ジェフジョンソンジェニファー・マクシアは、物をため込んで捨てられない「片付けられない症候群」の母親のもとで育った。そんな状況にいたたまれなくなった兄妹は家を出た。

 家を出てから20年、その母親が亡くなり、家は彼らのものになった。ふたりの兄妹は再び実家を訪ねた。わかりきったことであるが、やはり家はゴミ屋敷となっていた。

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 ジェが17歳までこの家にいたが、家の中には文字通り居場所がなかった。彼がまだ幼い頃から母親は物をため込むようになり、ゴミを捨てたり、きちんと整頓するということを一切しなくなった。

 1995年、高校を卒業した年にジェフはたまりかねて家を出た。それから20年がたち、ジェフと妹のジェニファーは、ネブラスカ州オハマの実家に足を踏み入れたが、状況はなにも変わっていなかった。

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 37歳になったジェフは、この20年の間に母親を訪ねたことはあったが、母親を迎えにきただけで家の中には入らなかった。双子で同い年のジェニファーは、カウンセラーの勧めで二度ほど戻ってきたことがあったが、恥ずかしい思いがよみがえってくるだけだった。

 しかし、そんな母親が12年に渡る乳ガンとの闘病の末他界し、ゴミ屋敷ジェフジェニファーに遺された。昔と変わらない散らかり放題を再び目にしたふたりは、このゴミ屋敷の一連の写真を撮って、自分たちの子供たちの姿を重ね合わせ、物をため込んで捨てられない親をもった子供の現実を記録することを思いついた。

 2013年、母親が乳ガンで亡くなったあと、同い年の妹ジェニファーもジェフと一緒にこの過去に向き合った。この写真は、1993年に兄妹が去って以来、手つかずになっていた浴室の写真にジェニファーの4歳の娘を重ね合わせたもの。

 写真家であるジェフは、自分たちがそうだったように、自分の息子やジェニファーの娘が現地で本物のゴミに囲まれて日々暮らす様子を写真に撮りたいと思っていた。

 しかし、ぼろぼろの家はとても危険だったし、感情的にもまだ整理がついていなかったため、フォトショップを使って、子供たちの姿を重ね合わせる方法をとることにした。だが、あまりに生々しい現実的な写真は、ジェフにとって折り合うのがとても難しい不安定な感情を呼び覚ました。

ゴミ屋敷で育ったという羞恥や戸惑い、恐怖の感情をどう表現していいのかわからない」今でもオマハ近辺で仕事をしているジェフは語る。

 「人からは、どうして全部処分してしまわないんだ?と言われるが、そんなに簡単なことじゃないんだ。物が捨てられない人たちは、物に対する執着心が根深い。バカげたことのように思えるが、それが彼らにとっての秩序の感覚なんだ」

 「妹と一緒にすべて処分しようとしてみたけれど、なにかを動かしたら、母親がとても取り乱すような気がするんだ。過去に戻ることは、感情的な体験がよみがえることだ。子供の頃、人が訪ねてきたときに、ドアを開けたらひびが入ってしまった。それ以来、家に人を呼んだことはないよ」

 これらの写真は、ジェニファーにとって単に居心地が悪いと思っていた家は、子供にとってふさわしい場所ではなかったということを理解する手助けになったという。

 ジェニファーの寝室:カビだらけのこんな汚い部屋に子供を入れたくないと、ジェニファーははっきり言う。この部屋は危険だし、彼女にとって複雑な感情の空間が広がっている。このような環境に決して娘をおくことはないことをわかってもらいたいと思っている。

 1995年の冬、配管が破裂したのをきっかけに、17歳ジェフは堪忍袋の緒が切れてついに家を出た。「この寒いのに暖房もなく、自分がなんとかしなくてはならなかったけれど、こんな状況になるまで自分の生活を追い詰めなくてはならないのは酷だった。もうこれ以上我慢できなかったんだ」

 「なにかが壊れても、決して直すこともない。冷蔵庫もろくに動いていないから、冬は裏口に食べ物を置いておいたり、夏は外で冷やしたりした。高校3年の1月、ついに配管が壊れてしまい、出ていくほかなかった。暖房がなくてとても寒く、ぼくはまだ17歳だった。こんな状況になるまで自分の生活を追い詰めなくてはならないのは酷だった。そんな重荷はぼくの手に余ることだった。だから家を出たんだ」。ジェニファーはすでにもう家を出ていったあとだった。

 ジェニファーはジェフより1年半ほど早く家を出ていた。彼女は15才のときに家を出て、同じ村に住む父親と一緒に住み始めた。2001年に大学を卒業するまで一度も家に戻らなかった。「カウンセリングを受けて、あのゴミ屋敷がわたしが対処しなくてはならない問題の大部分を占めていることがわかったの」。今はフロリダに住むジェニファーは語る。

 「とりあえず友だちを連れて家に戻って、恥ずかしく気まり悪い感情と対決するべきだとカウンセラーにアドバイスされたわ。それは、わたしたちの生活を知らない他人には、わからない感情なの。誰も家に呼ぶことができなかったし、そんな状況をそのまま放置したという感情よ」

 人が訪ねてくると、ドアの後ろにかくれなくてはならないジェフ。人を家の中に入れることもできない。ジェニファーはカウンセラーにアドバイスされて、大学を卒業したときに家に戻り、恥ずかしいという感情に立ち向かった。

 一緒に戻ってきたということが、ふたりにとって重要なことだった。お互いに子供の頃、どんな経験をしたかを知り尽くしているから。

 「家に足を踏み入れたとき、記憶がどっとよみがえってきた。きつかった。ママはもうここにはいないけれど、入ることを許してくれた」。「友人がふたり一緒に来て支えてくれたけど、家の状況を見て、彼らが引くのはわかっていた」。

 数年後、ジェニファーは夫となる男性と一緒に再び家に戻ってきた。そして、2013年ついに兄のジェフと一緒に戻ってきた。「これはふたりにとって、とても重要な瞬間だったわ。どんな経験をしたのか理解している者同士が一緒にここに立つということがね。わたしたちは思い出話ができるし、今は両方とも親となって、自分たちが子供の頃にどんな影響を受けたのか、じっくり考えることができる。自分の子供たちをゴミ屋敷の写真のフレームの中に置いてみることは、精神的に浄化されるような気がした。どんな風に自分が影響を受けたのかをよく理解できる助けになった」。

via:dailymail[http://www.dailymail.co.uk/news/article-3033024/Growing-hoarder-Photographer-revisits-mother-s-trash-ridden-home-time-20-years-left.html]・原文翻訳:konohazuku[http://konohazuku99.cocolog-nifty.com/blog/]

 「娘がわたしの汚い部屋にいるのを見るのは、たとえそれが現実ではなくても、わたしにとって大きなことだった」。「外部からの視点で見たら、この家は子供にふさわしいとはとても言えない」。「当時はそれが本当にわかっていたとは思えないけれど、子供のためにも、これは理解しなくてはならない大きく複雑な感情的テーマなの」。

 ふたりは母親が死ぬまで見捨てないでいくことをはっきり決めていた。そんななんとも複雑な感情を植えつけたのもその家だった。「ぼくたちの母親は複数の仕事を掛け持ちして懸命に働き、子供ふたりを育てなくてはならなかった。家がごみ溜めのようになっていても、母親を責めることはできない」ジェフは言う。「とはいっても、ぼくたちにとっては難しいことだけど」。

●ごみ屋敷とは

 ごみが野積みの状態で放置された、ゴミ集積所ではない建物(主として居住用)もしくは土地のこと。居住者が自ら出すごみはもとより、近隣のごみ集積所からごみを運び込んだり、リサイクル業を営んでいるとしてごみを溜め込んだりする。

 精神医学の見地では、強迫性障害(OCD)において、異常行動のひとつの類型として「収集癖」(Hoard、死蔵・退蔵・保蔵、もしくはHoarding、ホ―ディング)が生じることが報告されているが、ごみ屋敷の発生理由については定説はない。

 悪臭やネズミ、昆虫(特に害虫)の発生等により近隣の住民に被害が及ぶほか、ボヤや放火などの犯罪に遭いやすいことから問題視されており、主に民放テレビキー局のワイドショーやニュースで報道され、社会問題として取り上げられている。

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