ドイツの劇作家ゲオルク・ビューヒナーによる、19世紀を代表する未完の戯曲『ヴォイツェック』。これまでにもあらゆるアプローチで多くの人々が挑んできたこの名作を、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』などで広く名を知られる劇作家ジャック・ソーンが現代社会へ向けてアップデートした新バージョンがこの秋、日本初演される。演出を手がけるのは新国立劇場の芸術監督でもある小川絵梨子、ヴォイツェック役には舞台でも映像でも出演するたびヘビーな設定をナイーブかつ強烈なインパクトで演じ切り、観客の心を鷲掴みにし続ける唯一無二の演技派である森田剛が扮することになった。本格的な稽古にはまだ間がある7月上旬、森田に作品への想いなどを訊いた。

舞台『ヴォイツェック』Teaser

ーー今回の舞台『ヴォイツェック』に出演することになっての率直な心境を、まずはお聞かせください。

何年か前に「小川絵梨子さんの演出でどうですか?」というお話はいただいていて、「ぜひ!」ということにはなっていたんです。その後『ヴォイツェック』をやるということが決まって。

ーーということは、演出は小川さんでということが先にあったんですね。

そうです。僕自身は、小川さんの演出された舞台は何回か観てはいるものの、語れるほどではないのですが。実は撮影の合間か何かで、その時ご一緒していた西尾まりさんと「どんな舞台、どんな演出家さんが良かったですか?」みたいな話題になった時「小川さん、いいんじゃない? 合いそう!」って言われて。その時から小川さんの存在がずっと気になっていたんです。

ーーじゃあ、小川さんの名前が出た時点で。

小川さん、来た! って感じでした(笑)。

ーーそこから『ヴォイツェック』の戯曲を読まれたわけですね。感想はいかがでしたか。

自分が好きな感じの作品だなと思いました。翻訳ものだと、どうしても先に違和感が出てきてしまうんですが、だけどその違和感を楽しめるのも翻訳劇ならではですし、お芝居をする上で自分に負荷がかかる役をできるというのもありがたいことですし。おそらく大変だとは思いますが、相当やりがいがあるだろうなと感じています。

ーー公式コメントで「ヴォイツェックという人物に対して理解できる部分がたくさんある」とおっしゃっていましたが、たとえばどういう点で理解できたのでしょうか。

自分だけでなく、誰もが傷ついたり悩んだりすることは少なからずあると思うんですが、今回はそこをどれだけ膨らませるかってことだと思うんです。特に、ヴォイツェックの純粋な部分、まっすぐな部分は大事に演じたくて。そういう気持ちって大人になるとなくなってしまうというか、霧がかかった感じになってしまうものですが、ヴォイツェックにはそのまっすぐさ、一途さがあるんですよね。自分もそうでいたいと願うし、そういう役自体に興味もあるし。その反面、反動で堕ちていく姿も理解ができるし、想像もできる。そういうところを舞台で表現できるというのが、今回とても楽しみなんです。小川さんがどういうプランで演出をするのかも、すごく興味があります。

ーー純粋でまっすぐだからこそ傷つき堕ちていく、ということなのでしょうか。

単純に言うとそうなんでしょうけど、でももっと複雑な感じもします。政治のことや戦争が絡んできたりもするし、母親とのことも含めて、いろいろと複雑に絡み合ってくるんだろうと思います。

ーー小川さんとはお会いになられましたか。

今日の時点ではまだなんです。だけど舞台の仕事の場合、濃い時間が流れますからね。特に今回は小川さんだけでなく、出演者の方々とも伊原六花さん以外は初めてご一緒する方ばかりなんです。もちろんご一緒できることは楽しみですし、きっと大変な作品にもなると思うので、お互いに助け合いアイデアを出し合って、小川さんのイメージを役にしっかり落とし込めたらいいなと思っています。

ーーその伊原さんとは昨年の舞台『台風23号』でも共演されていますが、どんな印象でしたか。

あの舞台で初めましてでしたし同じシーンは少なかったんですが、稽古している姿を見ていて面白かったです。とても自由で、やっぱり身体の使い方がすごく上手だったので。当たり前ですけど今回はまったく違う役での共演ですから、きっとまた新たな発見があるだろうなと思います。

ーー伊原さん以外のキャストとは初共演で、特に伊勢佳世さん、浜田信也さん、そして小川さんは森田さんと同世代だったりしますね。ちなみに同世代の方の演出を受けられることは。

それも初めてかもしれないですね。初めましては、嫌いじゃないほうです。ゼロからのスタートになるということは、猫をかぶれるじゃないですか、まだ何もバレてないから(笑)。新しい気持ちでいられるという楽しみもありますしね。今回の共演が良い出会いとなって、新しい発見や気づきに出会えれば自分としても嬉しいなと思います。

ーー森田さんはもうずっとコンスタントに舞台のお仕事を続けていらっしゃいますが。

自分には合っているのかなと思うところが多いです。お芝居が始まれば、終わりまでノンストップというスタイルもそうですし、その場にお客さんがいるという空間自体もそうですし。受けられる刺激や怖さ、ふだん生活をしていて感じられることがない気持ちが味わえるところも、自分にとって必要なことだと思っています。

ーー今回は地方公演もありますから、とても長丁場になりますね。体調をキープするためにやっていることなど、ありますか?

そこはもう、運です。身体も大事ですし、もちろん声も大事です。だけど、どうしようもならないこともありますからね。キャストもスタッフもみんな、何があってもやりきるぞと相当な覚悟を持って舞台に臨まれていると思いますから、だからあとはもう、運かなって(笑)。

ーーそうやって身体のケアもしながら、たとえば楽屋では森田さんはどういう風に過ごされているんですか? 今回のヴォイツェック含め、精神的にハードな役を演じていらっしゃることが多いので、役を引きずったり影響されたりしないのかなと心配になったりすることがあります。

いや、自分的にはそんなに影響はないですね。

ーー芝居が終われば、そこでバシッとご自分に戻る?

そうですね、終わったらすぐ家に帰ります。昼夜2回公演の時は……。

ーー長めの空き時間がありますね(笑)。

でも、特に何もしないです。場合によって身体のケアをしている時もあるけど、基本的にじっとしています。

ーー映像の仕事の時も、役を引きずらないほうですか?

はい。でも常に、セリフは頭の中でグルグルしています。舞台の時だと、公演が終わって全部消せたらラクになるんですけど、公演中は何をしていてもずっと頭のどこかに残っているもので。特に作品のことを考えている時でなくても、やっぱりどこかにある感じなんです。だけど、自分にとってはそれが大事なんですよね。

ーー頭のどこかに残っていることが。

ひらめきにつながるので。たとえばもう考えないようにしていたら気づけなかったことが、どこかしらで思っていることで新たな発見につながることもあるし。だから、ずっと役のことを思い続けるというのは、自分にとってすごく大事なことだと思っています

ーーそれはご自身にとって面白いことですか、ある意味辛いことですか。

それは、どっちもありますね。面白い時も確かにあるけど、やっぱり両方あると思います。

ーーでは最後に、この作品を楽しみにされている方へ改めてメッセージをいただけますか。

今回のお話って、ちょっと映像的ではあると思うんです。だからそれを舞台でやるというのは結構なチャレンジなんじゃないかなとも思っていて。とはいえ、ものすごいものが舞台で表現できそうな気もするし、作られたものとリアリティとが混合した、なんだか気持ち悪~いものができそうな気もする(笑)。そしてやっぱり舞台というのはナマで、お芝居とはいえ人が生きている姿を見られるもの。そういう舞台を体験したことがない方にはぜひ目撃していただきたいし、舞台をお好きな方も新しい感覚の気づきを味わってもらえる作品になる気がするので、ご興味あればぜひとも劇場に足を運んでほしいです。


取材・文=田中里津子

パルコ・プロデュース2025『ヴォイツェック』