経済的に余裕のあるケースが多い共働き。「共働きだから安心」「共働きだったから安心」――本当にそう言い切れるか、疑問符が付きます。制度の壁が大きく立ちはだかることも珍しくないようです。

突然の別れ…夫が遺した「年金額」の謎

結婚45年になる夫・和夫さん(仮名・享年72歳)を亡くした田中宏子さん(仮名・68歳)。あまりに突然のことで、まったく心構えができていなかったといいます。

「朝にちょっと庭に出てくると言ったきりでした。ガーデニングが趣味の人だったから、1日中庭に出ていることも珍しくなく、いつものことだと思っていたんです。ただ、昼食のために正午には1回、家に戻ってくる。しかし、その日はなかなか戻ってこない。どうしたのかなと思って庭に出ると、夫が倒れていたんです」

緊急搬送されたものの、急性心筋梗塞により手遅れだったといいます。「もっと早く異変に気付いていれば……」と後悔を口にする宏子さん。ショックは大きく、しばらく満足に食事も取れなかったそうです。そのため、1ヵ月ほどで5キロ以上も痩せてしまったといいます。

ずっと共働きだった田中さん夫婦。リタイアして年金生活をスタートさせたのは、宏子さんが65歳のとき。仕事をしていたときはお互い忙しくしていたので、「これでゆっくりできる」と話していたといいます。しかし穏やかな生活はわずか3年で終わりを迎えてしまいました。

「結婚したのは25歳のとき。長男が生まれたのは27歳。30歳で次男を出産しました。寿退社が当たり前の時代だったので、『仕事を辞めない』と言ったときは、ずいぶんと反対されました。しかし夫が『仕事が好きなら、辞める必要はないんじゃない?』と言ってくれたんです。家事も育児も夫婦二人三脚で頑張った。だから仕事を続けることができました」

総務省『労働力調査』などによると、宏子さんが結婚した1982年、専業主婦世帯1,096万世帯に対し、共働き世帯(パート勤め含む)は664万世帯。初めて共働き世帯が専業主婦世帯を上回ったのは1992年のこと。その後、双方均衡する状況が続き、その差が広がっていったのは2000年に入ってから。2024年には専業主婦世帯508万世帯に対し、共働き世帯は1,300万世帯。しかしその内訳をみると、妻の労働時間が「週1~34時間」が676万世帯に対し、「週35時間以上」は547万世帯。共働きでも「妻はフルタイム」というのは、まだ少数派です。

友人の言葉に揺れる心と、遺族年金への疑問

和夫さんが亡くなったあとの生活は、どうなのでしょうか?

「私は月16万円ほどの年金を受け取っていますし、貯蓄も十分あります。共働きだったので、夫が亡くなっても金銭的な不安はありません」

経済的安定があるからこそ、立ち直ることができたといってもいいかもしれません。しかし、和夫さんが亡くなったあと、心がざわつき、嫌な思いをしたことがあるといいます。きっかけは、高校の同級生である佐々木紀子さん(仮名・68歳)のひと言。紀子さんも3年前に夫を亡くし、今は自身の年金と遺族年金で生活しているそうです。

「昔から、何かと嫌味を言ってくる人なんです。たとえば、仕事を辞めない私に対して『小さな子どもがいるのにフルタイムなんて』『パートでいいじゃない』などと言ってくるような……」

実際に紀子さんはずっと夫の扶養内でパート勤めをしていたそうです。そんな紀子さんが宏子さんに、こんなアドバイスをしました。

「宏子のご主人は、うちの人より長く会社勤めをされていたでしょう? だったら安心ね。私も主人の遺族年金には本当に助けられているのよ」

聞けば、月10万円ほどの遺族年金を受け取っているといいます。基礎年金と合わせたら、月17万円程度でしょうか。ざっくりと頭のなかで計算した宏子さん。促されるままに年金事務所に行ってみましたが、そこで思わぬことをいわれます。

遺族年金のルールと、「頑張り損」の正体

給付の可能性があるのは遺族厚生年金。給付額は亡くなった配偶者の老齢厚生年金の4分の3が基本となっています。さらに自身が老齢厚生年金を受け取れる場合、老齢厚生年金は全額支給となり、遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額の支給が停止になるというルールがあります。つまり「老齢厚生年金>遺族厚生年金」の場合、全額支給停止となり、宏子さんはこのケースに当たりました。

「ルールをまったく知らず年金事務所に行ったので、1円も受け取れないと知ったとき、思わず『おかしくないですか?』と言ってしまって……恥ずかしいですよね」

さらに宏子さん、ずっと正社員として頑張ってきた自分と、夫の扶養のなかで守られてきた友人の年金額を比べたとき、同等か、または友人のほうが多いかもしれない……そんな事実に気づきました。

「そもそも経済的に困っていない私みたいな人が、遺族年金をもらえるわけがないのですが……なんか、頑張って働いてきた自分が、バカみたいに思えてきました」

宏子さんのように「納得がいかない」という声は少なくはありません。しかし、ルールはルール。宏子さんの場合、遺族年金の給付がゼロ円でも問題ないほどしっかりと資産形成をしてきましたが、遺族年金が頼りというケースであれば一大事でした。複雑な年金制度ですが、どのようなときに、どのように生活を保障してくれるのか――おおよそでも把握しておくことが重要です。

[参考資料]

総務省『労働力調査』

日本年金機構『老齢厚生年金

(※写真はイメージです/PIXTA)