親が突然倒れたらどうすればよいのか。介護の専門家の吉田肇さんは「親が倒れた場合、『命が助かり、後遺症も残らず、元気に退院』がいちばん望む未来だ。それには、親のかかりつけ医との連携が必須だ」という――。

※本稿は、吉田肇『介護・老後で困る前に読む本』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

■親が突然倒れたらどうするか…

まず、親御さんの健康面について考えていきましょう。先読みするなら、おおいにあり得る「親が突然倒れる」という未来です。そして、そうなった場合には、「命が助かり、後遺症も残らず、元気に退院」がいちばん望む未来と言えるのではないでしょうか。そこから逆算して備えるべきことを整理すると、大きく3つのポイントが見えてきます。

①かかりつけ医の大切さを親子で認識しているか
②緊急時にかけつけてくれる人を子どもが把握しているか
③保険証など親の健康データの置き場所を子どもが把握しているか

日本医師会総合政策研究機構の調査によると、70歳以上の約8割が「かかりつけ医がいる」と答えています。ただ、この質問を「看取りまでお願いできるかかりつけ医はいますか?」に変えたら、「いる」と答える人は3割にも満たないように思います。というのも、介護の現場で70歳以上の方の生の声を聞いている限りでは、入院や手術をした大きな総合病院の「主治医」を「かかりつけ医」と捉えている方がとても多いからです。

■総合病院の受診は紹介状が必要

70歳以上になると、初期のがんや脳梗塞など、入院や手術を伴う病気に罹(かか)る可能性が高まります。罹った場合、多くは大きな総合病院で治療を受けることになります。するとご本人にしてみれば、「命を助けてくれた病院」であり、「自分の病気のことをわかってくれている主治医」となります。しかも総合病院は、内科をはじめ、整形外科や脳神経外科など、多くの診療科がそろっているので、一カ所であらゆる症状を診てもらえる便利さもあります。

しかし近年、総合病院への患者の集中が社会課題となっており、厚生労働省では、総合病院とかかりつけ医の役割の明確化と、相互の医療連携を進めています。具体的には、一般病床数200床以上の大病院に初診で受診をする際は、かかりつけ医やほかの医療機関からの紹介状が求められるようになり、紹介状の持参がない場合は、初診料や再診料とは別に「選定療養費」を請求される仕組みに変わってきています。

■ふたりの主治医制

総合病院が負う役割は、精密検査や特殊な検査、重傷者や重病者の入院や手術、がんなどの専門的な治療、病状が急変した場合の救急医療などです。なお、総合病院の医師は、たいていは主治医と担当医に分かれます。主治医は患者の病気やけがの治療に関して主に責任を負い、特定の患者に対して医療サービスを提供します。担当医は主治医が率いる医療チームの一員として患者の治療を行い、主治医の指示や指導のもとで診療を行います。

これに対してかかりつけ医は、入院や手術後の経過観察、高血圧や糖尿病など生活習慣病の継続的治療、病気の初期治療、日頃の健康管理や生活習慣の指導などを担っています。中には患者さんの日頃の悩みや家族関係まで把握し、家族の要望があれば往診や看取りに応じ、患者さんとその家族を心身ともに支えているかかりつけ医もいます。専門的な治療が必要になった場合は、適切な医療機関で治療できるように紹介状を書いてくれたり、介護保険の要介護認定を申請する際に必要となる「主治医意見書」を書いてくれたりもします[図表1]。

さらに、地域の総合病院の担当医とかかりつけ医が患者の病気の経過や検査結果、治療の内容などについての診療情報を共有し、役割分担しながら協力して患者を支える「ふたり主治医制」を推奨・導入する動きも各医療機関で広がりつつあります。

■かかりつけ医は元気なうちに見つけておこう

総合病院の多くは「医療福祉相談窓口」を設置し、退院後に在宅療養になる人や、要介護対象となる人が安心して療養生活を続けられるように、かかりつけ医の候補や地域の介護サービスを紹介する「退院支援」を行っています。退院支援においては、医師や看護師リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカーなどが、地域のクリニックや介護施設と連携して情報を提供しています。

お勧めしたいのは、親御さんが元気なうちに、近隣の総合病院や入院経験のある総合病院の医療福祉相談窓口に赴いて、どこのクリニックと連携しているのかを確認し、通いやすそうなクリニックを見つけておくことです。その際は、医師やクリニックの雰囲気との相性があるため、候補を複数紹介してもらうとなおよいでしょう。紹介してもらっても、「選定療養費が数千円余計にかかっても構わないから、やっぱり手術してもらった先生に診てもらいたい」と、大病院に戻ってしまうケースが多くあります。そのときにお子さんが「親がそう言っているのだから……」と流されてしまわないように、医療の仕組みやかかりつけ医を持つことのメリットを早くから親子で共有しておきましょう。

■かかりつけ医を選ぶポイント

かかりつけ医を選ぶポイントは、「自宅から通院しやすい」「訪問診療や往診を行っている」「病気だけでなく、患者の家族関係や生活全般を理解し、相談にのってくれる」などが挙げられます。今はインターネットでクリニックの口コミ評価を調べたりできるので、お子さんがそうした情報収集を手伝ってあげてもよいかもしれません。医師との相性の良し悪しについては、親御さん本人が確かめるしかないので、風邪を引いたときなどに一度診てもらうとよいでしょう。

早めに行動することで、親世代は、自分に合うかかりつけ医を丁寧に時間をかけて探すことができます。子世代は、親御さんの日々の健康を見ているかかりつけ医をあらかじめ把握しておけば、“もしものとき”の心強い支えとなるはずです。

■かかりつけ医との連携の有無が未来を左右する

親のかかりつけ医や健康状態を事前に把握していなかったばかりに、「救急隊員に重要な情報を伝えることができず、適切な病院に搬送してもらえなかった」「搬送先で病気の特定に時間がかかり、結果的に半身に麻痺(まひ)が残ってしまった」などと後悔する方をたくさん見てきました。親御さんと別々に暮らしているお子さんは、考えたくないことですが、「あなたのお父さん/お母さんが倒れて救急車で運ばれました!」という連絡がある日突然来る可能性を考えておく必要があります。

倒れた原因が脳梗塞や心疾患の場合、後遺症の有無は、発症から数時間内に適切な処置がされるかどうかに大きく左右されます。お子さんがすぐにかけつけられない状況では、発見者や救急隊員に現場を託すことになります。このときに親のかかりつけ医を伝えることができれば、救急隊員がかかりつけ医と連絡を取り合って持病などの情報を共有でき、迅速かつ適切な判断を下すことができます。

患者が総合病院で検査や手術をしたことがあれば、かかりつけ医は総合病院から検査データなどを引き継いでいるため、過去のデータをもとに病変を突き止めるスピードが速まり、主治医のいる総合病院への搬送もスムーズになります。

なお、救急搬送された患者が「マイナ保険証」(健康保険証機能を持たせたマイナンバーカード)を持ち歩いていて、「患者の生命、身体の保護のために必要」と判断された場合に限り、個人情報保護法に基づき、患者や家族の同意がなくても、救急隊員や搬送先の医師、薬剤師は医療情報を閲覧可能です。マイナ保険証を持ち歩くことも、より迅速な救命救急につながるひとつの手立てと言えます。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba