シャープの“飲める氷”を作る冷蔵庫が、酷暑の救世主となるかもしれない。

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 夏場に上昇した体内の温度を冷やす効果があるといわれるアイススラリー。この液体と氷が混じった「飲める氷」を、簡単に作れる専用冷蔵庫を法人向けにレンタルしている。

 アイススラリーは、摂取すると微細な氷が体内で溶ける中で、体を芯から冷やせるもの。そのため暑熱対策の一つとして注目されているのだ。市販のペットボトル飲料を使用して作れるアイススラリー専用の冷蔵庫を発売するのはシャープが初めてだという。

 工事や建設現場、スポーツ施設など、暑熱対策が難しかった環境で活動する企業にとっては、身近な解決策になりそうだ。シャープの国内キッチン事業部 永田康人副事業部長と、事業戦略推進部 水野琢馬課長に話を聞いた。

●導入目標は3000社 “飲める氷”を作る冷蔵庫の実力は?

 今年度は法人向けにレンタルを実施する。レンタル料金は、アイススラリー冷蔵庫1台当たり毎月3万~4万円。2027年度には3000社導入を目指している。

 冷蔵庫の特徴はこうだ。

1. 市販のペットボトル飲料を冷蔵庫に入れて、飲む前に振るなどの衝撃を与えることで、簡単にアイススラリーを作れる

2. 9段階の細かな温度設定により、スポーツドリンク、果汁飲料、コーヒー飲料などさまざまな飲料に対応できる

3. コンパクトサイズなため休憩スペースなどに設置がしやすく、宅配便での搬送も可能

 アイススラリー化(スラリー化)した飲料商品は、数年前から一部の食品メーカーがパウチで販売している。しかし、氷が凍結した状態のパウチがスラリーになるまでに、数分間の時間がかかるのが課題だ。一方、シャープの冷蔵庫から取り出したペットボトル飲料は、わずか数秒振るだけでスラリーになる。そのため、体温を下げるためにすぐに飲みたい人にとっては利便性が高い。

 永田副事業部長は、開発に踏み切った理由について「冷蔵庫の技術を積み重ねる中で、社会課題になっている暑熱対策への身近な解決策になるとの思いで開発することを決めました。2024年のテスト導入では、各方面から高い評価を受け、商品化を決定しました」と背景を説明する。

●「過冷却」現象を活用

 世界の平均気温が上昇する中、2024年の熱中症による救急搬送数は9万7000人を超えた。国内での過去最多を記録している。こうした社会課題に対してシャープは、2023年に摂氏12度の「適温蓄冷材」を発売。体の外から冷やす暑熱対策に取り組んできた。

 水野課長は「適温蓄冷材など体を外部から冷やす技術を生かしながら、凝固点以下になっても氷にならず液体の状態を保つ『過冷却』現象に着目しました。過冷却状態の液体に刺激を与えてアイススラリーを作る冷蔵庫を開発しました」と話す。

 アイススラリーを作る方法はいくつかある。だが、シャープ過冷却現象を使った方法は、冷蔵庫にある飲料の液体を振るか叩くかなどの刺激を与えるだけで、簡単にアイススラリーができる。これが最大の利点だ。

 この専用冷蔵庫の内部構造について水野課長は「独自のファン制御と風路構造により、庫内温度をきめ細かくコントロールできます。加えて温度ムラも抑制できます」と話す。積み重ねてきた冷蔵庫に関する技術が生かされているようだ。

●のど越しが滑らか

 スポーツ飲料、ジュース、コーヒー飲料などをスラリー化したものを、筆者も試飲してみた。氷のイメージがあったため、かき氷の感触を想像していた。だが、ザラザラした感じは全くなく、口当たりと、のど越しは滑らか。冷たさを感じながら簡単に飲めるものになっていた。

 3種類の飲料を飲んでみて、どのアイススラリーも滑らかな感触で飲みやすかった。ただし炭酸飲料については、栓を抜くとガスが発生する。そのため、ボトルのふたを開けるときに液体があふれ出る恐れがあり、推奨はしないという。

●暑熱対策を閣議決定

 政府も国、地方公共団体、事業者と国民が広く連携して暑熱対策に対処することを目指す実行計画を策定した。2023年5月に閣議決定をしている。2030年までに、熱中症による死亡者数を半減させることを目指す。

 厚生労働省によると、熱中症による死傷者、死亡者数は増加傾向だという。休業が4日以上の死傷者数は、2024年に1195人で過去最多を記録。労災による死亡者数も30人と高止まりしている。

 この事態を重視した同省は、熱中症の早期発見と重症化を防止するため、労働安全衛生規則を改正した。

 「事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業など熱中症を生ずる恐れのある作業を行うときは、あらかじめ、作業場ごとに、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じての医師の診察または処置を受けさせること。その他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手続きを定め、作業に従事する者に対して、手続きを周知させなければならない」

 この規則を4月15日付けで、罰則付きで新設した。

●産業医も効果に注目

 専用冷蔵庫により作成したアイススラリーによる深部体温上昇抑制効果について、産業医で産業医科大学の堀江正知教授(産業保健管理学)は2024年、同大学で実証実験をした。堀江氏は「暑熱環境での身体活動によって生じる深部体温の上昇は、スラリー化した飲料を飲んだ場合、28度の飲料を飲んだ場合と比べて抑制されました。(体温上昇後の)休憩中に飲んだ場合は、7度に冷却した飲料を飲んだ場合と比べても、深部体温が上昇する程度が緩和されました」と説明する。

 「スラリー化した飲料は、通常の飲料と比べて、飲むのに要する時間が長かったです。ただ、食道通過時の温度は明らかに低く、低温のまま身体の深部に到達していたと考えられます。推定発汗量は、スラリー化した飲料を飲んだ場合に最も少量となり、体温を調節するための負担が少なかった可能性があります」

 スラリー化した飲料を飲むことが、暑熱対策として効果があると結論付けている。

●ゼネコンの現場などからも評価

 発売に先立ち、シャープではいくつかの企業にテスト導入して、その効果を調べた。建設現場の休憩所で使ってみた大手ゼネコンでは、「好みのスラリー飲料を作れる点が良く、見て触れて飲んで楽しいと継続希望の声も多かった」(竹中工務店)という。

 プロサッカーチーム「セレッソ大阪」のトップチームトレーナーからは、練習や試合時に使用してみた結果、「手軽かつ簡便にアイススラリーをつくれる点と、飲料をスラリー化することによって効率的に体内温度を下げられる点に魅力を感じ導入しました」と好感されたという。ペットボトルを振るだけでアイススラリー飲料に変化し、選手自身が簡単に摂取できることが高く評価された。

 気象庁が発表した5~7月の3カ月予報によると、今年も例年と比べて平均気温が高くなるそうで、熱中症への早めの対策を呼び掛けている。特にゼネコンなどの工事や建設現場では、気温が高くなっても仕事を止めにくい状況のため、暑熱対策が不可欠になってくる。そういう中でアイススラリーが手軽に作れるシャープレンタルサービスは、現場に適合した対策作りになるのではないか。

 家電メーカーはすぐにはマネができないようで、このサービスが猛暑の夏にどのくらい受け入れられるか注目だ。

(中西享、アイティメディア今野大一)

「飲める氷」を、簡単に作れる専用冷蔵庫を法人向けにレンタル