
◆元妻と義父への殺人未遂容疑で逮捕
滋賀県大津市の住宅に侵入し、元妻(当時33歳)と義父(当時68歳)に対し、頭をクワで殴りつけようとしたとして、元棋士の橋本崇載被告(42)が殺人未遂容疑などで逮捕されたのは、2023年7月20日のことだった。
2001年に棋士となった橋本被告は「ハッシー」の愛称で親しまれ、A級八段まで昇段。が、元妻が息子を連れて出て行ってしまい、離婚トラブルなどから2021年に棋士を引退。その後、日本の親権制度の不満を訴える署名活動の街頭活動で先頭に立っていた。
「愛する我が子を奪った人を絶対に許すわけにはいかない。バカな仕組みを作ったのは最高裁、裁判官ら。弁護士の一部が悪用している。政治、裁判所、日弁連が腐りきっている」
当時は参院選直前とあって、国政転身の動きもあったほどだ。橋本被告はツイッター(現X)やYouTubeでも自らの体験を語り始めたが、その内容はすぐに問題視されるようになった。
「妻や相手方の弁護士の個人名をさらして汚い言葉で罵ったり、『無差別殺人起こしてから自殺したるわ』などと、見るに耐えないような内容を書いていた。潮が引くようにほとんどの人が距離を置き始め、政界でも橋本の挙動を疑問視する声が上がり、相手にされないようになった。最後まで親しく付き合っていた活動家ともトラブルになり、孤立していったのです」(当時を知る新聞記者)
橋本被告はこれまで二度にわたり、元妻に対する名誉棄損の疑いで滋賀県警に逮捕され、2023年6月には懲役1年6か月執行猶予4年の有罪判決を受けたが、今回の殺人未遂事件を起こしたのは、刑が確定してからわずか12日後の出来事だった。
◆証言で明かされる事件当時の全容
事件前日の7月19日、在住する福岡県から新幹線で京都駅に向かった橋本被告は、近くでレンタカーを借り、元妻の弁護士の事務所周辺などをはいかい。その後、ホームセンターでクワやナタなどを購入し、翌日の午前7時には元妻が住んでいる義父宅に向かい、掃き出し窓に腰掛けてタバコを吸おうとしていた義父に襲いかかった。
そのときの恐怖感を義父は法廷で次のように証言した。
「いきなり目の前に男がいて、棒状のもので殴りかかってきた。それが橋本だとすぐにわかった。一応、釈放されたと聞いていたので、警戒はしていた。何かキラリと光ったので、クワだと分かった。凶器を両手でつかんで、なんとか取り上げようともみ合いになった。そのまま部屋の中に入って行き、凶器の引っ張り合いをしていた。2階で寝ている娘に向かって、『逃げろ!』と叫んだ。橋本は振りほどいて2階に向かった。私はその後を追いかけました」
父親の聞いたこともない叫び声を聞いた娘(元妻)は、父親がケガでもしたのかと思い、部屋の外に出たが、階段の下にいる橋本と目が合った。手には棒のようなものを持っていた。あわてて別の部屋に入り、ドアを押さえたが、橋本被告にこじ開けられた。ここからは元妻の証言である。
「後から警察の方にクワだと聞きましたが、私は斧だと思いました。部屋の中に入ってきた橋本は私の頭に向かって凶器を振り上げ、もう殺されてしまう…と思ったときに父が入ってきました。父が橋本と格闘し、凶器の取り合いを始めた。私も加勢して、橋本を羽交い締めにした。父が橋本のおでこに2回頭突きし、力が弱まったところで凶器を取り上げた。取り上げた凶器の棒の部分で私が橋本の頭を殴った。父が『こんなことをしたらあかんやろ』と言うと、橋本はうわ言のように『殺してやる、殺してやる…』と何度も言っていました。父が橋本を取り押さえている間に警察を呼びました」
◆凶器を持った橋本被告と対峙した68歳の義父
当時68歳の義父が当時40歳の橋本被告を取り押さえたことについて、裁判官の方が驚いていた。
「あなたは何か格闘技をやっていたのか?」
「何もやっていません」
「日頃から運動しているとか?」
「たまにゴルフに行くぐらいです」
「よく取り押さえましたね」
「娘と孫を守ろうと、とにかく必死でした」
孫とは6歳になる橋本被告の長男だが、橋本被告が入ってきた瞬間にリビングに隠れ、見つからないようにしていたという。
「息子は“父親”が入ってきたとは思っていなくて、『また泥棒が来たらどうしよう』と心配していましたが、『いつか大きくなったとき、また泥棒が来たら、僕が守るからね』と言っています。息子には事件の詳細は話していません」(元妻の証言)
10月2日、大津地裁の畑口泰成裁判長は「離婚や元妻から名誉棄損で告訴されたことなどによる逆恨み的な犯行。一貫した目的に沿っていて、衝動的に犯行に及んだものではない。深刻な精神障害は見当たらない」として、懲役5年を言い渡した。起訴事実を否認し、最終意見陳述でも「釈放されるべきだ」と述べていた橋本被告の心中やいかに。
<取材・文/諸岡宏樹>
【諸岡宏樹】
ノンフィクションライター。1969年生まれ。三重県出身。週刊各誌で執筆。著書に『実録 性犯罪ファイル 猟奇事件編』『実録 女の性犯罪事件簿』。別名義でマンガ原作も多数手がける



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