
※本稿は、鈴木裕介『「心のHPがゼロになりそう」なときに読む本』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■ポジティブで精神的にも健康的な人を探しあてる技術
「自分はもっと頑張らなければダメだ」と決めつけている状態から、「自分はこのままで大丈夫」と感じられる状態までは、ものすごく距離があります。自分一人の力で「よし、今日から自分は大丈夫だ!」と急に意識を変えられる人はほとんどいません。
自分を肯定するためには、「自分を否定しない他人」が必要です。
人間は身近な人の思考や言動パターンを「取り入れる」ことによって変化していくため、自己肯定感が強い人の近くにいて影響を受ければ、その要素を段階的にインストールすることができるのです(逆もまた然りです)。
まずは「この人だったら、信頼できそう、否定的なことを言わなそう」と思えるようなポジティブで精神的にも健康的な人を探しあてることから始めましょう。この見極めは「技術」ですので、続けていけば必ず上手くなります。
そして、そういう人と関係が構築できたら、徐々に本心を伝えてみたり、頼ってみたりすることをやってみましょう。頑張っていてもいなくても、稼いでいなくても、態度を変容させずにふつうに接してくれる人というのが、成熟した大人です。
逆に「あなたのためを思って」とか言いながら、要求がましいことを言ってきたり、こちらの境界線を踏み越えてきたりするような人には注意が必要です。
心理療法家の水澤都加佐(みずさわつかさ)氏から引用した「一見、弱っている人に寄り添っているようでいて、まったく寄り添えていない人の発言リスト」を紹介します。次のようなことを言わない相手を見つけてほしいと思います。
②「泣いたってしょうがないよ」
③「誰でも多かれ少なかれ経験することだよ」
④「時間が経てば忘れるよ」
⑤「何かを一生懸命やりなよ」
⑥「君より、もっと大変な人もいるよ」
⑦「代わりのもので埋めなさい」
⑧「後ろばかり見ずに、前を向いて生きよう」
「そんな大人いるのかよ?」と思われた人もいるでしょうが、ちゃんと実在します(笑)。
その一方で、いい感じで悲しみを経験した人や、トレーニングを受けた心理職の方は、こうした発言の危険性をちゃんと理解していることが多いです。
■信頼できる「善き友」を得ることが人生のゴール
「信頼できる相手」に出会えることは、人生においてとても大きな意味を持ちます。
ここで、僕の好きな逸話である、ブッダの弟子アーナンダの話に出てくる「善き友」について紹介します。
ある日、ブッダの愛弟子のアーナンダが、お釈迦(しゃか)様にこう問いました。
「世尊(せそん)(=釈迦の尊称)よ。私は修行のさなかに、善き友のあること、善き仲間のいること、善き人々に囲まれていることを得ました。それは、修行の半ばに近いものを達成したものと思われたのですが」
すると、お釈迦様は「そうではないよ、アーナンダ」と答えました。
「善き友を持つこと、善き仲間のいること、善き人々に取り巻かれていることは、修行の全体である」
つまり、信頼できる「善き友」を得ることが人生のゴールにも等しい、とブッダは考えていたのですね。
■心の「安全基地」をつくるにはリスクをとって自己開示を
自分を信頼するうえでも、善き友を得ることはとても大きな意味を持ちます。自分への自信が揺らぎそうな時に「自分を否定しない」という安心感を抱ける相手がいることは、命綱になるからです。
そうした人間関係を足場にすることで、絶望的な状況であっても、少しずつ立て直していくことができる。
そんな拠(よ)り所になるような、安心感のある深い信頼関係のことを「安全基地」と呼びます。基地があるから、そこを足がかりに冒険ができるのです。
つまり善き友をつくるのは、人生における非常に大切なミッションだと言えます。
では、善き友をつくるためには、一体どうしたらいいのでしょうか。
僕はよく患者さんに、「安全基地となる人間関係をつくるには、リスクをとって自分のことを開示する勇気が必要だ」と伝えています。
例えば、自分が本当に困っていることや、できれば隠したいと思っている悩みや弱みを伝えることです。
そこそこ成熟した大人というのは、リスクを伴うリアルな自己開示に対して、「自分を信頼してこういうことを言ってくれたのはありがたい」という気持ちを抱き、その信頼に応えたいと思うものです。これを「自己開示の返報性」といいます。
「返報性」とは、「相手から何かを与えられた時に、相手にお返しをしたい」という心理のこと。「信頼には、信頼をもって応えたい」というのもまた人間の本質なのです。お互いにそうした気持ちが生まれた時、安全基地となる人間関係が築かれていくことになります。
急にすべてを見せられないとしても、自分の本心や弱みを小出しにしてみるなど、少しずつ相手に寄りかかる練習をしてみてほしいと思います。
器用な人は、“寄りかかるフリ”(あまり苦手ではないことを、「私、これが苦手なんですよ」とあたかも秘密にしている弱みであるかのように「あなただけに伝えました」と装って伝えること)ができてしまうのですが、僕はそれを「ビジネス自己開示」と呼んでいます(笑)。
それでは、本当の安全基地となる人間関係は築きにくいものです。そうではなくて、少しずつでもいいから、なるべく本心で思っていることを開示してみてください。
■失敗により向上する「一生モノ」のスキル
そうは言っても、「自分が隠したくてしょうがない弱みなんて、簡単に伝えられないよ」という人に、プレゼントしたい言葉があります。
「みんな違って、みんなキショい」
これは、僕の友人・太田尚樹くんの名言です。
クリエイティブなLGBT啓発活動で知られる団体「やる気あり美」の編集長である彼は、「人は、誰もが必ずグロテスクな部分を抱えている。それを認め合って初めて、対等な信頼関係を結べる」と言っています。
人に頼るのが苦手なお人好しタイプの人は、周りの話ばかり聞いて、自分の深刻な話や恥ずかしい話はあまりしなかったりします。それは気遣いでもあるのですが、実は関係の結び方としてはフェアではないとも言えます。
人を信頼することで得られる豊かさの真髄(しんずい)は、「自己開示」というリスクを払うことで得られるものです。ただ、そこには“裏切り”という大きなリスクを伴います。
ぶっちゃけ、人間関係はギャンブルなのです。しかし、ただ単に運を天に任せる類のギャンブルではありません。
誰を信頼して誰を信頼しないかを見極めることも、信頼した相手にうまく気持ちを伝えるのも、創意工夫を凝らし、試行錯誤しながら、失敗することで少しずつ向上していく「スキル」だと思います。
その技術は、生きづらさと対峙していくうえで最重要のものであり、まさしく「一生モノ」のスーパースキルになるでしょう。
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内科医・心療内科医・産業医
2008年高知大学卒。内科医として高知県内の病院に勤務後、一般社団法人高知医療再生機構にて医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。2015年よりハイズ株式会社に参画、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善に従事。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原内科saveクリニックを高知時代の仲間と共に開業、院長に就任。著書に『我慢して生きるほど人生は長くない』(アスコム)などがある。
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