元大阪市長・大阪府知事で弁護士の橋下徹さんであれば、ビジネスパーソンの「お悩み」にどう応えるか。連載「橋下徹のビジネスリーダー問題解決ゼミナール」。今回のお題は「ネットとマスメディア」です──。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2025年8月15日号)の掲載記事を再編集したものです。

■Question

ネットの影響力が増える中、テレビ報道などマスメディアの今後は?

参議院議員選挙など大型選挙が続きますが、最近はSNSをはじめとするネット情報が大きな役割を果たしています。一方でテレビや新聞などのマスメディアも「ファクトチェック」を試みたり、選挙期間中の報道に踏み込んだりと努力しています。ネットとマスメディアの双方に関わりが深い橋下さんは、今後の動向をどう見ますか?

■Answer

玉石混交のネット情報との“キャッチボール”こそがマスメディアの役割

今の若い世代にとって、SNSやYouTubeはなくてはならない情報源。一方で、新聞を読まない、テレビも見ないという層も確実に増えています。

情報ツールの多様化自体は、僕はとてもいいことだと思っています。かつて新聞やテレビといったマスメディアを通じてしか発信できなかった情報を、今はスマホ一台で個人が広く発信できる。これは大きな進化です。

ただし、それに伴う課題も当然あります。ネットの情報には嘘や誇張、質の低いものも紛れ込んでいます。

でも、それをいえば、テレビや新聞も本質的には同じですよね。情報の“質”とは、絶対的というより相対的な判断で決まります。「ネット情報はレベルが低いが、テレビ番組はちゃんとしている」とは一概にはいえません。もしテレビ局などマスメディア側がそう思っているとしたら、それは大きな誤りだし、驕(おご)りだと思うんです。

「社会をより良いものにしていくためには、情報の入手・発信ツールが増えていくのはいいことだ」――。その前提に立ったうえで、ネットとマスメディア双方に関わる人間として、両者の特徴を整理していきたいと思います。

まず、テレビや新聞などマスメディアの長所は、なんといっても「裏取り」のクオリティです。“マス(大衆)”メディアというくらいですから、情報の受け手は膨大です。嘘やデマが混ざらないよう、細心の注意を払って調査・報道を行っている。これはマスメディアの大きな強みと言っていいでしょう。

ただ、それと同時に、多くのテレビ局や新聞社、出版社は、視聴率や売り上げを追求する民間企業でもあるため、時に厄介な事態を引き起こします。最近でいえば、斎藤元彦兵庫県知事をめぐって起きた報道合戦です。

とりわけ関西のテレビ各局は、告発者潰しという問題の本質とは遠い「おねだり」疑惑などの面白おかしい話題をさんざん取り上げ、視聴率稼ぎに走りました。そのため、斎藤知事の不適切な権力行使といった核心的な問題には注目が集まらず、逆にネット世論を中心にマスコミ不信を増大させることになりました。

それ以上に問題なのは、放送法にある「政治的公平」の条項を拡大解釈し、選挙期間に入ると報道内容を大幅に自主規制してしまうことです。選挙期間中は、各政党や各候補者の主張を分単位で平等に割って紹介するのがテレビ報道のいつものスタイルです。

でも、放送局が「政治的公平」を求められるといっても、報道がそこまで規制されるわけではありません。選挙期間中のテレビ報道がおとなしいのは、放送法に縛られているからというよりも、政党や候補者の支持者たちからクレームが来るのを恐れているからだというのが僕の認識です。

クレームにさらされるのはテレビ局だけではありません。最近は番組スポンサーに批判の矢が向けられることもあります。報道をきっかけに、SNSを通じてスポンサー企業の不買運動が起きてしまうということも十分に考えられます。テレビ局は、そんなレピュテーション(評判)リスクを回避しようとしているのでしょう。

そうした“自主規制・自主検閲”の結果、テレビ番組は熱量を失い、中途半端な“情報”だけを垂れ流しているように見えてしまう――。だけど、その程度の情報なら、今やネット上でいくらでも拾える。そう思い、マスメディアから離れてしまった視聴者・購読者もいるでしょう。マスメディアの大きなジレンマです。

一方、SNSやネットメディアはどうでしょう。斎藤知事が辞職後に「再選」された出直し選挙の結果は、ネットの威力をマスメディアにまざまざと見せつけました。

SNSを中心に「マスメディアは真実を報道していない!」「俺たちが隠された真実を明らかにする!」「旧弊のマスメディアをやっつけよう!」という強い運動が起こり、そのムーブメントが斎藤知事再選という結果に結びついたともいえるでしょう。

まさに従来の“社会的強者”マスメディアに対する強烈なカウンターパンチ。この流れは米国のトランプ大統領も大いに活用しています。

ただ、ネットメディアにも弱点はあります。いわゆる「ファクトチェック」の不在や「デマの拡散」、SNSアルゴリズムでユーザー好みの情報を優先的に表示する「フィルターバブル」の問題や、「匿名性による無責任で極端な意見」「陰謀論」などです。もとより“情報”に完全無欠の中立性などありませんが、それが極端に偏りやすいのもネットメディアの特徴です。

■ネットとマスメディアの役割分担・補完関係

では、僕らは今後、こうした情報の海をどう泳いでいけばいいのか。

大事なことは、マスメディアとネットの「どちらかが絶対に正しく、どちらかが絶対に間違っている」と決めつけるべきではないということです。目指すのは、両者の「役割分担」と「補完関係」を意識することです。

すでにテレビ各局は、兵庫県知事問題を受けて「このままではいけない」と改革を始めています。従来及び腰だった選挙報道にも、前向きに取り組もうと動き出しています。

例えば僕がコメンテーターとして出演しているフジテレビ系の『日曜報道 THE PRIME』では、選挙期間中に政治家たちが登場する際、「秒単位で発言時間を均等にする」という一般的なやり方をとらずに、最近は、議論の流れや内容を重視し、発言回数などで「質的公平性」を担保するように工夫しています。

そうした工夫を重ねていることを前提としたうえで、マスメディアに期待される今後の役割とは何かを考えてみましょう。

マスメディアの報道が頼りないからといってネットに頼れば、信用していいのかよくわからない解説や主張にぶつかりがちです。そんな玉石混交のネット情報を「精査・検証・評価」することが、これからのマスメディアの役割ではないでしょうか。

匿名性が高く、時に過激で、しかしマスメディアが報じてこなかった事実を取り上げようというネット情報。人々がそこに大きな関心を寄せている以上、それらをきちんと調べ、裏を取り、検証し、報じる役割はマスメディアの使命です。つまり、ネットが“ボール”を投げ、マスメディアがそれを受けて返す。そんなキャッチボールこそが、マスメディアの役割です。

今やネットの情報量はテレビや新聞の何百倍にも及びます。政治家の発言の報道も、テレビではせいぜい2、3分程度ですが、ネットでは時間を気にせず自由に語ることができる。情報量や拡散力では勝負になりません。

マスメディア各社は、SNSやYouTube、ネットメディアを敵視したり見下したりするのではなく、とはいえおもねるのでもなく、「リアルな声」の対話相手として、視聴者や購読者のために有意義なキャッチボールをしてもらいたいものです。このような積み重ねによって新しいジャーナリズムの形が生まれるのでは、という期待を強く抱いています。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。

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1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最近の著作に『政権変容論』(講談社)、『情報強者のイロハ』(徳間書店)などがある。 - 撮影=的野弘路