
確かなリーダーシップを発揮
ローレンス・ストロール氏に会う前に、彼の成功とリーダーシップを強く印象付ける方法がある。
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英国シルバーストーンにある、旧ジョーダンおよびフォース・インディアのファクトリー跡地に2億ポンド(約400億円)を投じて建設された、真新しいF1チーム本部の広い中央廊下を歩いてみるといい。
そこでは短時間で多くのことを学べるだろう。わたし達編集部が訪れた際は、他のF1チームで経験を積み、違いをよく知っているアストン マーティンのガイドが案内してくれた。
アストン マーティン・アラムコF1は今や、モータースポーツ界で「群を抜いて」最高の設備を誇るチームだと、ガイドが誇らしげに教えてくれる。ビッグボスと800人の従業員が抱く勝利への野心は、この素晴らしい施設にふさわしいものだ。
ここは成功への期待に満ちている。その理由の1つは、ストロール氏が業界唯一の「昔ながらの」F1チームオーナーとして、勝利に向けて日々指揮を執っていることにある。
フランク・ウィリアムズ氏やロン・デニス氏はもはや過去の人物だ。ストロール氏を除けば、今日のF1チームのオーナーは自動車メーカーや投資ファンドだ。F1チームの構築はかつてない大事業だっただろう。しかし、その機会が訪れたのは6年前、「まったく予期せぬ、計画外の出来事」だったという。
豪華だがシンプルなストロール氏のオフィスに腰を下ろすと、彼はゆっくり語り始めた。
F1チームの買収は「予想外」
インタビューが始まるまでの間、ストロール氏がどんな人物なのか、ずっと考えていた。ファッションビジネスを運営する傍ら、クルマに情熱を注ぐカナダ人の億万長者。同業者からも、要点にすぐに切り込むタフな人物として知られている。
写真では、ポーカープレイヤーのような無表情で、読みにくく、決して甘くない印象を受ける。インタビュー当日は緊急の仕事が入り、予想よりも忙しい日になったようだ。インタビューが邪魔になるのではないだろうか? 以前にもそのようなことはあった。
限られた時間ではあったものの、ストロール氏は親しみやすく率直な人物だった。今回受賞したAUTOCARアワードの『アウトスタンディング・リーダー(Outstanding Leader)』賞について、わたし達が祝福の言葉を述べたところ、彼は感謝の意を表した。成功を築くためには、決断力のあるリーダーが不可欠だと彼は同意した。
F1チーム、ましてや世界的に有名な自動車ブランドを所有することなど、まったく予想もしていなかったと彼は認めるが、自動車業界との関わりは深い。彼は膨大なフェラーリのコレクションを所有し、20年間にわたってカナダのフェラーリ輸入業者を務めていた。また、ジェントルマンレーサーとしても立派なキャリアを築き、一時期はカナダのレースサーキットを所有していたこともある。
ピーター・コリンズ氏とピーター・ライト氏がチーム・ロータスを運営していた頃、ストロール氏のファッションブランド『トミー・ヒルフィガー』がチームのスポンサーとなっていた。また、デニス時代のマクラーレンの筆頭株主だった故マンスール・オジェ氏とよくF1レースを観戦していたという。
F1チームを買収する機会は突然訪れた。フォース・インディアのビジェイ・マリヤ氏が事業から撤退を余儀なくされたのだ。ストロール氏は2018年8月、9000万ポンド(約180億円)でチームを破産管財人から買収し、1500万ポンド(約30億円)の負債を引き受け、チーム名をレーシング・ポイントに変更した。
「わたしはずっとF1に憧れていました」とストロール氏は語る。「北米のNFLの3倍の視聴者を誇るグローバルスポーツだということは分かっていました。現在、NFLチームは100億ドルの価値がありますが、グローバルな視聴者数がはるかに多いF1チームは、さらに高い価値を持つべきだと考えました」
彼によると、予算上限がないことがF1における大きな矛盾だったという。これにより事実上、「トップチームとその他のチーム」に分けられてしまったと彼は言う。トップチームの予算は、タバコブランド、自動車メーカー、炭酸飲料メーカーなどのマーケティング予算で賄われていた。
ストロール氏は、利益を追求するビジネスとしてF1チームを運営したいなら、旧体制では成功のチャンスはなかったと指摘する。しかし、F1のオーナーとしてリバティ・メディアが参入したことで状況は変わった。リバティ・メディアが導入した予算上限は、競争の公平性を確保することを目的としたものだ。
「予算上限は決して完璧ではありません。しかし、少なくとも何らかの制限は設けられました。エディ・ジョーダンが設立してから31年、当時のチームはフォース・インディアを名乗っていました。わたしはF1が正しい方向に向かっていると感じ、自分のビジョンと情熱、そして資金があれば、いつかこのチームを素晴らしいものにすることができると思ったのです」
かのイタリア人と重なる部分も?
こうしたすべてが、今日のアストン マーティン・アラムコF1チーム誕生につながった。ストロール氏は、まだ組織として完成にはほど遠いことを認めている。さらなる発展のため、来年のレギュレーション変更に向けたマシン開発担当として、世界最高のレースカーデザイナーとして広く知られるエイドリアン・ニューウェイ氏を採用したことは大きな話題になった。
ストロール氏のアストン マーティンを見ていると、自分のロードカー事業はレースの資金源にすぎない、と公言したエンツォ・フェラーリ氏と重ねてしまいたくなる。しかし、ストロール氏はその考えを否定し、F1に入ったのは純粋にビジネス上の理由からだと強調している。名前は後から決まったものだ。
「このチームは、31年間シルバーストーンに拠点を置いていました。わたしは、このチームに最高の名前をつけたいと思ったのです。それがアストン マーティンでした」
「当時、(アストン マーティンの)オーナーであるイタリアのプライベート・エクイティ会社(投資会社)は、レッドブルのスポンサーを務めていました。わたしは彼らを訪ね、レッドブルにステッカーを貼るだけよりもはるかに多くのことを提供できると伝えました。しかし、彼らは株式公開を計画しており、何も変えようとはしませんでした。そこでわたしは7月にF1チームを購入し、彼らは10月にIPOを実施しました。わたしは情報を入手し続け、約1年後に交渉を開始したのです」
2020年、ストロール氏が率いる投資グループがアストン マーティンの16.7%の株式を取得した。彼はこれを自分のキャリアのハイライトだと考えている。「わたしはブランド・ガイです。ブランドを構築するにはどれほどの費用と時間がかかるかよく知っています。アストン マーティンは、英国の象徴的な存在です」
「それを所有することは、世界最大の夢であり、幻想です。残念ながら、同社は財政難に陥っており、多額の資金注入が必要でしたが、このような夢のためならわたしは実行する覚悟がありました」
ストロールは氏、新型コロナウイルスのロックダウンが始まる1週間前に、取締役会長として経営権を取得した。しかし、彼は以前にもアストン マーティンを所有した経験があり、2つのチャンスを見出していた。1つは、ロードカーの改良だ。
「購入者はアストン マーティンのロードカーを高く評価していましたが、最速であるとか、最新技術を搭載しているなどとは考えていなかったのです」と彼は言う。
もう1つは、レーシングポイントF1チームをアストン マーティンにリブランドすることだ。
「F1は年間23億人の視聴者を誇っています。ロードカーのメーカーを世界的に売り込むのに、これ以上のプラットフォームがあるでしょうか?」
ロードカー事業の再生にも自信を示す
これまでの会話は主にF1についてだったが、ストロール氏は、ロードカー事業もレース事業と同じくらい重要であることをはっきりと述べている。それが、多大な労力を費やして、ベントレーやJLRの元代表であるエイドリアン・ホールマーク氏をアストンに迎え入れた理由の1つだ。
ホールマーク氏は、業界トップクラスの戦略家として知られており、劇的な業績回復を成し遂げるためにまさに必要な人物だ。ストロール氏は、アストン マーティンの量産モデルは近年大きく改善されたと主張しており、AUTOCAR英国編集部のテスター(試乗)チームも同意見である。SUVのDBXは成功を収め、アストンは今年、史上初となるミドシップエンジン搭載のプラグインハイブリッド車『ヴァルハラ』を投入する。
ストロール氏の下、同社は収益性が高く、持続的な成長の実現に注力している。しかし、最近の資金注入や投資家からの支援にもかかわらず、株価は依然として低迷している。
そこで大きな疑問が浮かんでくる。ストロール氏は、アストン マーティンのロードカー事業の成功にどれほど自身を持っているのだろうか? 彼はその質問に、リラックスして答えた。
「人生でこれほど確信を持ったことは一度もありません。自分が信じないものに投資を続けることはあり得ないのです。もしそうしていたら、わたしが2億ポンド(約400億円)を投じて作ったこの場所に、皆さんが今ここに座っていることはなかったでしょう。アストン マーティンには素晴らしい未来があると信じています」
ストロール氏は問題があることも認めている。コロナ禍の直前に会社を買収したのは確かに不利だったし、それ以前にもサプライチェーンに大きな問題があった。アストンはDB12の生産遅延や、新しいインフォテインメント・システム用の新プラットフォームの統合に苦労していた。
しかし、ストロール氏は、製品ポートフォリオはアストン マーティンの歴史上かつてないほど充実しており、これはまだ始まりに過ぎないと主張している。自身の成功の指標である利益についてはどうだろうか?
「すでに述べた通り、今年の後半にはキャッシュフローがプラスになります。つまり、来年は黒字になるということです。わたしがこの会社を引き継いだ当時、年間3億ポンド(約600億円)の赤字でした。今年の後半は、重要な転換点となるでしょう。10年計画の最初の5年で成果が出ると言いましたが、まさにその通りになっています。今は成長に全力を注いでいます」
ストロール氏の情熱は伝染力があり、一日中話していたい気分になるが、彼の多忙なスケジュールを考慮し、最後にもう1つだけ質問をした。ストロール氏は、アストン マーティンの再建を自分のライフワークだと考えているのだろうか? 世界の他の自動車会社のトップなら、この質問は避けようとするだろう。
正直なところ、この質問に対して率直な答えを返してくれるとは期待していなかった。しかし、ストロール氏はすぐにこう答えた。「ええ、そうです」
「わたしは7月に66歳になりますが、あと10年、おそらく15年は仕事を続けるつもりです。わたしは働かなければなりません。経済的な理由からではなく、精神的な理由からです」
では、成功とはどのようなものになるのだろうか?
「わたしの考えはこうです」とストロール氏は言う。「フェラーリは年間1万4000台の自動車を製造する企業です。販売促進のためにF1チームを擁し、その価値は約900億ポンドに達します。当社は、規律ある生産量の拡大と収益性の向上を継続し、その販売促進のためにF1チームを擁しています。その潜在的な価値はどれほどになるか、ご想像いただけるでしょうか? 答えは、皆さんご自身で考えてみてほしい」
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