

1930年代に死んだ犬を蘇生させる実験を行った人物として知られている、ロバート・E・コーニッシュ博士。だが彼は人間に対しても同様の実験を試したいと望んでいた。そして、ある死刑囚が志願してきたため、カリフォルニア州に蘇生実験の許可を求めて掛け合った。
ロバート・E・コーニッシュ(1963年没、享年60歳)は、18歳で米カリフォルニア大学バークレー校を卒業、22歳で博士号を取得した。かつて神童と呼ばれた人物である。
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犬を対象とした実験
コーニッシュ博士の犬を実験台としたその内容を聞けば、愛犬家でなくても思わずすくみ上がるだろう。
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まず犬を極度の低酸素状態に陥らせ窒息死させる。その死体にアドレナリン等の薬剤を注入したうえで、死体をシーソーの中央に上に置く。このシーソーは重力を利用して血流を生み出すために繰り返し揺らされる。博士は、1934年と1935年に犬の蘇生に成功したと主張していた。
ただし、それも「成功」と呼べるものだったのかは疑わしい。当時のTIME誌の記事には次のように記されている。
心拍が途絶えて6分が経過した犬の死体をシーソーに移動した。そこで犬にアドレナリン等を注入した上で、博士は犬の口に息を吹き込み、助手はシーソーを揺らした。
犬はあえぎ、脚がぴくぴくと動いた。心臓がはじめは弱々しく、そして突然ハンマーのように鼓動しはじめた。犬はその時、生きていた。
犬は8時間13分もの間、まるで悪夢にうなされるかのように昏睡状態に陥り、コーニッシュ博士は回復を早めるためにブドウ糖を注射した。すると血栓が形成され、犬は再び息を引き取った。今度こそ、永遠に。
Science: Lazarus, Dead & Alive – 1934年3月26日 – TIME[https://time.com/archive/6894500/science-lazarus-dead-alive/]
余談: 人体に対する心肺蘇生法の歴史
なお、現在主流となっている救急救命の心肺蘇生法(CPR)、人工呼吸+胸骨圧迫の組み合わせが確立されたのは1960年代前半のことである。1958年には口対口の人工呼吸の優位性を実証した論文が発表[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/13526920/]され、1960年には胸を切り開かなくても体の外から胸骨を圧迫することで血流を維持できることを発見した論文が発表[https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14411374/]されている。
博士に蘇生を希望した死刑囚
さらに1935年には処刑された死刑囚の蘇生を試したい旨の発表をした。これに対して、カリフォルニア州にあるサン・クエンティン州立刑務所に収監されていたトーマス・マクモニグルが名乗り出た。

死刑囚の蘇生実験は認められず
マクモニグルは本物の怪物だったのかもしれない。フランケンシュタイン博士に自らを差し出したからではない。彼は当時14歳のソラ・チェンバレンを誘拐し、殺害したのだ(少女の遺体はいまだに発見されていない)。また、別の殺人についても自白したと言われている。
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1947年、コーニッシュ博士はカリフォルニア州更正課に赴き、この囚人がガス室送りになった後、蘇生実験を実施させて欲しいと請願した。
当時、サン・クエンティンの刑務所長であったクリントン・ダフィーは、処刑後にガス室の換気が済むまで30分かかるうえ、安全のために遺体は最低1時間はガス室に放置されることを理由に、コーニッシュ博士の要請を却下した。
しかし、これで引き下がる博士ではなかった。彼はダフィーの決定を控訴し、自らの理論を証明するためにサン・クエンティン刑務所のものを模したガス室で羊を殺し、これの蘇生にも成功していると述べた。
それでも、ダフィーの決定が覆ることはなく、カリフォルニアの裁判所も同様であった。1948年2月20日、マクモニグルは蘇生の望みを断たれたまま、ガス室へと足を踏み入れた。

だが、仮にこれにコーニッシュ博士が立ち会って、マクモニグルの蘇生に成功したとすれば、どうなるのだろうか?
彼はガス室で処刑され、自らに科された刑を全うしたのだから、州には釈放する義務が生じたのだろうか?

コーニッシュ博士の要請が最終的に却下された理由は、実験が成功してしまうとマクモニグルを釈放しなければならなくなると、カリフォルニア州が恐れたからではないかと推測する向きもある。
これについてはまだ確認がとれていないが、一部始終が書かれた新聞記事が発見されている。1947年3月14日付のサンマテオ・タイムズ紙によれば、マクモニグルはまだ公判が行われていない2件目の殺人について自白しているのだから、実験後に自由になることはないとコーニッシュ博士は主張していた。
しかし、その数ヶ月後、タスカルーズ・ニューズ紙に対して、「弁護士から囚人が蘇生すれば、法的には自由になると言われた」と語っている。

死刑囚の蘇生実験を試みた研究者は他にも
フランク・スウェインは『ゾンビの作り方(How to Make a Zombie)』という著作の中で、死刑囚の蘇生実験の許可を求めた科学者はコーニッシュが最初ではないと指摘している。
ガス室の発明者デロス・A・ターナー少佐が、1924年にガス室送りとなった最初の死刑囚ジー・ジョンの蘇生実験の許可をネバダ州に求めていた。
もちろん、ターナーの動機はかなり異なる。彼はガス室で処刑された囚人が生き返らないことを公表したかったのだ。だが、ネバダ州はこの申請を却下している。
References: Utterlyinteresting[https://www.utterlyinteresting.com/post/robert-e-cornish-the-biologist-who-wanted-to-bring-dead-dogs-back-to-life] / TIME[https://time.com/archive/6894500/science-lazarus-dead-alive/] / Alphahistory[https://alphahistory.com/pastpeculiar/1934-doctor-revives-dead-see-saw/]



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