冷凍しない保存」が当たり前になる時代

  NanoSuit技術によって形成される皮膜は無色透明で、もちろん食べても無害だ。食品の見た目や食感、味を損なうことなく、保存期間を延ばすことができる。冷凍による風味劣化を避けながら、カビや腐敗からも守ってくれるなら、かなり実用的だ。

 まとめ買いした野菜を冷凍せずにキープでき、カットフルーツやカット野菜の劣化も遅らせられるかもしれない。物流や飲食店でも食品ロス削減の武器になり得る。

医療の世界にも効いてくる

 NanoSuit技術は、そもそも医療分野から出発したもの。その本来の強みは、病理解析や生体観察にある。

 例えば、がん検診や病理診断で使われる細胞標本は、現在でもかなりの手間と時間をかけて処理されているが、NanoSuitを使えば、そのまま水分を含んだ状態で細胞を観察できる。診断の精度の向上や、これまでに見えなかった構造の可視化が可能になりそうだ。

 ナノメートルという超微細なスケールで、食品も細胞も守る。ちょっとSFじみた響きだが、技術は現実世界へと歩みを進めている。NanoSuiteの「ナノの皮膚」は、台所から病院、さらには物流や小売の現場にも応用が期待されている。

 「冷凍しなきゃ傷む」は、そろそろ過去の話になるかもしれない。

「冷凍しなくても腐らない」“ナノの皮膚”が食品保存の常識を塗り替える