相続財産のなかでも、「不動産」はトラブルに発展しやすい“火種”といえます。放置していると、自身亡きあと、残された子どもたちが熾烈な「争族トラブル」を引き起こす可能性も……。相続問題や不動産トラブルにくわしい行政書士・平田康人氏が、実践的な視点から解説・アドバイスします。

会社経営者、大金を注ぎ込んで、妻のための「マイホーム」を建築

閑静な住宅街の一角にある、豪華な庭付きの戸建て住宅に暮らす杉浦哲さん(仮名・79歳)。哲さんが自宅を購入したのは、20年前のこと。50代後半と遅めの購入でしたが、会社経営者だったこともあり、ローンはすでに完済しています。

残念なことに、愛妻を6年前に亡くしていますが、現在は長男一家と同居中。二男と三男も、それぞれ家庭を築いて隣県に暮らしています。

マイホームを建築する前、哲さん家族は会社に近い3LDKの賃貸マンションに住んでいました。男の子ばかり3人でかなり狭い住環境でしたが、会社経営者の哲さんは日々猛烈に忙しく、自身の住まいにまで目を向ける余裕はありませんでした。

50代後半になり、経営も安定し、信頼できる部下が育ったことで、妻から懇願されていた「マイホーム」の購入に踏み切ったのでした。

妻の希望をかなえた白を基調の明るいインテリアと、広々とした室内。キッチンやパントリーの設備も整っており、妻は毎日ご機嫌でした。

「あなた、本当にうれしい。ありがとう!」

笑顔の妻を見るたび、哲さんは、

〈資産のうちのかなりの金額をつぎ込んでしまったが、本当に家を建ててよかった〉

と、幸せをかみしめるのでした。

購入してから気づいた、“終活”の盲点

しかし、幸せな日々は永遠には続きませんでした。妻が病気になり、療養の甲斐もなく旅立ってしまったのです。妻との思い出あふれる自宅で日々を過ごす哲さんは、あるときふと気づきました。

「俺が死んだあと、この家はどうなるんだろう…?」

一人っ子だった哲さん自身は、相続で苦労した経験がありません。しかし、年齢を重ね、友人・知人に相続の経験者が増えるにつれ、「不動産は分けにくい」「“争族”が起きて家族関係が修復不能になった」などの苦労話を耳にするようになり、不安が募ります。

「俺の財産の大半は〈この家〉。3人の息子は、どうやって遺産を分ければ…」

また哲さんは、27年前の父の相続のとき、生家である地方の戸建て住宅(現在空き家)と、父が所有していた、100坪近い耕作放棄地の畑を相続しています。

20年前は「終活」という言葉が浸透していなかった時代。不動産を手に入れたときに、将来の見通しにまで思い及ばず、何も対策を取らないままでした。

「自分の家を将来どうするかなんて、正直そこまで考えていませんでした。仕事を理由に先のことはずっと後回しにしてしまって…」

しかし、妻に先立たれ、長男一家と一緒に暮らすようになるなど、生活が変化した哲さんは、相続対策の必要性を感じつつも、どこから手をつけていいかわからず、頭を抱えています。

もしも「不動産は共有名義に」という選択肢が出てしまったら…

哲さんの現況と憂いを整理すると、次のとおりです。

★3人の息子たちの関係は円満だが、哲さんの相続では息子たちの配偶者もかかわってくる可能性があるため、ずっと関係性が良好とは限らない。

★哲さんの財産は、自宅(戸建て住宅)、地方の生家(戸建て空き家)、地方の田畑(耕作放棄地)のほか、預貯金や株式などの金融資産だが、自宅が遺産額の半分以上を占めており、遺産分割しにくい。

★妻と死別後、同居してくれた長男家族には、自分亡きあともこのまま自宅に住んでほしいと思っているが、二男と三男が最終的に納得するか不透明。

★地方の生家(戸建て空き家)と田畑(耕作放棄地)は、過疎化の進行もあり、売るに売れない状況。息子たちも「いらない」と明言している。

この状況で、何の対策もせずに遺産分割を3人の息子たちの協議に委ねると、全員が「自宅が欲しい」「地方の不動産はいらない」といいだして、協議がまとまらないかもしれません。

もしも公平性を重視し、すべての不動産を共同相続した場合、将来、自宅は共有物分割を巡り、さらに生家や田畑は維持管理費用の負担を巡って、兄弟間の対立や不仲に発展し、長男家族の生活が脅かされる可能性があります。

不動産の共有名義を回避する「4つの打ち手」

共有不動産に対する対策は、共有の「回避」と「離脱・解消」に分けて検討することになります。共有回避とは、現在は共有状態ではないものの、今後の相続などにおいて共有名義不動産が高確率で発生しそうな場合の対策を指します。

共有離脱・解消とは、すでに共有状態になっている現状に不満がある場合、子どもに引き継がせず、自分の代で解決するための対策です。

本事例では、共有回避の対策を検討することになります。以下、終活としての4つの共有回避方法について解説します。

①特定財産承継遺言

特定財産承継遺言とは、遺産の分割方法の指定として、特定の財産を共同相続人の1人または数人に承継させる旨の遺言をいいます(民法第1014条2項)。特定財産承継遺言が作成されているときは、相続させる特定の財産の所有権は当該相続人にただちに帰属することになり、特定遺産は遺産分割の対象から外れます。

本事例の場合、哲さんが自宅(土地・建物)を長男に相続させる旨の遺言を作成しておくことで、3兄弟による共有名義は回避できます。ただし、この遺言によって遺留分侵害が想定される場合は、生前に生命保険に入っておくなど、揉めないための準備は必要です。

②不動産親族間売買

不動産親族間売買とは、親子間や兄弟姉妹・叔父叔母間など、近しい関係の親族間で売買条件に合意して、不動産を移転させる方法です。取引相手や売買条件がおおむね決まっていることが多いため、不動産会社を介在させず直接取引をするケースもありますが、公平性の確保や紛争防止のために、一部サポートを利用する場合もあります。

親族間売買では、原則として住宅ローンが利用できないため、買手側にとっては資金調達が負担になることがあります。そんな場合は、売買代金の一部を割賦払いとするか、売買代金総額を抑えるため土地または建物のいずれかを売買し、売買以外の土地または建物を遺言で紐づけることによって特定の者に集約できます。

本事例の哲さんと長男の場合、例えば、建物を親族間売買し、土地は特定財産承継遺言で長男に相続させることで、3兄弟による共有名義は回避できます。

ただし、売買価格の決め方には注意が必要です。相場価格から乖離した価格で売買すると「みなし贈与」と見なされるため、複数の不動産業者から査定書を取るか、高額不動産や評価が複雑な場合は、不動産鑑定士に鑑定書を依頼する場合もあります。

③生前贈与(相続時精算課税制度)

相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子どもや孫に対する生前贈与です。

本制度は、最大2,500万円(特別控除)まで贈与税は非課税の一方で、贈与者の相続時には贈与した財産を相続財産に足し戻して相続税を精算するというものです。また、2024年1月1日から年間110万円までの基礎控除が認められ、年間110万円までの贈与であれば贈与税は非課税で、相続税への足し戻しも不要となりました。特別控除の2,500万円を超える部分には一律20%の贈与税が課税されますが、この贈与税額は、精算時の相続税から差し引くことができます。

ただし、本制度の利用については十分な検討が必要です。本事例の場合、哲さんから長男へ自宅を生前贈与することで、3兄弟による共有名義は回避できますが、事前に全員で十分に話し合っておかないと贈与後に揉めることになります。

また、贈与する不動産価格が高額になると、特別控除額では効果が見込めなかったり、贈与税負担が重くなったりすることもあります。

加えて、本制度の利用と引き換えに、相続時に使えなくなる制度がある点にもご注意ください。例えば、相続時精算課税制度を選択した場合、小規模宅地等の特例が使えなくなります。そのため、土地を贈与して贈与税がかからなかったとしても、小規模宅地等の特例が使えないことで、かえって相続税が高額になることもありえます。

④相続土地国庫帰属制度

相続土地国庫帰属制度とは、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限る)により土地の所有権または共有持分を取得した者等が、一定要件を満たした土地の所有権を国庫に帰属させることができる制度です。

本制度のスタートは令和5年4月27日ですが、制度の利用や申請に期限はないため、施行日以前に相続した土地であっても本制度の対象になります。そのため、本事例の25年前に哲さんが両親から相続した生家や田畑も、要件を満たすことができれば申請対象となり、国へ帰属させることで相続財産から除外され、3兄弟による共有名義を回避できます。

「争族」と聞くと、価値のある財産を奪い合うイメージがありますが、逆に、価値のない財産を押し付け合うことも揉める原因となります。

相続土地国庫帰属制度の相談で訪れた方に、なぜ不要な土地を取得するに至ったのかを尋ねると、「話し合いがまとまらず共有にした」「末っ子だからと、いらないのに押し付けられた」という回答が結構多いのです。本事例の場合、地方の生家や田畑を押し付け合った結果、協議がまとまらず、公平な管理責任の負担として、共有名義とする可能性があります。

ただし、本制度の利用は最終手段と位置づけるべきです。本制度の利用においては、帰属できない土地の要件が多く、申請までに費用がかかり、帰属承認後にも負担金を国に支払う必要があります。本事例の場合、地方の生家や田畑は、望み薄でも隣地所有者に有償または無償での引き取りを打診してみて、それでもダメなら本制度の利用を検討することになります。

平田 康人 行政書士平田総合法務事務所/不動産法務総研 代表 宅地建物取引士 国土交通大臣認定 公認不動産コンサルティングマスター

(※写真はイメージです/PIXTA)