老後資金は十分に備えているから安心――そう考えている人は多いでしょう。しかし高齢者の生活には、お金だけでは解決できない深刻な問題が潜んでいます。年末に住まいを失ったある高齢男性のケースをみていきます。

「自分は大丈夫」…高を括っていた男性に突き付けられた「高齢者の賃貸事情」

「まさか、この歳になって外で夜を明かすことになるとは思いもしませんでした。財布には現金もカードもあるんです。お金は十分にあるはずなのに、雨風をしのぐ場所ひとつ確保できない。この年齢でファーストフード店の硬い椅子に座りながら夜を明かすなんて、情けないやら悔しいやら……」

高田健一さん(75歳・仮名)。 現役時代は中堅企業の営業職として働き、現在は独身。厚生年金は月額約18万円、退職金と合わせた貯蓄は2,000万円を超えており、いわゆる「老後破綻」とは無縁の生活を送っていました。

高田さんの生活が一変する予兆は、今年の初め。 20年以上住み慣れた賃貸マンションの管理会社から、1通の封書が届いたことが始まりでした。内容は「建物の老朽化に伴う取り壊しと、立ち退きのお願い」。期限は今年の11月末日までと記されていました。

「正直、最初は焦りもしませんでした。立ち退き料も出ると書いてあったし、私には十分な蓄えがある。家賃を少し上げて、もっと良い設備の新築マンションにでも引っ越そうか……なんて、旅行の計画でも立てるような気分でいたんです」

「今年の夏は暑かったから、新居を探すのは涼しくなってから」と余裕をかましていたとか。 秋になり涼しくなってきたころには、退去期限もチラつくように。そこで近所の不動産会社を訪ねました。住み慣れた街なので、できれば近くに引っ越したいと考えていたからです。

しかし、窓口の担当者は高田さんの年齢を見た途端、申し訳なさそうな顔でこう告げたといいます。

「お客様、大変申し上げにくいのですが……75歳以上の単身の方ですと、ご紹介できる物件が極端に少なくなります。見守りサービスへの加入や、親族の連帯保証人が必須になるケースがほとんどでして」

高田さんには兄弟はおらず、唯一の親族である遠縁の甥とも数十年連絡を取っていません。それでも「金ならある」と通帳の残高を見せ、家賃の数年分を前払いする提案までしましたが、結果は惨敗。 5社、10社と不動産会社を回っても、返ってくるのは「大家さんが高齢者の入居を嫌がる」というつれない返事ばかりでした。

「孤独死のリスク、認知症によるトラブル、家賃滞納……。大家が怖がるのはわかります。でも、私はまだこんなに元気だ。それなのに、高齢者というだけでリスクだと思われる」

焦りのなかで時間は過ぎ、気づけば退去期限の11月30日。 新居は決まらず、荷物はトランクルームに押し込んだものの、自分自身の行き場がありません。ビジネスホテルも年末の繁忙期でどこも満室。途方に暮れた高田さんは、寒空の下、24時間営業のファーストフード店で夜を明かすことになったのです。

「金があっても借りられない」高齢者入居差別の現実

株式会社R65の調査(2025年)によると、65歳以上の「部屋探し」について、その理由のトップは「適切な広さへの住み替え」で36.2%。「家賃の低い物件への住み替え」が23.6%で続き、「立ち退き」は16.4%でした。

そして65歳を超えて賃貸住宅を探した際、「苦労した」と回答したのが42.8%。15.6%は「とても苦労した」と答えています。そして「年齢を理由に賃貸住宅への入居を断られた経験がある高齢者」は30.4%と、3人に1人の水準に達しています。

高齢者が賃貸物件を借りづらいのは、高田さんが直面した通り、「孤独死による事故物件化への懸念」や「家賃支払いの不安(保証人の欠如)」が主たるもの。預貯金の多寡に関わらず、「高齢・単身」という属性だけで、賃貸市場からはじき出されてしまうリスクが高いのです。

住宅セーフティネット法の改正などにより、高齢者の賃貸入居環境は改善の方向にあるといわれていますが、まだ入居拒否の割合は多いというのが現実です。

最終的に高田さんは、自治体の福祉窓口に相談しつつ、何とか自力で家が借りられたといいます。その間、ファーストフード店や漫画喫茶、カプセルホテルなどを渡り歩いたそうです。 「もう二度と引っ越しはしたくない」と語る高田さん。終の棲家をどう確保するかは、元気なうちから対策を講じておかなければならない、喫緊の課題といえるでしょう。

[参考資料]

株式会社R65『高齢者の住宅難民問題に関する実態調査(2025年)』