
●サイコパスに見えたら大失敗に
お堅い家庭で育ったまじめすぎる高校教師・愛実(木村文乃)と、文字の読み書きが苦手なホスト・カヲル(ラウール)というすれ違うことすらないはずの2人が、大きな隔たりを越えて惹かれ合っていく、フジテレビ系ドラマ『愛の、がっこう。』(毎週木曜22:00~ ※TVer・FODで見逃し配信)。愛実の交際相手である銀行員・川原洋二を演じているのが、中島歩だ。
朝ドラ『あんぱん』(NHK)で演じたヒロインの夫・次郎で演じた誠実な役から一転、二股交際の上に「2人同時に付き合わないと燃えない」と言い出す川原に、視聴者からは「クズ」「気持ち悪い」と非難の嵐で、強いインパクトを残している。
そんな今回のキャラクターに、どのような意識で臨んでいるのか。さらに、役者の道を歩むことになった経緯や、学生時代に取り組んだ落語の経験が生きることなどを、ロートーンボイスとスローテンポな独特の語り口で教えてくれた――。
○西谷弘監督×井上由美子脚本に喜び
今作は第1話の冒頭から驚かされたという中島。「タイトルバックまでの時間が完璧なんですよ。全員のイントロダクションが終わって、“こういう話が始まる”という西谷(弘)監督の演出力がすごいなと思いました。最後の屋上での愛実(木村文乃)とカヲル(ラウール)のやり取りをたっぷり描く大胆さも。もともと(西谷監督が演出した)『白い巨塔』が大好きだったのですが、想像していたものを全然上回っていて、この作品に参加できて良かったなと思いました」と喜びを感じたという。
同じく『白い巨塔』を手がけた脚本の井上由美子氏がつむぐセリフにも、「1話では生徒の夏希ちゃんが“学校も親も適当すぎんだよ。褒めておけば私が思い通りになると思ってる。カヲルは違う。私のことバーカって抱きしめてくれた”と言っていたのが、刺さりましたね。コンプライアンスとか社会的な締め付けが厳しくなっていく中で、人間のワイルドな部分を素直に受け止めている。そういうところが、お嬢様学校に通う子には響いたんだろうなと思いました」と捉えた。
○出演者、スタッフがアイデアを出し合う現場に充実感
爽やかな外見と柔らかい物腰、一流大学を卒業して大手銀行に勤務するというハイスペック男子な川原だが、愛実に対してサラッと失言してしまう、抜けた一面も。この役作りにあたっては、「“滑稽でかわいらしく見せたい”というオーダーで、アイスコーヒーをこぼしちゃうとか、そういう演出をつけてくれました。所々でかわいく見えるような演出があるので、それを滑稽に見えるようにというのを、気をつけて演じています」と語る。
クランクインの前に設けられたリハーサルの日では、「川原が最初に愛実さんと会うシーンを何度もやってみたのですが、僕も西谷監督もすごく楽しくなってきちゃって(笑)、撮影も楽しくなりそうだなと思いました」と振り返った。
そんな川原は、別の女性と関係を持つ裏の顔も見せており、視聴者からは「クズすぎる」「気持ち悪い」など、ドン引きの反応が。中島自身も「やっぱり変わってるなと思います。2話にあった“君と付き合うためには、妻という女が必要なんだ”というセリフは、全然意味分からないですね(笑)」と捉えながら、「西谷監督とも話して、サイコパスに見えたら大失敗になってしまう。一人の人間としての説得力がないと、見ている人がどうでも良くなってしまうので、そこも意識しています」と明かす。
アドリブを含め、俳優部、演出部、撮影部がそれぞれアイデアを出し合い、すり合わせたり、膨らませたりする現場だといい、「その時間が充実しているので、今回はすごく楽しんでいます」と取り組めているそうだ。
●演技の道に進むきっかけになった「落語」
自身は幼少期から周囲の大人に教師が多く、「国語の先生になるしかイメージがなかったんです」と、図らずも愛実と同じ教科の教員免許を取ろうと、日本大学芸術学部文芸学科に入学。ここで学ぶのは小説の創作が中心だが、「そんなに興味がなくて、頑張れないなと思ったんです」と振り返る。
しかし、「有名な女優さんがいたり、バンドをやって将来食べていきたいという友達がいたりして、“そんなこと本当にやっていいんだ!”と思ったんです」と、表現者を目指す若者が集まるキャンパスにいるだけで大きな刺激に。
落語研究会に入部すると、「自分を表現できている感じがして楽しくて。でも、落語家は一人だから、サボっちゃってできないだろうし、下積みも嫌だし、売れそうにないなと思ったので、やるなら俳優だなと思いました(笑)」と、今の道に進む大きなきっかけになった。
落語の経験は、「先輩から稽古をつけられる時に“もっとだ!”ってテンションを上げるように言われていたので、芝居をするにあたってテンションの振り幅がすぐ表現できるようになったと思います」と、役者業に大きく生きているのだそう。
一方で、役に入らない普段のしゃべりでは、ロートーンボイスとスローテンポな語り口が独特なあまり、『愛の、がっこう。』の制作発表会見では、ラウールを「今年一番笑いました(笑)」と言わしめる場面もあった。
今回のインタビューでも、撮影現場での印象的なエピソードを聞くと、「そうですね。何だろうなあ…。うーん、何が起きたかなあ…」と、1分以上にわたってたっぷり悩み続けた結果、「ネタになるような面白い話は、ないです(笑)」と脱力させてくれた。落語を披露する時は「そそっかしい江戸っ子を演じるので、早くしゃべってました」というが、笑いを取るテンポや間の取り方は、体に染みついているようだ。
○リベンジの思いで臨んだ朝ドラ『あんぱん』
朝ドラ『あんぱん』では、ヒロイン・のぶ(今田美桜)の夫・次郎を演じて話題に。反響は大きく、「やっぱり有名になりたいと思って俳優を始めたところもあるので、知ってもらう機会になってうれしいですね」と喜びを語る。
朝ドラでは、かつて『花子とアン』(2014年)にも出演。「あの時は評判が悪くて、トラウマになったんです」と反省があったことから、リベンジの思いを持って臨んだ。実際に作品に入ると、「展開が速いし、途中から出てきてヒロインと結婚するという役なので、“真心芝居”をやらないと全く通用しないと思っていました。今回もやってみて難しいなと思いましたが、何が難しいかが分かったので、そこは一つ課題をクリアできたかなと思います」と、成長を感じているようだ。
誠実さを絵に描いたような次郎という“前振り”が効いた『愛の、がっこう。』の川原の今後の見どころについては、「彼の真心というものがどのように見えてくるのか、というところですね」と予告。「川原のことが嫌いになれば、愛実さんに“カヲルのほうに行きなさい”と勧めるお客さんのモチベーションになると思うので、全然好かれる役にならなくていいんです(笑)」と意識を語る。
落研時代の高座名は「大家主水(ダイヤモンド)」。「才能を予感させる原石のような男」という理由で先輩から命名された通り、デビューから10年経って『不適切にもほどがある!』、『あんぱん』、そして『愛の、がっこう。』と、役者として一気に磨きがかかってきた印象だ。
だが、本人は「最近、自分の表現に飽きてきちゃってるんです。いろんな役をやらせていただいていると思うんですけど、もっと振り幅のあるいろんな表現ができるようになりたいと思うので、まだまだです」と、謙虚な姿勢を見せていた。
●中島歩1988年生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部在学中からモデル活動を始め、2013年に舞台『黒蜥蜴』で俳優デビュー。その後、ドラマ『花子とアン』『青天を衝け』『不適切にもほどがある!』『海のはじまり』『ガンニバル シーズン2』『あんぱん』『愛の、がっこう。』、映画『グッド・ストライプス』『サタデー・フィクション』『偶然と想像』などに出演。22年、『いとみち』『偶然と想像』で第35回高崎映画祭最優秀助演俳優賞を受賞した。今後、ドラマ『30 塀の中の美容室』『豊臣兄弟!』が控えている。
(中島優)

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