
『1999展 ー存在しないあの日の記憶ー』が2025年7月11日(金)から9月27日(土)まで、東京・六本木ミュージアムにて開催されている。
本展は、ノストラダムスが世界の滅亡を予言した1999年前夜の不安と期待が交差する空気を感じながら、“終末の少女”の導きによって予言された『世界の終わり』をたどるという、空間・映像・音響を駆使したホラー体験型の展覧会である。
企画を手がけるのは、70万部超えのヒットを記録した『近畿地方のある場所について』を手掛けたホラー小説家・背筋、カルト的人気を誇るホラーゲーム『SIREN』脚本家の佐藤直子、新進気鋭の若手ホラー映画監督・西山将貴の3名からなるホラークリエイターユニット「バミューダ3」。観客を導く“終末の少女”は人気イラストレーター・米山舞による描き下ろしという豪華な内容だ。
不安と期待が入り混じる1999年 ないはずの記憶を揺さぶられる
「近いうちに世界が滅亡する」という予言を受けたとき、我々はどう感じるのだろうか。不安や混乱はもちろんのことだが、相反するかのように一抹の期待も入り混じるかもしれない。
入口をくぐった先にあるのは、ある人物の1999年の部屋。部屋に貼られているポスター、置かれている家電製品、マンガなどの書籍やゲームソフトなど、当時を知る人には懐かしいものばかりが目に入る。
分厚いブラウン管のテレビでは、ノストラダムスの予言について、アナウンサーが知らせている。目の前の窓の奥には青い空が眩しく広がっている。……のだが、ここから不穏な世界の幕開けだ。
1999年は平成11年にあたる。ノスタルジーを覚える昭和ほど遠いわけでもないし、26年前のことを覚えている人も多いだろう。かく言う筆者も当時を生きていた一人なので、古い家電に満ちた部屋や、駅のホームなど「知らない」とは言い切れない光景を目にすると、なぜか親しみを覚えてしまう。
世界が終わると噂される日、自分は一体何をしていただろうか。身近な人はどう思っていたのだろうか。不安定な気持ちの中、自分の曖昧な記憶と人から聞いた話が錯綜し、ないはずの記憶を揺さぶられるような、不思議な感覚を味わった。

どこかで見たことがあるような、駅のホーム
静かで切実な声と美しい映像に引き込まれる
本展は、音や映像が印象的な、耳と目で感じられる展覧会だ。
複数のエリアでは、人々の声がこだましている。その声は、多くの人が共感できるであろう感情や思いを静かに語っており、姿が見えない不気味さがあると同時に強く引き込まれる。

人々の声がさざ波のように聞こえる空間

さまざまな声がこだまする空間
人々の人生が開示されるエリアでは、それぞれの境遇を語る声が切実で、虚構であるはずの人物がまるで実在しているかのようなリアリティがあった。

一つひとつにエピソードがあり、想像力が掻き立てられる

広い空間に、それぞれの境遇を語る声が響きわたる
会場には、テレビ番組や窓の外の光景、スクリーンに投影される像など、素晴らしい映像が複数あるが、とりわけ電車の窓から見える、夢とも現実ともつかない風景が切なく美しい。こちらは映画監督である西山将貴による作品の一つで、映画の場合はシーンをカットしなければならないが、今回は連続する長い映像にしたとのことだ。

切なく美しい車窓からの風景

夢とも現実ともつかない風景が広がる
電車のエリアは、まるで風景が無限に続いているかのように見える位置があるので、可能な範囲で覗き込んでみよう。

車窓の展示エリアには仕掛けも
会場の照明や色彩、インスタレーションの造形なども魅力的だ。光の反射は過去の残像のようであるし、赤や青、白や黒といった鮮烈な色は、夕刻や海辺の光景、昼や夜の記憶と結びつき、展示への没入感が高まる。

奥に佇むのは……

鏡に映像が反響する様を堪能していると……
自分だけの物語を完成させる、新感覚の展覧会
案内人である“終末の少女”に従って進んでいくと、ある結末にたどり着く。それは一つの解釈を示すものではなく、裏設定などを想像できる内容だ。
例えば幽霊や化け物など、恐怖を連想させるものがあったとしても、感情の強さや質は受け取る人によって異なる。ここではそういった感情を整理せず、曖昧で複雑なまま提示しているため、観客は経験に基づいて個々の感情を呼び起こす。本展は、想像力を喚起して自分だけの物語を完成させることができる、新しい感覚の展覧会だった。

展示を案内する“終末の少女”も曖昧な存在だ
また本展は、エントランスまでの道にホラーテイストの看板があったり、小説家の背筋が書き下ろしたオリジナル短編を来場特典として配布するなど、没入感を高める仕掛けが盛りだくさん。物販も充実しており、“終末の少女”が描かれたTシャツやトートバッグのほか、各種文房具やキーホルダーなどもレトロかつスタイリッシュだ。ここでしか入手できない写真が撮れる証明写真機や終末感を味わえるフードなどもあるので、ぜひ確認してほしい。

入場特典に背筋書き下ろしのオリジナル短編を入手できる

物販コーナー
現実と虚構の間のような空間に飛び込み、恐ろしくも美しい音や映像に没入し、自分だけの感情を喚起して生きた物語を完成させる『1999展 ー存在しないあの日の記憶ー』。9月27日(土)まで開催中。
文・撮影=中野昭子

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