
AMDのプロ/ HEDT(High-End-DeskTop)向けCPUである「Ryzen Threadripper」シリーズ(以降Ryzenは省略)が、いよいよZen 5世代に更新される。つい先日、プロ向けの「Threadripper PRO 9000 WX」シリーズが発表されたばかりだが、今度はHEDT向けの「Threadripper 9000」シリーズが発表された。ラインナップと北米予想価格は以下の通りである。
国内予想価格はまだ筆者の元に届いていないが、すでに売価の判明しているThreadripper PRO 9995WXが1万1699ドルで211万9000円、Threadripper PRO 9975WXが4099ドルで74万1500円と設定されていることを考慮すると、1ドル180円前後のレートで計算されていると考えられる。上表のカッコ内はこれを元にした筆者の予想価格である。
今回のThreadripper 9000シリーズはアーキテクチャーがZen 5ベースになったことが最大のトピックだが、搭載コア数に関してはZen 4→Zen 5でCCD(Core Complex Die)あたりのコア数は8基で変化はない。そのため前世代(Threadripper 7000シリーズ)から見ると、コア数よりもZen 5採用によるコアそのものの処理性能向上のほか、メモリー帯域やPCI Expressの帯域増といった足回り強化が差別化ポイントとなっている。
Threadripper 9000シリーズならTRX50チップセット搭載マザーが必要だが、Threadripper PRO 9000 WXシリーズであればTRX50もしくはWRX90マザーが利用できる。このあたりはRyzen 7000シリーズと9000シリーズでソケットを共有しているところと通じるものがある。
今回筆者は幸運にもThreadripper 9980Xおよび9970X、さらにプロ向け最上位のThreadripper PRO 9995WXをテストする機会に恵まれた。ただThreadripper PRO 9995WXはTRX50マザー(後述)でのテストとなったため、Threadripper PRO 9995WXのポテンシャルのすべてを引き出しているかというとはなはだ疑問である。新旧Threadripperの比較を主軸にThreadripper PRO 9995WXの物理96コアの性能はどうか……? 程度の軽いスタンスで読み進めていただけると幸いだ。
今回は基本的なCPU性能および動画エンコード性能を中心に検証し、グラフィック(ゲームおよびCAD/ CG系)に関係する検証は別稿にてお届けする予定だ。
パッケージはより派手に。付属品は同じ
Threadripper 9000シリーズは7000シリーズとソケット形状(sTR5)を共有している関係上、形状・デザインともに前世代からまったく変わっていない。大きく変わったのはパッケージくらいのものだ。
市販の簡易水冷を利用するためのアタッチメントが付属するが、このアタッチメントを使ってもCPUの中心部しか冷やせない。よってこのアタッチメントは動作確認のためのつなぎだと思った方がいいだろう。
また、このアタッチメントを装着できる簡易水冷は、ヘッドが丸型かつ歯車型のアタッチメントを備えるものに限定される(例:NZXT「Kraken」シリーズ)点に注意されたい。
新Threadripperの中身について、何か特別な設計を施したなどとアピールしている資料は配布されなかった。ただ動作クロックに関してはThreadripper PRO 9995WX〜TR9960Xまですべて最大5.4GHz動作に設定されている。Threadripper 9980XとThreadripper 7980Xを比較した場合わずか300MHzの差ではあるが、クロックが引き上げられたことはいいニュースである。
とはいえTDPは350Wのまま据え置かれているため、クロックが上がった分電力制限の影響を受けやすくなる可能性を考慮する必要があるだろう。PBO(Precision Boost Overdrive 2)を使って電力制限を引き上げることも可能だが、この価格帯のCPUをPBOでブーストする胆力はあるだろうか?(筆者にはない)
前ページでThreadripper 9000シリーズでは特別な設計はないと書いたが、メモリーの最大クロックがDDR5-6400となった点には注目したい。Socket AM5のRyzenではDDR5-5600までが定格だが、Threadripperはさらにそれを上回るクロックまでサポートされるようになったのだ。
ただThreadripperの場合普通のDDR5モジュールではなく、「RDIMM(Registered DIMM)」が必要になる。Threadripper 9000シリーズの場合メモリーのチャネル数は4chであるため4枚単位、Threadripper PRO 9000 WXシリーズは8chなので8枚単位で規格や容量を揃えたモジュールを用意する必要がある。
Threadripper PRO 9000 WXシリーズをTRX50マザーに装着した場合は、マザー側の制約で4ch仕様となるため、Threadripper PRO 9000 WXシリーズ本体のメモリー帯域の太さが活かせない状況になる、という点には注意が必要だ。
Threadripper PRO 9995WXはエキシビションとして参戦
今回の検証環境は、Threadripper 9000シリーズと7000シリーズの新旧対決が主軸であり、そこにThreadripper PRO 9995WXがエキシビションとして参戦という形になっている。今回の評価キットはTRX50マザーで構成されているため、Threadripper PRO 9995WXのポテンシャルはフルに引き出せないからだ(一応AMDの名誉のために記しておくと、Threadripper PRO 9995WXを加えた比較はAMDの想定外のことだ)。
ベースラインとしてRyzen 9 9950Xも比較に加えているが、こちらはメモリー搭載量が違いすぎるため、これもまた厳密な比較には使えないという点に注意したい。
その他のハードは極力統一した。GPUにGeForce RTX 4090を選択した理由は、レビュアーズガイドのパフォーマンス参考値(この値を見て、レビュアーは正しく動かせているかの手がかりにする)がRTX 4090環境で検証されていたことと、テスト内容的にプロ向けCG制作アプリなどを入れるため、GeForceの方が好適だと判断したためである。GPUドライバーはStudio 570.00を使用した。
その他の条件として、Resiazble BARやSecure Boot、メモリー整合性やカーネルモードハードウェア強制スタック保護、HDRなどは一通り有効化、ディスプレーのリフレッシュレートは144Hzに設定した。また、Threadripper環境のメモリークロックは各CPUの定格最大値に設定している。
検証環境(Threadripper) | |
---|---|
CPU | AMD「Threadripper PRO 9995WX」 (96コア/192スレッド、最大5.4GHz) AMD「Threadripper 9980X」 (64コア/128スレッド、最大5.4GHz) AMD「Threadripper 9970X」 (32コア/64スレッド、最大5.4GHz) AMD「Threadripper 7980X」 (64コア/128スレッド、最大5.1GHz) AMD「Threadripper 7970X」 (32コア/64スレッド、最大5.3GHz) |
CPUクーラー | SilverStone「XE360-TR5」 (簡易水冷、360mmラジエーター) |
マザーボード | ASUS「Pro WS TRX50-SAGE WiFi」 (AMD TRX50、BIOS build 9942) |
メモリー | G.Skill「F5-6400R3239F32GQ4-T5N」 (32GB×4、DDR5-6400/ 5200) |
ビデオカード | NVIDIA「GeForce RTX 4090 Founders Edition」 (GeForce RTX 4090、32GB GDDR6X) |
ストレージ | Micron「CT2000T700SSD3」 (2TB M.2 SSD、PCIe Gen 5) |
電源ユニット | ASRock「TC-1300T」 (1300W、80 PLUS TITANIUM) |
OS | Microsoft「Windows 11 Pro」(24H2) |
検証環境(Ryzen) | |
---|---|
CPU | AMD「Ryzen 7 9800X3D」 (8コア/16スレッド、最大5.2GHz) |
CPUクーラー | SilverStone「XE360-TR5」 (簡易水冷、360mmラジエーター) |
マザーボード | ASRock「X870E Taichi」 (AMD X870E、BIOS 3.30) |
メモリー | Micron「CP2K16G56C46U5」 (16GB×2、DDR5-5600) |
ビデオカード | NVIDIA「GeForce RTX 4090 Founders Edition」 (GeForce RTX 4090、32GB GDDR6X) |
ストレージ | Micron「CT2000T700SSD3」 (2TB M.2 SSD、PCIe Gen 5) |
電源ユニット | ASRock「TC-1300T」 (1300W、80 PLUS TITANIUM) |
OS | Microsoft「Windows 11 Pro」(24H2) |
同コア数なら18%の性能向上
ここからさまざまなベンチマークで性能にどのような差が出るかを見てみたい。まずはCPUを酷使するCGレンダリングおよびエンコード系の比較から始める。
「CINEBENCH 2024」
まずは定番のCINEBENCH 2024から。論理192コアを誇るThreadripper PRO 9995WXが、どこまでマルチスレッドスコアーを伸ばせるかに注目したい。また、Threadripper 9000シリーズは同じZen 5世代のRyzen 9 9950Xにシングルスレッドのスコアーで並ぶことができるのか否かに注目したいところだ。
マルチスレッドスコアーのトップはThreadripper PRO 9995WXだが、Threadripper 9980Xとの差は物理コア数の差(96コア対64コア)ほど多くはない。TDP350W枠を96基のコアで奪い合うわけなので性能は伸びなくなるという理由もあるが、まだThreadripper PRO 9995WXが本来の性能(8chメモリー)を発揮できていないという要因もここに加わっている。ただシングルスレッドのスコアーはThreadripper 9980Xとほぼ同じである。
一方Threadripper 9980XとThreadripper 7970Xの結果を比較すると、同コア数なのにThreadripper 9980Xが18%もスコアーを伸ばしていることに注目したい。シングルスレッドのスコアーはマルチスレッドよりもやや伸びが鈍い約7%増にとどまった。
Threadripper 9970XとThreadripper 7970Xのペアもマルチスレッドスコアーは15%向上、シングルスレッドでは9%と、劇的な改善とは言えないまでも同コア数なのに性能をしっかり伸ばしている。Zen 5採用とDDR5-6400対応の効果はあったといえるだろう。
ただシングルスレッド性能に関しては、Ryzen 9 9950Xに勝てたThreadripperはなかった。シングルスレッド勝負であれば、まだRyzenに分があるといえる。
「Blender Benchmark(Blender Open Data)」
続いてはBlender Benchmarkだ。Blenderのバージョンはつい先日解放された「v4.5.0」を選択。3つのシーンをCPUでレンダリングした際のスコアーを比較した。
全体傾向としてはCINEBENCH 2024と変わらないが、Threadripper 9980Xに対するThreadripper PRO 9995WXの伸びがやや大きめ(約23%向上)に出ている。Ryzen 9 9950Xから見るとThreadripper PRO 9995WXのスコアーは約4倍。210万円出して4倍か……と考えてしまうが限界領域に挑むための装備は、得てしてこういうものなのだ(ECC対応やさまざまなセキュリティー機能など、Threadripper PRO 9995WXにはスコアー化できない機能が多い)。
「HandBrake」
続いてはHandBrakeを用いて動画エンコードの時間を比較する。ソースは再生時間3分、4K@60fpsのMP4動画であり、これをプリセットの「Super HQ 1080p30 Surround」と「Super HQ 2160p60 4K AV1 Surround」を利用してそれぞれフルHD/ H.264および4K/ AV1の動画にエンコードする。
H.264かつフルHDへのエンコードでは新旧Threadripperに大きな差はない。最速はThreadripper 9980Xであり、よりコア数の多いThreadripper PRO 9995WXに10秒差をつけている。僅差ではあるが、コア数においてThreadripper 7980Xより少ないThreadripper 9970Xの方が高速という下剋上も観測できた。
一方AV1かつ4Kへのエンコードでは傾向が激変。Zen 4世代のThreadripper 7980XとThreadripper 7970XはRyzen 9 9950Xより処理時間が長くなった。Handbrakeに搭載されているエンコーダー(x265)は処理の並列度がそれほど高くないため、物理16コアのRyzenでも十分パフォーマンスが出せる。むしろコア数が多いほど不利になるといったところか。
そしてThreadripper 7000シリーズより高速な理由は、Zen 5で搭載されたAVX命令への強化(512bitのダブルパンプ)などが効いていると思われる。
消費電力
先のHandBrakeでSuper HQ 1080p30 Surroundによるエンコードを実施している時に、システムおよびCPUがどの程度の電力を消費しているかをHWBusters「Powenetics v2」を利用して計測した。高負荷時の値に3つの値があるが、平均/ 99パーセンタイル/ 最大に分けて集計している。また、アイドル時は3分間の平均値を採用している。
物理96コアのThreadripper PRO 9995WXの消費電力がどれだけのものか不安だったが、いざ計測してみると高負荷時の消費電力はThreadripper 9980Xを大きく下回った。CPU単体の消費電力に注目しても、平均値においてThreadripper 9980Xより50W程度低い。
そんなことよりもThreadripper 9000シリーズは7000シリーズよりも瞬間的な消費電力は増えている一方で、平均としてはThreadripper 7000シリーズより低い。つまりThreadripper 9000シリーズは旧世代に比較してワットパフォーマンスが大幅に向上していることがわかる。
さらに言えばThreadripper 9000シリーズは7000シリーズに比してアイドル時の消費電力が低い点にも注目したい。
「Media Encoder 2025」
HandBrakeとは異なるエンコーダーを搭載している「Media Encoder 2025」でも試してみよう。「Premiere Pro 2025」を用い5分の4K動画を編集し、これを4KのMP4動画にエンコードする際の時間を計測する。VBR 1パス、平均40Mbps&最高品質設定とした。CPUの比較なのでソフトウェアエンコードの結果を見るのが目的だが、ハードウェア(NVEnc)を利用した際の時間も計測している。
結果はHandBrake(Super HQ 1080p30 Surround)の傾向に似ている。Threadripper 9970Xがコア数の多いThreadripper 7980Xよりわずかに速いという下剋上も共通だ。ただGPUエンコードに比べるとCPUエンコードは壊滅的に不利である。
動画エンコード処理でThreadripperが精彩を欠く理由は、処理の並列度がそれほど高くなく、Threadripperはコアを持て余してしまうという点にある。では並列にエンコード処理を走らせ、休眠しているコアを作らなければどうなるかを検証してみた。
以下のグラフは、同じPremiere Pro 2025で編集した動画から、4本の異なるエンコード設定で並列エンコードさせた時の処理時間である。#1〜#4は次のような設定になっている。ちなみにどれもCPUエンコードを指定している
#1:H.265 40Mbps/ VBR 1パス
#2:H.264 YouTube 2160p 4K Ultra HD/ 40Mbps/ VBR 2パス
#3:Mobile Device 4K 32-40Mbps/ VBR 2パス
#4:高品質 1080p HD 20-24Mbps/ VBR 2パス
さすがに16コアのRyzen 9 9950XではCPUのコア数が足りず、処理時間は大幅に長くなった(#1が1つ前のグラフのCPUエンコード設定と同じである)。メインメモリー32GBではギリギリだったが、CPUの大半のコアが100%に張り付く時間が長く、CPUコア数がネックであることは明らかだ。
その点Threadripperはコア数もメモリー搭載量も優位にあるため、処理時間は単独処理よりやや長くなる程度だったが、コア数との関連づけられるような結果は得られなかった。期待のThreadripper PRO 9995WXですら、Threadripper 9980Xと大差ない結果に終わってしまったのだ。
ただエンコード中はGPUのシェーダーも高負荷になる(色補正などのフィルター処理に使われている)ので、GPUのバスやメモリーバスがネックになっている可能性も考えられる。Threadripper PRO 9995WXのパフォーマンスに関する疑念を払拭するには、今回用意できなかったWRX90マザーが必要になるだろう。
より完成度を増したThreadripper 9000シリーズ
今回の検証において、Threadripper PRO 9995WXの性能は確かに高かったが、これが96コアか! と驚くほどでもなかった。とはいえ、何回も書いているようにTHREADRIPPER PRO 9995WXの性能をフルに発揮できないTRX50マザーでの検証であるため、この結果をもって「性能は今ひとつ」と断じるのは早計である。
その一方でThreadripper 9000シリーズのワットパフォーマンスがかなり向上していることが確認できた。Zen 5になってコアの処理効率が上がったせいもあるし、メモリー帯域が太くなりメモリーコントローラーの仕事がより効率良くなったせいとも考えられる。
Threadripper 7000シリーズから同コア数の9000シリーズへの乗り換えに対するメリットはさほど大きくないだろうが、より完成度を増したThreadripperとして評価することはできるだろう。
以上で前編は終了である。後編はグラフィック要素の含まれるCG/ CAD系ベンチマークやゲーム等、AI(LLM)といった分野で検証する予定だ。

コメント