高齢になるにつれ、病気やケガのリスクは避けられなくなるもの。「自分たちのことは自分たちでなんとかする」と語る親でも、実際に入院や介護が必要になったとき、家族の支援なしには生活が立ち行かなくなることも少なくありません。万が一の事態に、どれほどの費用がかかるのか——現実的な「老い支度」の一歩として、親世代の医療費や介護費用について考えてみましょう。

「病院には行かない」では済まされない現実

「私は病院が嫌い。死ぬときは死ぬんだから、迷惑はかけないわよ」

そんな言葉を親から聞いたことがある人もいるかもしれません。しかし、いざ親が体調を崩し、目の前で苦しんでいる姿を見たとき、「本人の意思だから」と割り切れる人は少ないでしょう。特に、転倒による骨折などは、自力での回復が難しく、強制的に病院にかかることになります。

また、普段は「年金で細々暮らしているから大丈夫」と言っていても、医療費が一度にかさめば、その前提はすぐに崩れます。

公益財団法人生命保険文化センターの『令和4年度 生活保障に関する調査』によると、入院にかかった自己負担費用の平均額は19.8万円となっています。金額の内訳は以下の通りです。

10〜20万円未満:33.7%

5〜10万円未満:26.5%

20〜30万円未満:11.5%

30〜50万円未満:10.1%

治療内容や入院期間によって費用は異なりますが、20万円近い出費は、年金生活者にとっては大きな負担です。しかも、この金額は1回の入院にかかる費用。繰り返し入退院をする高齢者も少なくなく、そうしたケースでは家族の援助が不可欠となる場面も出てきます。

「もし動けなくなっても、施設に入って面倒をかけないようにするから」

そんなふうに言う親御さんも多いでしょう。しかし、施設に入所するにはそれなりの費用がかかるのが現実です。

低所得者であれば補助制度が適用される場合もありますが、親の年金だけで費用をまかなうのは現実的に厳しいケースが多いのです。

“利用者の所得が低ければ補助給付があり、数万から十数万円程度に抑えられますが、一般的な企業で定年まで勤め上げたホワイトカラーの人であれば、特別養護老人ホーム(特養)の個室ユニットに入所し、プライバシーも保ちたいとなると、月額20万円程度の費用がかかる計算になります。両親ふたりとも施設に入所するのであれば、2倍の40万円ほどが必要です。

つまり、配偶者や親を施設に預けるのであれば、本人の年金だけで介護費用をまかなうのはかぎりなく難しいのです。”杢野暉尚著『人生を破滅に導く「介護破産」』より

低所得者であれば補助制度が適用される場合もありますが、親の年金だけで費用をまかなうのは現実的に厳しいケースが多いのです。

「親に貯金があるから安心」は危険?資産凍結の落とし穴

「うちの親はしっかり貯金しているから、いざという時も安心」——そう思っていませんか?

しかし、認知症と診断されると、銀行口座が凍結されることがあります。こうなると、本人以外が預金を引き出すことができず、成年後見制度の申立てなどの法的手続きが必要になります。

また、資産凍結は預金にとどまりません。不動産も勝手に売却・賃貸することができなくなります。「実家を売って介護費用に充てよう」と考えていたとしても、認知症発症後では売買手続きができないのです。

こうした事態を避けるには、元気なうちに「家族信託」などの制度を活用しておくことが有効です。資産の管理・運用・処分に関する権限を、信頼できる家族に託しておくことで、認知症による資産凍結リスクを回避できます。

昔から言われる「いつまでもあると思うな親と金」という言葉には、深い意味があります。老後の医療・介護・資産管理——避けて通れない現実を直視し、親の意思を尊重しながら、家族で備えることが何よりも大切です。

(※写真はイメージです/PIXTA)