
長年連れ添ったパートナーの死は、深い悲しみだけでなく、時に想定外の事実をもたらすことがあります。それは、感情だけでは割り切れない遺産相続という現実的な問題に直結します。法律は「まさかの事態」に対して、どのように定めているのでしょうか。
子のいない夫婦…夫の葬儀で抱いた違和感の正体
「今では笑い話だけどねぇ」
そう言ってカラッと笑うのは、都内のスーパーでパートとして働く恵子さん(72歳・仮名)です。厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金受給者の平均受給額は月額14万6,429円。恵子さんが受け取る月14万円の年金も、ごく平均的な金額といえるでしょう。それに加え、時給1,280円のパート収入が、現在の彼女の生活を支えています。
半年前に、50年連れ添った夫の正一さん(仮名・享年74歳)が亡くなりました。若い頃はその派手な女性関係に頭を悩まされたこともありましたが、それも遠い昔のこと。夫婦水入らずの穏やかな老後を送っていた矢先のことでした。
しかし、夫の葬式で、恵子さんはある光景に違和感を覚えました。焼香の列のなかに40代ほどの男性がひとりいたのです。夫の葬儀の参列者としては若すぎる知り合い——。
そこで葬儀のあと、恵子さんは男性に声をかけることにしました。男性は恵子さんに話しかけられ、ギョッとした表情を見せたといいます。夫との関係を尋ねると、男性は一瞬しどろもどろになりながら「新卒のころお世話になり……」と、仕事関係者だと主張しました。恵子さんが「それなら仕事関係の参列者に声をかけましょうか」と促すと、男性はさらに動揺した様子でした。不信感が募るなか、男性は観念したように、後日改めて挨拶することを約束してその場を去ったそうです。
「後日、男性から連絡があり、衝撃の事実がわかりました。男性は亡くなった夫の血のつながった子どもだと……」
正一さんの不倫問題で何度か離婚の危機がありましたが、まさか隠し子がいたなど想像もしていませんでした。50年という長い結婚生活で、一度も聞かされたことのない「秘密」だったのです。
実は、正一さんは男性を自身の息子として認知していただけでなく、大学を卒業するまで金銭的な支援を続けていたそうです。そのため、男性は正一さんに対して大きな恩を感じており、「せめて線香の1本でも」との思いで葬儀に参列したとのことでした。
「男性はそれ以上は望まないと言っていたのですが……」
恵子さんと正一さんの間には子どもがおらず、都内の自宅と1,000万円ほどの預貯金はすべて自分が受け取るものだと考えていました。しかし、法律上の相続分は妻である恵子さんが2分の1、そして夫が認知した息子が2分の1となります。男性は相続を受けるつもりはないというものの、「事実を知った以上、私にも意地みたいなものがあって」と恵子さん。男性と話し合いの場を設けて、預貯金について2分の1ずつに分けることにしたといいます。
「自宅まで分けると住むところがなくなってしまうので。でも、預貯金はしっかりともらってもらいましたよ。何度も裏切られても、結局許して、50年も一緒にいたんです。子どもの1人や2人いても変わりませんよ。それなのに、あの人は墓場まで持っていこうとした。そのことが、本当に許せなかったんです。だから、遺産を受け取ってもらったのは意地です、意地」
自身で下した決断とはいえ、恵子さんが受け取る遺産(預貯金)は、想定していた額の半分になってしまいました。老後資金が減った分、アルバイトをして老後不安をやり過ごそうと考えているといいます。
「夫の葬儀で、まさかそんな光景を目にするとはねぇ。働くこと? 楽しいですよ。健康にもいい。あの人が隠したかった秘密を知ったとしても、とことん明るく生きる……旦那に対するちょっとした復讐です」
法律は感情とは別に「子の権利」を認めている
相続において隠し子が発覚する。まるでドラマのような出来事は、珍しい話ではありません。こうした事態に直面したとき、遺産相続は法律に基づいてどのように進められるのでしょうか。
まず最も重要なのが、亡くなった人と子の間に法律上の親子関係が成立しているか、という点です。婚姻関係にない男女の間に生まれた子(非嫡出子)の場合、父親が「認知」をすることで法律上の親子関係が成立します。認知は生前に行うことも、遺言によって行うことも可能です。この認知がなされていれば、その子は相続人としての権利を持つことになります。
次に、相続分の割合です。かつて、非嫡出子の法定相続分は、婚姻関係にある夫婦の間に生まれた子(嫡出子)の半分とされていました。しかし、この規定は法の下の平等に反するとして、2013年9月4日に最高裁判所が違憲であるとの決定を下しました。これを受け、民法が改正され、現在では非嫡出子の相続分は嫡出子と完全に同等となっています。
法定相続分の基本的なルールは、相続人が配偶者と子の場合、配偶者が2分の1、残りの2分の1をすべての子で均等に分け合うことになります。
恵子さんのケースでは、夫婦の間に子がおらず、夫が認知した子が1人いたため、配偶者である恵子さんが2分の1、子が2分の1を相続することになりました。もし、恵子さんと夫の間にも子どもが1人いた場合は、配偶者の恵子さんが2分の1、残り2分の1を2人の子どもで分けるため、それぞれ4分の1ずつの相続分となります。
長年連れ添った配偶者の裏切りに対する感情的なショックは計り知れません。しかし、遺産相続は個人の感情とは切り離され、法律のルールに則って進められます。子の出自によって相続において差別されない、という法的な要請があることも、こうした万が一の事態に備えるうえで知っておくべき知識といえるでしょう。
[参考資料]
法テラス『遺産分割に関するよくある相談』



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