
■選挙に負けても「自分ファースト」
衆院選、東京都議選、参院選と3連敗、ついに衆参両院で過半数割れという歴史的な事態に陥った石破茂首相だが、それでも首相の座に居座り続けている。
一方、裏金問題や相次ぐスキャンダルで自民党敗北の原因をつくった側が、このままでは選挙は勝てない、政権を失ってしまうと、石破降ろしに血道を上げている。この奇々怪々の権力闘争をマスコミも連日大きく取り上げ、主導権を握ったはずの野党第一党・立憲民主党はじめ野党側も、なすすべもなくことの成り行きを見ている。
物価高やトランプ関税で、日常生活にも暗雲が垂れ込めているなかで、政治家たちの自己保身「自分ファースト」の権力争いを毎日見せられる国民の側はたまったものではない。なぜ、こんな緊張感も躍動感もない政治になってしまったのか。
参院選後の自民党のドタバタは、少し大げさに言えば、日本の民主主義が大きな曲がり角に来ていることを見せているのかもしれない。
■「3連敗、スリーアウトチェンジだ」
これまでの政界の常識でいえば、石破首相に退陣以外の選択肢はない。問題は、いつ、どんな形で辞めるのかということだけだ。
石破政権は去年の衆院選で過半数割れの惨敗を喫し、ことし6月の東京都議選でも惨敗、これに続く参院選でも過半数を割り込む大敗を喫した。この参院選は事実上の「政権選択選挙」になった。
昨年の衆院選が本来の「政権選択選挙」だったのだが、その選挙で敗北し過半数を割ったにもかかわらず、野党がまとまらなかったために、石破政権が少数与党のまま存続してきた。そこで今回の参院選は、その自公連立の石破政権を今後も続けていいかどうか、国民に改めて信を問う意味合いがあったからだ。
そしてその選挙で自公は惨敗した。有権者は、「今の自公政権」以外の政権を選択したのである。それが「今の自公政権のトップ」である石破首相の続投を認めたことになるとは、どんな政治的な理屈や理論を持ち出しても説明できない。
自民党きっての「皮肉屋」としても知られる茂木敏充前幹事長は、26日に公開した自身のユーチューブ番組で、衆院選、東京都議選、そして参院選と敗れたことについて「3連敗、スリーアウトチェンジみたいな状態だ。何らかのけじめをつけないと自民党再生の道は見えてこない」と石破氏を痛烈に批判した。
スリーアウトチェンジを宣告されたのに、まだバッターボックスに立ち続けている。責任感も判断力もない首相だと言われるのは、政権を預かる最高指導者としては、これ以上ないくらい屈辱的だろう。
■石破首相を襲う特大ブーメラン
参院選で過半数を割り込むほどの惨敗を喫した自民党の首相は3人いる。1989年の参院選で大敗した宇野宗佑首相と98年の参院選で敗れた橋本龍太郎首相の2人は、選挙結果が出た直後に退陣を表明した。直ぐに退陣表明しなかったのは、2007年の安倍晋三首相だけだ。
安倍氏は、自民党の史上ワースト2となる37議席しか獲得できなかったにもかかわらず続投を表明した。しかし、党内外からの批判はやまず、政権運営にも行き詰まって1カ月半後には体調を崩して辞任している。首相が進退の判断を誤るとかえって傷口を広げる典型例と言われた。
このとき、安倍批判の先頭に立っていたのが、当時中堅議員だった石破茂氏その人だ。そしていま、当時の安倍氏に対する批判がそのまま特大のブーメランとなって石破氏自身に向かってきている。
28日に開かれた自民党の両院議員懇談会では、延々4時間半にわたって石破首相はじめ党執行部の刷新や首相退陣論が噴出した。しかし首相は「米トランプ大統領との交渉もあり、政治空白を作るわけにはいかない。国家、国民のために自分を滅して邁進したい」などと釈明し続け最後まで続投の意思を変えなかった。
しかし、民意に従わない石破氏とそれを無理やり引きずり降ろそうとする勢力とのゴタゴタで、政治は事実上停滞している。それこそが政治空白だと言わざるを得ない。
■「退陣など一言も言っていない」
次第に石破包囲が狭まるなかで、それでも石破首相は、続投の意思を変えていない。選挙直後、さすがに弱気になったのか周辺に進退も含めて考えると漏らしたことが、一部マスコミに漏れて、読売新聞が号外まで出して「石破首相退陣へ」と報じる騒ぎになった。
首相はその日のうちに「退陣など一言も言っていない」と全面的に否定してみせたが、かねて石破首相に批判的だった旧安倍派の議員たちや麻生太郎党最高顧問、茂木氏らのグループは、ここぞとばかり石破降ろしの行動を活発化させ、党内対立はエスカレートし続けている。
それでも首相が続投姿勢を変えていないのはなぜか。首相に近いベテラン議員は、こんな風に解説してくれた。
「『みんな、いったん落ち着こう』ということだ。確かに敗北の責任は石破首相にあるが、敗因をつくったのは裏金議員や保守派の連中だ。それに石破首相を替えれば野党との交渉はもっと難しくなる。野党とうまくやれる体制をつくるまでは首相は辞めたくても辞められないのだよ」と。
辞めたくても辞められないのかどうかは、知る由もないが、確かに、退陣した後の道筋、自民党内で影響力を持ち続けるためにも、誰にバトンを渡すのか、そのためにはどのタイミングで辞めるかを考えることは重要だろう。
■「高市首相」よりも「#石破頑張れ」
しかし党内野党として長く反主流派暮らしをしてきた石破氏には、自分の後を託す後継者も、それを支える派閥(議員グループ)も存在しない。だとすれば、自民党外、つまり立憲の野田代表や維新の前原誠司共同代表らとの関係を維持できる人物ということになるが、それも現時点では誰を推すのか難しい。
秋には物価高対策などを審議する臨時国会を開かなければならない。とすると8月末には進退について判断しなければならない場面が来るだろう。問題は果たしてそれまで、この中途半端な状態が続けられるかどうかだ。
メディアで石破首相の進退に注目が集まるうちに奇妙な現象も起きている。
石破降ろしを画策する保守派の議員や旧安倍派の議員への反発から、むしろ石破首相を応援しようという声が野党支持者側から上がり始めたのだ。SNSで「#石破頑張れ」が拡散され、官邸前でのデモまで起きた。
ポスト石破の有力候補として名前があがる高市早苗前経済安保担当相のような保守派が首相になるくらいなら、自民党内でもリベラル派の石破氏の方がマシだ、というのである。もっとも、これが首相の支えになるかというと疑問だ。
ある立憲の中堅議員は、「石破首相にエールを贈れば、保守派が反発する。そうして自民党内の対立をあおる効果を狙っているのだ」と話している。「対立が長引けばそれだけ首相の力が落ちる。続投でも交代でも、更に弱い首相なら我々の要求を飲ませやすいし、解散もできないだろうから、その間に立憲が力をつけられる」というのだ。
■全面対決を避けたい立憲
実は、立憲内には、こうした考え方の議員が少なくない。
野田佳彦代表も、石破降ろしがどうなるのか、注視する必要があると言い続けている。もともと野田氏は石破氏との連携を考えてきた。個人的に相性がいいということもあるが、自民党内では中道保守の位置にいる石破氏と政策的にも近い。消費税の減税をめぐって最後まで迷い、内閣不信任案の提出に一貫して消極的だったのも、石破氏との全面対決は避けたいという心理が働いていたからだ。
国民民主党の玉木雄一郎代表が、自公と連立するのではないか、という疑心暗鬼も消えない。玉木代表も今の自公とは組めないと言っているが、自民党総裁が変わればどうなるかわからない。
一方、野党連立となれば野田氏よりも玉木氏を首班に担ぐ動きが強まるのではないか。いずれにしても石破氏が退陣するのかどうか、次の総裁が誰になるのかで戦略が変わってくると見ているのだろう。
しかし、自民党の権力闘争しだいという消極的な姿勢では、野党への期待は高まらない。それは裏を返せば「政局は自民党を中心に動く」という「自民党ファースト」の意識だからだ。
■重鎮・小沢一郎氏が野党に抱く苛立ち
自民党政権を2度倒した経験がある立憲の重鎮・小沢一郎氏は、「衆参で過半数を割ったということは、民意は政権交代をしろということだ。野党第一党がその民意に応える姿勢を示さないと、本当に国民に見放される。相手が誰であれ立憲が先頭に立って内閣不信任案を出して可決させる。そして野党がまとまって新たな政権をつくる。少なくとも、その覚悟だけでも見せないと期待は集まらない」といまの野党に苛立ちを隠さない。
28日に公表されたFNN・産経新聞合同調査によると、望ましい今後の政権の枠組みは「自公両党に野党の一部が加わった政権」が46.3%と最も多く半数近くを占めた。次いで「現在の野党中心の政権に交代」が34.1%。「自公両党による政権の継続」と答えた人はわずか13.9%だった。
世論はすでに自公政権を見限っている。野党の一部が加わるといっても、今まで通り自民党総裁が首相になることを必ずしも望んではいないだろう。それとも野党中心の新たな連立政権をつくるのか、いずれにしても世論は自民の後継総裁を中心とする「自民党ファースト」の政治にNOを突き付けているのだ。
■決められない政治が続く危うさ
昨年、少数与党になった石破政権は、野党と丁寧に話し合って合意形成すると低姿勢でスタートした。確かに野党が手柄を競い合うように自らの主張を与党に飲ませることで、予算も年度内に成立した。
これこそ熟議の国会だと、マスコミも好意的に報じ続けたが、その結果は場当たり的な対応が続いて、本質的な問題は何一つ解決しない、決められない政治が8カ月以上続くことになった。
物価高対策や少子高齢化を控えた年金改革、消費税の減税問題、全て先送りにされてきた。内閣不信任案を提出すれば可決された可能性も高いが、立憲の野田代表は、選挙を嫌がる党内の空気にも押されて、提出を逡巡し続け、それが石破政権をここまで持たせてきたことも事実だ。
しかし、そのような緊張感もなく、政治課題の解決も何一つできない状況に国民の多くがうんざりしてきた。そうした不満のはけ口が、手取りを増やす」という一点に主張を絞った国民民主党や「日本人ファースト」「減税と外国人規制」という分かりやすいテーマを掲げた参政党の躍進につながった。
自民党選対事務部長を長くつとめ「永田町の選挙の神様」と呼ばれる久米晃氏は、選挙中のインタビューで、「自民党に愛想をつかした支持者が大量に参政党に流れ込んだことが自民党の苦戦につながっている」と分析していたが、選挙後の自民党のゴタゴタが、さらに支持者の自民党離れを加速し、参政党の支持はさらに伸びている。
■総裁を変えても自民党は変わらない
ポピュリズムだ、排外主義だといくらマスコミが批判しても、失われた30年の経済停滞で厳しい生活を強いられてきた就職氷河期世代などの現状への不満が既成政党、なかでも長く政権を担ってきた自民・公明に向けられ、その一部が国民民主や参政党、保守党に支持を移したことは間違いない。
与野党ともに、参院選の結果を見つめ直し、マグマのように動き始めたポピュリズムの台頭が意味するところを考える必要がある。
いま自民党内では、裏金問題や相次ぐスキャンダルで自民党敗北の原因をつくった議員が、石破降ろしに血道を上げている。こうした世間ずれした党内抗争を続けていれば、自民党はますます国民から見放されるだろう。このまま総理総裁の顔を変えるだけでは、何も変わらない。次の衆院選でも一度離れた自民支持層は戻ってこないだろう。
自民党には、下野して野党に政権を渡すか、それとも今の自公に野党を加えたできるだけ幅広い支持を得られる連立政権を作り直すか、そして、どちらもできないのであれば、もう一度有権者に聞いてみる、つまり解散総選挙によって各党の信を問うしか道はない。
首相が誰であっても、漂流し始めた日本政治を立て直す役割が求められている。いま日本の政治に突きつけられているのは、そのことではないだろうか。
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ジャーナリスト、元NHK解説委員
1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。
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