SNSを眺めていると、短期間で10キロ、20キロと体重を落とす”過激なダイエッター”の投稿を目にすることがあります。

しかし、そんな人間の努力をはるかに凌駕する、自然界最強のダイエッターが存在するのをご存じでしょうか?

その生き物とは、南半球を回遊するザトウクジラです。

オーストラリアのグリフィス大学(Griffith University)を中心とした国際研究チームは、ドローンを用いた計測によって、ザトウクジラの移動にともなう体脂肪の変化を高精度で分析することに成功しました。

その結果、クジラたちは移動によって体脂肪が平均36%低下するという、驚異的な代謝活動を行っていることが明らかになったのです。

この研究成果は、2025年7月17日付の科学誌『Marine Mammal Science』に掲載されました。

目次

  • 究極のダイエッター!?移動するザトウクジラの体脂肪の変化とは?
  • ザトウクジラは約2カ月の断食&移動で体脂肪が36%減少する

究極のダイエッター!?移動するザトウクジラの体脂肪の変化とは?

ザトウクジラ(学名:Megaptera novaeangliae)は、年間を通じて南極と赤道近くの熱帯地域を往復する回遊生活を送っています。

彼らは南極の冷たい海で、主食である南極オキアミを大量に捕食し、体に脂肪を蓄えます。

そして、そのエネルギーを頼りに、コロンビア沿岸などの温暖な海へと約8000km(片道)を泳ぎ切り、そこで繁殖や子育てを行います。

ここで重要なのは、移動中はエサをほとんど食べないということです。

つまり彼らは、1年の中で “大食い” と “断食” を使い分けて生きているのです。

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繁殖場とエサ場を移動するザトウクジラ / Credit:Canva

しかし、このような極端なエネルギー管理が、実際にどれほどの脂肪やカロリーを消費しているのか、またどの時期にどれほど太って痩せているのかについて、これまで詳しく分かっていませんでした。

そこで研究チームは、2017年から2019年にかけて、103頭のザトウクジラを対象に、ドローンによる空中撮影を実施しました。

撮影地点は、南極の採餌地(ウェスタン南極半島)と、コロンビアの繁殖地(トリブガ湾)。

それぞれの地点で撮影したクジラの体長・体幅を測定し、そこから体積・脂肪量・体脂肪率を3Dモデリングにより推定しました。

また、同時に過去の実験データや脂肪組織の密度、オキアミのカロリーなどを用いて、どれほどのエネルギーが消費されたのか、どれほどのオキアミが必要だったのかを算出しています。

その結果、ザトウクジラが驚異的なダイエッターであることが分かりました。

ザトウクジラは約2カ月の断食&移動で体脂肪が36%減少する

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移動前と移動後のザトウクジラの比較。体脂肪が激減している / Credit:Griffith University

分析の結果、ザトウクジラは3月~5月にかけて最も太り、8月~12月にかけて最も痩せていました。

そして6~8週間の移動中に、体脂肪が平均して36%低下していることが明らかになりました。

この変化により消費された体脂肪量は体積12立方メートル、重さにして約11トンに相当すると推定されます。

なんと、これはアフリカゾウ2頭分、あるいはシティバス1台分の重量と同じです。

さらにエネルギー換算すると、約1億9600万キロジュール

これは、成人1人が62年間に摂取するカロリー量に匹敵します。

そしてその燃料源となるのが、南極オキアミ 約57トン分でした。

この量はエアバスA320旅客機の離陸時重量を超える量に相当すると研究チームは説明しています。

人間に例えるなら、体重90kgの人が、2ヶ月で30kgの脂肪を臓器障害などの健康被害なしに失うという、常識外れの減量です。

そしてクジラたちは、この大減量を経て、無事に出産や育児を終えることができます。

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ザトウクジラの移動を支えるのは大量のオキアミ / Credit:Canva

これは、ザトウクジラ脂肪組織が、効率よくエネルギーに変換されていることを示しています。

しかし、このクジラ生存戦略は、1つの条件に大きく依存しています。

それは、南極の豊かなオキアミ資源です。

近年、南極では海氷の減少や気候変動により、オキアミの個体数が大きく減少していると報告されています。商業捕獲の影響も無視できません。

このオキアミの減少は、ペンギンなど他の捕食者だけでなく、体脂肪の減少を補うための「大食いクジラ」たちに大きな影響を与えます。

今回の研究は、クジラ1頭が生きて繁殖するのに、どれほどのエネルギーとオキアミが必要なのかを、はじめて定量的に明らかにした点で、重要な意義を持ちます。

そしてこの知見は、今後のクジラ保護政策や南極海の漁業管理における重要な基礎データとなることでしょう。

1年間で体脂肪を大きく変動させなが生きるクジラの暮らしは、私たちに循環保護の大切さを教えてくれます。

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参考文献

Nature’s most extreme fat loss is fueled by 28.5 million shrimp snacks
https://newatlas.com/biology/whales-migration-fat/

‘Feast and fast’ migration sees whales lose 36% body fat
https://news.griffith.edu.au/2025/07/29/feast-and-fast-migration-sees-whales-lose-36-body-fat/

元論文

Drone-Based Photogrammetry Provides Estimates of the Energetic Cost of Migration for Humpback Whales Between Antarctica and Colombia
https://doi.org/10.1111/mms.70048

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

クジラは「大食い・断食・移動」で体脂肪が36%も変動する