

またミイラの話をしよう。
通常は誰かが亡くなると、その親族に一報が入る。遺体となってどこかで発見された場合でも、所持している持ち物から、遺族を探し出し、連絡を取る。だが、スマートフォンもクレジットカードもなかった1900年代、遺族を探し出すのは極めて困難だった。
1911年、遺体となって発見された「オールド・マイク」というこの男性はまさにそういった、年齢不詳、身元不明で、遺族の見つからない遺体の一人だった。
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オールド・マイクは町を転々とするセールスマンだった。彼は1911年に米アーカンソー州のプレスコットという町で遺体となって発見された。
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そもそもマイクという名前ですら本名かどうかもわからない。唯一分かっている事と言えば、彼は毎月アーカンソーのプレスコットにペン・文房具や他の日常品を町の人々に売りに訪れていたという事だ。マイクは、プレスコットの公園で遺体となって発見された。死因は心臓発作、もしくは脳梗塞ではないかと言われている。
プレスコットの町で彼を知らない人はいない。面白い話をしながら文具を売り歩くマイクは誰にでも気さくに声をかけていたのだ。人々はマイクを想い哀悼した。
残念な事にマイクのスーツケースから彼の身分や親族の有無を証明するようなものは一切発見できなかった。コーニッシュ死体安置所は、最後まであきらめきれず、遺族がマイクを発見するきっかけになるようにと、その遺体をエンバーミング(防腐処理)し、ミイラ化された状態で長い間展示していたという。

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次第にマイクは「オールド・マイク」という愛称で呼ばれるようになり、彼を見る為に訪れる見物客も多く訪れたという。
しかし何年たっても彼の遺族を名乗る者はいなかった。1975年、もうこれ以上待っても、オールド・マイクの遺体を引き取る者はいないだろうと判断され、ついにマイクは埋葬された。遺体が発見されてから64年後のことである。




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