

『シャーロック・ホームズ』の作者として有名なアーサー・コナン・ドイル。しかし、彼自身はこの名探偵よりも、むしろ「心霊主義の擁護者」として後世に名を残したいと願っていた。
1930年7月7日死没、享年71歳。彼の晩年は、霊界との交信や超常現象の探究に捧げられていた。
最近になって、イギリスの国立図書館である大英図書館[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%8B%B1%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8]は、コナン・ドイルが死の2か月前に行った心霊主義についての演説の音声と、死の4年後に交霊会で録音されたコナン・ドイルの「霊の声」と言われているものを公開した。
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心霊主義(スピリチュアリズム)とは
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心霊主義とは、19世紀半ばのアメリカで生まれた思想で、死後の世界の存在や霊との交信を信じる宗教的・哲学的運動のことだ。当時、電信技術の登場によって「目に見えない何かの力で遠くとつながる」ことが現実になったことが、この思想を後押しした。
また、南北戦争(1861年~1865年)や第一次世界大戦(1914年~1918年)で多くの命が失われた時代でもあった。人々は亡き家族との再会を切望し、心霊主義を頼りにして、霊能者[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E5%AA%92](霊と交信できると主張する人)の元を訪れるようになっていた。
1857年、フランスの教育学者であり、霊の知識体系(スピリティズム[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0])の創始者として知られるアラン・カルデックは、著書『霊の書』で次のように述べている。
人間の「自由意思」には、エーテルや電気を介して、霊に影響を及ぼす力があると考えられる。もし霊が我々と同じように知性と自由意思を持ち、同じチャネル(通信回路)の中にいれば、互いに意思疎通できるだろう。そのチャネルは、世界の創造者による崇高な発明のひとつであり、霊と我々を隔てている時間や空間を取っ払ってくれる機能を持つのだ。これは、電信電気の発明以前には不可能なことだった。

息子の死をきっかけに心霊主義に没頭
コナン・ドイルが心霊現象に興味を持ち始めたのは1880年代頃で、ちょうど彼が医師として働きながら作家活動を始めていた時期と重なる。当時から心霊現象や超常現象の本を読み、交霊会(セアンス)[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9C%8A%E4%BC%9A]にも参加していた。しかし、この時点では「関心」の域を出ておらず、のめり込むほどではなかった。
決定的な転機になったのは、1917年、第一次世界大戦で息子キングズリーを失ったことだった。この悲劇の後、ある交霊会で息子と交信できたと信じた彼は、本格的に心霊主義を広める活動を始めた。生涯で60冊以上の著書を残したが、そのうち20冊は心霊主義に関するもので、なかでも『スピリチュアリズムの歴史』は二巻から成る力作だった。
Amazon : スピリチュアリズムの歴史 (訳: 吉田高志)
興味深いのは、彼がマジシャンのハリー・フーディーニ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B]と親交が深かったことだ。フーディーニも死後の世界に関心を持っていたものの、霊能者による詐欺を暴く立場もとっていた。両者の関係は、コナン・ドイルの妻ジーンがフーディーニの亡き母親と交信できたと主張した交霊会を境に、決裂した。彼の母親はユダヤ教であったのに、霊能者によって書かれた「母からのメッセージ」がキリスト教の十字で始まっていたからだ。


コナン・ドイル、死の2か月前の演説
コナン・ドイルは1930年5月、死の2か月前に心霊主義についての演説を行った。この録音は大英図書館に保管されている。演説の冒頭では次のように語っている。
「心霊学から何を得られるのか?」とよく聞かれるが、まず、死の恐怖から完全に解放されること。次に、愛する故人とつながることができること。わざわざ、彼らに戻って来てくれと頼む必要はなく、私たちはただ、これまでの経験から得た条件をお膳立てしてやればいい。そうすれば、彼らが来たいときにこちらの世界に来られるのだ。主導権はいつでも彼らのほうにある。
彼の死の6日後、1930年7月13日、ロンドンの演劇場「ロイヤル・アルバート・ホール」で6000人の観客が押し寄せる大規模な交霊会『アーサー・コナン・ドイル追悼降霊会』が開催された。コナン・ドイルのための空席の椅子が用意され、霊能者は「彼が来ている。彼がこの席に座った」と主張した。この交霊会の非常に詳細な記録が、演劇場の公式サイト[https://catalogue.royalalberthall.com/Record.aspx?id=Ybcfuxokiobowb&src=CalmView.Performance]で閲覧できる。
交霊会でコナン・ドイルの「霊の声」が録音される
そして4年後の1934年4月28日、実業家ノア・ザーディン(Noah Zerdin)が出資するエオリアンホールでの交霊会で、560人の観客が見守るなか、コナン・ドイルの霊の声が録音された。
ノア・ザーディンは帝政ロシアにユダヤ人として生まれ、迫害を逃れてロンドンに移住。オックスフォード・ストリートで毛皮商として成功を収めたが、自宅兼店舗の火災で妻のベルタを失ったことをきっかけに、交霊会にのめり込んだ。
エオリアンホールの交霊会では、アセテート盤[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%88%E7%9B%A4]を用いた大規模な録音装置が導入され、どこからともなく聞こえてきたとされる音声が26枚のディスクに録音された。この録音には、44人の霊の声が入っていたとされ、そのうちのひとつがコナン・ドイルの霊の声だと主張されている。
非常に聞き取りにくいこの「声」は、霊能者の尽力によって次のように翻訳されたとされている。
神よ、感謝します。偉大なる御加護がすべての善きものを助けてくださいますように。また、私の息子たちと最愛の妻ジーンをお守りください。神よ、私たちの(心霊主義の)運動が前へ進むようお導きください。彼方へ、前へ進むことこそが、アーサー・コナン・ドイルの願いです。
この録音ディスクは、67年の歳月を経て、2001年に孫のダン・ザーディンによって物置から発見された。2002年、イギリスの公共放送であるBBCラジオはこれを元に『おじいちゃんは暗闇で何をしてたのか[https://www.youtube.com/watch?v=-1pQ2ozz88o]』というドキュメンタリーを制作。その後、このディスクは大英図書館に寄贈された。
大英図書館は次のようにコメントしている。
録音された証拠は、なんら説得力のあるものではなく、「翻訳」が伴わなければ、聞き手にとって意味のある内容とは感じられないであろう、短いコメントの断片にすぎません。

科学的捜査の象徴であるホームズの生みの親が、死後の世界に強い信念を抱いていたという事実は、少し不思議にも感じられる。しかしコナン・ドイルにとっては、目に見えない真実を探ることこそが、自らの使命だったのかもしれない。
References: IO9[http://io9.com/an-actual-recording-of-arthur-conan-doyles-spirit-fro-1572329022] / Arthur Conan Doyle[https://www.arthur-conan-doyle.com/index.php/Conan_Doyle_spirit_voice_from_beyond] / Typepad.co.uk[https://web.archive.org/web/20140815134918/http://britishlibrary.typepad.co.uk/english-and-drama/2014/05/the-spirit-voice-of-sir-arthur-conan-doyle.html]



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