
都会での生活に疲れ、自然豊かな田舎での“スローライフ”を夢見るシニア層が増えています。中でも「古民家暮らし」は、定年後の新たな人生設計として人気です。リノベーションによって蘇った木造住宅で畑を耕し、地域に溶け込む生活――SNSやテレビでも理想的な老後として取り上げられる機会が増えました。しかし、現実は理想どおりにいかないことも多く、寒さ・虫・設備不備などの“ギャップ”に悩まされる人も少なくありません。
「夫婦で古民家に引っ越したよ」突然の報告に…
都内で働く会社員の山田彩子さん(仮名・43歳)は、両親からの突然の連絡に戸惑いました。
「引っ越すことにしたの。XX県の山奥の古民家。いい感じの物件があって、すぐに決めたのよ」
72歳の両親は、父が3年前に定年退職し、退職金は約2,000万円。年金は夫婦で月17万円ほど。特に病気もなく、慎ましく暮らせば十分に生活は可能なはずでした。
「テレビで見た“移住生活”に憧れていたようで、母がずっと情報を集めていたみたいなんです。でも、急に本当に引っ越すなんて…」と、彩子さんは当時を振り返ります。
それから半年後。彩子さんは夏休みを利用して両親の暮らしを見に現地を訪ねました。
しかし、玄関を開けて出迎えた母の姿に、言葉を失います。
「Tシャツにエプロン、頭にタオルを巻いて、庭で泥だらけになって薪割りしていたんです。“母さん、何してるの?”と思わず言ってしまって…」
室内は夏でも湿気がこもり、台所には換気扇もなく、小さな虫が飛び交っていました。お風呂は薪で沸かすタイプで、給湯器はなし。エアコンもないため、真夏の寝室は蒸し風呂のようだったといいます。
「正直、実家の方がよっぽど快適だった。何より、母が無理して頑張っているのが伝わってきて、胸が痛かったです」
母は「これも慣れよ」と笑っていたものの、冬場には水道が凍り、トイレが使えなくなることも。リノベーション済みと聞いていた家も、実際には老朽化が進んでおり、修繕費が想定より大幅にかかっている状況でした。
「最初に500万円くらいかけて手を入れたんだけど、やっぱり次から次へと出てくるのよ。床が抜けたり、屋根裏から動物の足音がしたり…」
節約のためにお風呂も2日に1回、買い物は片道40分かけて町のスーパーへ。病院まで車で1時間以上という不便さも、老夫婦には堪えるようになっていました。
老後資金と移住リスクの“見えにくい落とし穴”
移住そのものにリスクがあるわけではありません。しかし、住み慣れた環境を離れることの影響は想像以上に大きく、特に高齢者にとっては心身への負担が増す可能性もあります。
さらに、古民家は「固定資産税が安い」「物件価格が格安」といった利点がある一方で、維持費や断熱対策などの“隠れたコスト”が大きく、年金生活には重荷になるケースもあります。
「薪割りはこれからどんどん負担になるんじゃない?」「また倒れたらどうするの?」――彩子さんは訪問後、両親と何度も話し合いを重ねました。
数週間後、母から一通のLINEが届きました。
「あなたの言う通りかもしれない。もう少し町に近いところに引っ越そうかしら」
今は少しずつ、新しい物件探しを始めているといいます。
田舎暮らし・古民家移住は、確かに心を惹かれるライフスタイルです。しかし、「健康状態」「気候・設備」「病院・インフラの距離」「生活費の見通し」など、冷静な下調べと家族との共有が不可欠です。
「老後の夢」には責任が伴います。快適さだけでなく、安全性や将来の介護も視野に入れた暮らしの設計が求められる時代です。



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