終末期医療を、病院のベッドではなく、自宅で受ける在宅医療は近年注目されており、実際に「訪問看護利用者数」は年々増加傾向(※)にあります。需要拡大にともなって、訪問診療クリニックの増加が期待されていますが、医療業界では比較的DX化が進んでいないのが問題点です。病院を離れて各患者宅や施設で診療を行う訪問診療は、情報を正確に素早く、デジタルで視認的に共有するのが肝要だからです。そこで本記事では、訪問診療のDX化について、医療法人あい友会理事長の野末睦医師が解説します。(※参考 在宅医療の現状について|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000909712.pdf)

在宅診療クリニックのDX

「DX」とはデジタルトランスフォーメーションの略で、デジタル技術を活用し、社会をより良いものへと変えていくことを指します。

国レベルでは、社会の仕組みを一気に変えるような改革はまだ起きてはいませんが、会社やクリニック単位ではさまざまな改革が起きつつあるのは確かです。そのことを鑑みると、デジタル技術のを活用し、クリニックをより効率的に、また質の高い診療していくということは、現代のクリニック経営においては基本中の基本だといえます。

在宅医療が医療保険制度のなかに位置づけられたのち、制度として本格化されてきたのは、いまから約20年程度前のことですが、時を同じくして社会にインターネット、スマートフォンといったデジタル技術が広まり始め、同時並行的に普及したように感じています。

かつての「なんだか身体の具合悪いから、ちょっと往診に来てください」という電話を受けて、「そうか? それは大変だ」なんて言いながら診療カバンを持って、1日に1軒、往診に行くか行かないか…というような時代であったならば、デジタル技術もあまり必要なかったのかもしれません。ですが現代において、私のクリニックのように、医師やスタッフが過剰労働に陥ることなく、一定の水準で在宅医療を提供していくための仕組み化に、デジタル技術は必須となります。私自身、在宅医療を始めたとき「在宅医療は時代の申し子だな」と感じました。

訪問診療に役立つデジタルツールの変遷

まず、デジタル化の恩恵を受けたのが、今では当たり前になりましたが、車のナビゲーションシステムでしょう。もしカーナビがなかったら、今のような在宅医療の診療形態はとれていなかったはずです。

次にスマートフォンです。オンライン通話機能をはじめ、インターネットに自由に接続できるようになったおかげで地図アプリやカーナビアプリも普及し、業務の幅が広がりました。

GPSを活用した位置情報サービスの発展も目覚ましいものがあります。診療車がどこにいるか、といったことを把握するために、今はビジネス向けサービスを利用していますが、以前は友人や家族間で位置情報を共有するZenlyというアプリを利用していました。

導入のきっかけとしては、ある日、テレビ番組で「混雑した渋谷の街でも、友人同士がZenlyで位置共有していれば、スムーズに待ち合わせができる」というニュースを見て「これは在宅医療に活用できるのではないか」と思い立ち、導入しました。実際に使い始めると「今、在宅診療の車はどこを何キロで走っている」といったことがリアルタイムで分かり、非常に役立ちました。

(※Zenlyは2023年2月3日をもってサービスを終了しています。)

ICT化への取り組み

ここまでは、一般企業にも関わりのあるDXについてお話してきましたでが、ここからは、ICT化についてお話します。

ICTとは情報技術(IT)を活用し、情報のやり取りを行う技術のことを指します。医療機関として特に関わりの深いICTツールとして、まず語られるべきは電子カルテの存在です。

電子カルテ、しかもクラウド型の電子カルテがあるからこそ、在宅医療が実現できている、ということを考えると、先述のとおり、在宅医療はデジタル時代の申し子だといえるでしょう。

遡ると、あい友会クリニックを創業した当初は「電子カルテは使わないで、紙カルテの方がいいんじゃない?」というアドバイスを受け、半年間ほど紙カルテで運用していました。当時、医師は私1人だったため、紙カルテでも運用ができていました。しかし、医師が2人、3人と増えていくと、不都合が出るようになりました…。

たとえば、3人で診療に回っている最中に「〇〇さんが具合悪いそうだから、近くにいる人が往診に行きましょう」ということになった場合、出先からその足で往診に行きたくても、紙カルテでは確認することができません。こういったときに、クラウド型の電子カルテであれば、手持ちのデバイスで即座にカルテを確認することができます。これらの事情から、開業半年で紙カルテからクラウド型の電子カルテへの移行を決めました。

院内スタッフ個人のデジタルリテラシーの向上が今後の課題に

電子カルテなどのデジタル技術は、技術が発表された初期の段階では、かなり価格が高くなってしまいますが、技術が広まるにつれ、どんどん安くなります。

開業後半年でクラウド型電子カルテを導入した際の利用料は、毎月10万円プラス使用の人数分のアカウント費用で、20万円以下程度でした(開業当時の価格)。開業前に地域の中核病院の院長をしていた頃に、オンプレミス型の電子カルテシステムを導入しようとした際は、4,000万円~5,000万円ほどの費用がかかったことを考えると、基本料金の安さにとても驚き、いい時代になったな、と思ったことを覚えています。

また、私のクリニックでは、約5年前からGoogleとMicrosoftの有料アカウントをスタッフ全員に付与し、自由に使えるようにしています。Googleはビデオ会議ツールのGoogle Meetやドキュメントなど、共有しやすく使いやすいサービスが多くあるところが魅力的な点です。

もう一つは、ストレージが多いという点です。私の組織では、法人全体で422TBまでであれば追加料金なく使えるプランに加入しています。なお、電子カルテもなどは別に保存しています。

職員を見回してみると、部署にもよりますが、大いに活用できている人は有料アカウントの恩恵を十二分に受けています。一方で、正直なところ職員の6~7割は、配信されるオンラインミーティングや資料を見る程度で、積極的に使っているという程ではありません。

私としては、今後はグループ全体の職員のデジタル意識を高めていき、全員がGoogleやMicrosoftの個人アカウントを活用しながら、このデジタル社会を自分で歩いて行けるようになってもらたい、という思いを抱いています。

そしてクリニック内外の情報のやり取りに関して必要不可欠なSNSとして、Chatwork(チャットワーク)というビジネスチャットツールを利用しています。チャットワークはクリニック内、法人グループ内のやり取りにとどまらず、連携している訪問看護ステーションや薬局とのやり取りでも使用しています。これなしでの連絡方法はもう考えられない、というほど活用しています。

FAXや電話のやり取りで発生する行き違いをゼロに

関連施設にもチャットワークの導入をお願いします。ところが、医療業界ではいまだデジタル化に対するアレルギー反応があったり、消極的であったりすることが少なくありません。導入を懸念する施設には、こちらの職員が直接出向いて、チャットワークの初期設定や使い方の説明します。このような取り組みを行ってでも導入すべき、情報のやり取りに必須のツールだと考えています。

この取り組みの裏には「FAXと電話はできるだけやめましょう」という意図があります。未だに、医療・介護業界はFAXでの情報のやり取りが多く「電話じゃなきゃダメだ」というような人もいます。電話というのはお互いの時間を拘束するうえ、相手方あるいは自分の元にある情報を共有する際に、口頭で説明する他ありません。視覚的に情報を共有できないため、言った言わない論争や説明が間違って伝わってしまう、ということも有り得ます。

こういったことを鑑みると、個人的には電話とFAXはゼロにしたいところです。とはいえ、いきなりゼロにすることもできないため、まずは段階的にチャットワークの普及から取り組んでいるのです。

チャットワークに限らず、ビジネスチャットツールと電子カルテの使用は、これから開業を予定している人には必須です。もし、現在開業しているけれど使用していないという人は早急に導入するべきだと言えます。もし、デジタルツールに苦手意識をもっている方は、覚悟して導入に取り組んでいただけたらと思います。

野末 睦 医師

医療法人 あい友会  理事長

(画像はイメージです/PIXTA)