
前回の記事では、大企業が直面する新規事業創出の課題に対し、組織の境界を超えて、外部の知見や人材を柔軟に取り込む仕組みづくりが「実行フェーズ」にある壁を突破する手がかりであると述べた。
連載の第二回となる今回は、外部ネットワークの1つの形として注目されるアントレプレナー同士の繋がりが生み出す価値を、具体的な事例とともに解説する。
●孤独な戦いを強いられるイントレプレナーたち
第一に、既存事業の成功体験と慣習が新規事業の芽を摘む傾向にある。安定した収益源を持つがゆえに、不確実性の高い新規事業への投資や人員配置には慎重になりがちだ。短期的な成果を求められる組織文化の中で、長期的な視点が必要な新規事業は評価されにくい。
第二に、社内リソースの獲得が困難である点だ。新規事業に必要な人材や予算は既存事業に優先配分され、イントレプレナーは限られたパイから自力調達せざるを得ない。必要な専門知識が社内にない場合も、外部連携はセキュリティやコンプライアンスの壁に阻まれる。
また、意思決定プロセスの複雑さも大きな障壁となる。複数の部署や役員の承認を得るまでに時間を要し、市場の変化に対応するスピード感が失われる。
さらに、新規事業が既存事業と競合する可能性を懸念され、社内からの反発や足の引っ張り合いに遭うケースも珍しくない。結果として、イントレプレナーは社内の孤立無援の状況で、市場の厳しい現実に立ち向かわなければならないのだ。この構造的な課題こそが、多くの大企業で新規事業が失敗に終わる大きな要因となっている。
●イントレプレナーが外部ネットワークを形成すべき理由
前項で述べたように、大企業のイントレプレナーたちは、新規事業創出の過程で数々の構造的課題に直面し、往々にして孤独な戦いを強いられている。しかし、この困難な状況を乗り越えるための一つの強力な方策として、今、企業間を超えたネットワーク形成が注目されている。これは単なる情報交換の場ではなく、閉塞感のある社内環境では得られない、多角的かつ実践的な価値をイントレプレナーにもたらす。
では、具体的にネットワーク形成はどのような価値を生み出すのだろうか。
第一に、「知」の創造と融合が挙げられる。自社内にはない専門知識や技術、異なる業界の視点や顧客理解を、外部ネットワークを通じて獲得できる。例えば、AI技術を活用した新規事業を検討している場合、社内にAI専門家がいなくとも、外部の技術者やスタートアップとの交流を通じて、最先端の知見や開発手法を学ぶことができる。
そして、ここで特に強調したいのが、「イントレプレナー同士のネットワーク」がもたらす独自の価値である。同じ大企業という環境で新規事業の立ち上げに奮闘する者同士だからこそ共有できる、生々しい課題や成功体験、失敗談がある。社内では理解されにくい苦悩や葛藤を共有し、共感を得ることで、精神的な孤立感を解消できる。また、異なる企業文化や組織構造の中で培われた知見は、自社の課題解決に新たな示唆を与える。例えば、ある企業のイントレプレナーが直面した社内調整の壁を、別の企業のイントレプレナーが過去に乗り越えた経験から具体的なアドバイスを得られるといった、実践的な学びが期待できるのだ。スタートアップとの連携が技術や市場の知見をもたらす一方で、イントレプレナー同士のネットワークは、大企業特有の「組織の壁」を乗り越えるための具体的なノウハウや精神的な支えを提供する。
第二に、「共創」によるリスク分散とスピードアップだ。新規事業には不確実性が伴い、多大な時間とコストがかかる。外部企業と連携することで、これらのリスクを分散し、各社の得意分野を生かした役割分担が可能になる。例えば、ある企業が技術開発、別の企業がマーケティング、また別の企業が販売チャネルを持つといった形で連携すれば、単独では実現が困難なプロジェクトも、より迅速かつ効率的に推進できる。これは、大企業特有の長い意思決定プロセスや、リスクを嫌う文化を補完する上で非常に有効なアプローチだ。
第三に、「新たな視点」と「客観性」の獲得である。既存事業の成功に縛られがちな大企業のイントレプレナーにとって、外部の視点は極めて重要である。自社の強みや弱みを客観的に見つめ直し、新たな市場機会や顧客ニーズを発見するきっかけとなる。また、社内では「当たり前」とされている常識が、外部では通用しないといった気づきも得られる。これにより、既成概念にとらわれない、真に革新的なアイデアが生まれる可能性が高まる。
これらのネットワーク形成が、大企業が新規事業を行う上での課題を具体的にどう解決するのか。まず、社内リソースの限界という課題に対し、外部ネットワークは多様な人材や専門知識、資金源へのアクセスを提供する。必要なスキルを持つ人材を社内から探す時間や労力を削減し、外部のプロフェッショナルとの協業を通じて、事業立ち上げに必要なリソースを迅速に確保できるのだ。
次に、意思決定プロセスの複雑さに対しては、ネットワーク内でのオープンな議論や、外部の視点を取り入れることで、より迅速かつ合理的な意思決定を促すことができる。社内での根回しや調整に費やす時間を削減し、市場投入までのスピードを加速させる効果が期待できる。外部からの客観的な評価は、社内での説得材料としても有効に機能するだろう。
さらに、既存事業とのカニバリゼーションや社内反発という課題にも、外部ネットワークは解決の糸口となる。社外のパートナーとの協業は、既存事業のしがらみから離れたところで、より自由に事業を構想・推進することを可能にする。また、外部との連携によって事業の新規性や将来性が明確になれば、社内からの理解や協力を得やすくなるケースもある。
結論として、イントレプレナーが外部ネットワークを形成することは、単に人脈を広げる行為に留まらない。それは、大企業の構造的な壁を打ち破り、新規事業を成功に導くための戦略的なアプローチである。特に、同じ境遇にあるイントレプレナー同士の横のつながりは、知の融合、共創によるリスク分散、新たな視点の獲得に加え、精神的な支えと実践的な課題解決のヒントを提供し、イントレプレナーは孤独な戦いから解放され、より力強くイノベーションを推進できるのだ。
●成功事例に学ぶコミュニティの力
イントレプレナー同士のネットワークがもたらす価値は、スタートアップエコシステムにおいても重要性が認識されており、世界的に成功を収めている事例も存在する。その一つが、シリコンバレーの著名なスタートアップアクセラレーターである米Y Combinator(YC)が主催するアルムナイコミュニティ「Bookface」だ。
Bookfaceは、YCを卒業した起業家(アルムナイ)が互いに繋がり、知識を共有し、支援し合うためのプライベートなオンラインプラットフォームである。Facebook、Quora、LinkedInを組み合わせたようなプラットフォームで、各起業家がプロフィールを持ち、専門分野をタグ付けできる点が特徴だ。
Bookfaceは、YCのアルムナイにとって、スタートアップの成長を加速させ、困難な局面を乗り越えるための強力なツールとなっている。YCが創業当初から重視している「助け合いの文化」を象徴するものであり、アルムナイは、直面する課題に対して、YCのパートナーだけでなく、数千人もの分野の専門家から助けを得られることを知っている。
国内でも、同じくベンチャーキャピタルがアクセラレータープログラムのアルムナイ向けイベントを定期的に開催し、起業家コミュニティの形成に力を入れている。ユニコーンへと成長する起業家を相互に高め合う場を提供することを目指している。
弊社・アドライトでも、起業家やイントレプレナー同士の繋がりを求める声が多数あったことから、新たな取り組みとして「Leaper's Night」という大企業のイントレプレナーが企業や業界を超えて繋がるクローズドなイベントを開催している。一般的なオープンイノベーションイベントとは異なり、同規模企業の担当者が非競争領域でオープンな対話を行える場として設計した。アドライトでは長らく新規事業支援を手掛けているが、大企業では新しい事業の芽が社内の調整やリスク回避により潰れがちで、担当者が孤立してしまうという課題を発見したことが、この取り組みにつながっている。
実際に、Leaper's Nightの参加者からは、「イントレプレナー同士が繋がることで、社内で抱える具体的な課題を共有し、互いにノウハウを共有することで解決に直結した」や「異なる企業の事例や知見に触れることで、自社の事業アイデアを具体化させ、新たなビジネスパートナーを発掘する機会が生まれた」などの声が挙がっている。この取り組みにおいて、何よりも重要なのは、同じ志を持つ仲間との出会いを通じて、彼らのモチベーションが維持され、次なる挑戦への活力となることだ。孤立から解放され、自信を持って事業推進できる環境がイントレプレナーには必要と感じる。
どちらの例も、同じような挑戦をしている者同士が「利害を超えた純粋な繋がり」を築くことの価値を示している。大企業に属するイントレプレナーが直面する固有の課題に対し、こうしたコミュニティがどのように具体的な解決策を提供し、イノベーションを加速させていくかがカギとなる。
●利害を超えた「純粋な繋がり」が新規事業を加速させる
本稿では、大企業における新規事業創出の困難な現状と、そこに奮闘するイントレプレナーたちの孤独な戦いを浮き彫りにしてきた。そして、この構造的な課題を乗り越えるための一つの強力な方策として、外部ネットワーク、特に「イントレプレナー同士の横の繋がり」の重要性を強調してきた。
従来のオープンイノベーションが、スタートアップと大企業の連携に焦点が当てられ、時に「事業提携」や「投資」といった利害関係が前提となりがちであったのに対し、イントレプレナー同士のネットワークは、それとは一線を画す価値を持つ。Leaper's Nightの事例が示すように、異なる企業に属しながらも同じ「新規事業創出」というミッションを背負う者たちが、非競争領域で腹を割って対話できる場は極めて貴重である。
このような「利害関係のない純粋な繋がり」から生まれる価値は計り知れない。自社内では共有しにくい悩みや葛藤の吐露、失敗談からの学び、そして共感による精神的な支えは、イントレプレナーの孤立感を解消し、持続的なモチベーションを維持する上で不可欠な要素となる。また、業界や企業の壁を越えた実践的な知見の交換は、個々の事業アイデアの具体化を促進し、社内では得られない客観的な視点を提供することで、事業の成功確率を高める。
イントレプレナー同士の純粋な繋がりが深まることで、彼らは「孤独な戦士」ではなく、「志を同じくする仲間」としての連帯感を得る。この連帯感こそが、複雑な社内調整やリスクへの躊躇、既存事業からの反発といった大企業特有の障壁を乗り越えるための原動力となるのである。
大企業が持続的な成長を実現し、変化の激しい時代を生き抜くためには、自社の殻に閉じこもることなく、外部、特に同じ境遇のイントレプレナーたちと手を取り合うことが不可欠である。利害を超えた純粋な繋がりが、アイデアを実行に移す勇気を与え、新たな価値創造を加速させる鍵となる。次世代の新規事業は、この「純粋な繋がり」の力によって、大企業の中から次々と生まれてくることだろう。
著者:株式会社アドライト
アドライトでは、オープンイノベーションによる新規事業創出や社内ベンチャー制度構築、イノベーター人材育成等、事業化の知見や国内外ベンチャーのネットワークを生かした事業創造支援を展開。事業会社だけでなく、国の行政機関や主要自治体とも連携し、未来へと続く事業を共創している。直近では、脱炭素・GX(グリーントランスフォーメーション)・クライメートテック領域に注力し、同領域に関心のある事業会社や地方自治体との共同プロジェクトを多数進めている。

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