
「年齢を重ねると、騒がしい場所で人の話が聞き取りにくくなる」
そんな変化を感じたことがある人は少なくないでしょう。
実はこの「雑音の中で言葉を聞き分ける力」は、単なる耳の衰えだけでなく、脳の働きも大きく関わっています。
そして最新の研究によって、音楽訓練がこの能力の加齢による低下をおよそ10年分遅らせる可能性が示されました。
全インド音声・聴覚研究所(AIISH Mysore)のチームが発表した論文は、音楽を続けてきた人とそうでない人を幅広い年齢層で比較し、聴覚の「老化のスピード」に明確な差があることを明らかにしています。
研究の詳細は2025年4月の学術誌『Journal of Otology』に掲載されました。
目次
- 年を取ると「聞こえにくくなる」の正体とは
- 音楽経験が「聴覚の老化」を遅らせる理由
年を取ると「聞こえにくくなる」の正体とは
加齢による聴覚の変化は、「老人性難聴(presbycusis)」として知られています。
これは主に、高い音を感じ取る内耳の有毛細胞が、長年の使用や騒音曝露によって徐々に傷つくことで起こります。
しかし実生活で困りやすいのは、単に音が小さくなることではありません。
特に問題になるのが、雑音のある環境で言葉を正確に聞き取る能力です。
たとえば、レストランや駅の構内で会話が聞き取りづらくなる、複数人の会話についていけなくなる、といった経験は、この能力の低下と深く関係しています。
この機能は「騒音下音声知覚能力(Speech Perception in Noise:SPiN)」と呼ばれ、耳だけでなく、音を整理・選別する脳の働きが重要な役割を果たしています。
音楽経験が「聴覚の老化」を遅らせる理由
研究チームは今回、10代から50代までの音楽家75人と非音楽家75人を対象に調査を行いました。
全員が通常の聴力検査では「正常」と判定されることを確認したうえで、雑音の中で文章を聞き取るテストを実施しています。
その結果、純音を聞く基本的な聴力や内耳の機能には、音楽家と非音楽家の間に差は見られませんでした。
つまり、耳そのものの性能は同じだったのです。
しかし、雑音下での言葉の聞き取りでは明確な違いが現れました。
すべての年齢層で音楽家の成績は非音楽家を上回り、さらに重要なのは「低下が始まる年齢」です。
非音楽家では40代から成績の大きな低下が見られたのに対し、音楽家では同程度の低下が50代まで現れませんでした。
これは、加齢による騒音下音声知覚能力(SPiN)の低下が、音楽経験によって約10年遅れているように見えることを意味します。
研究者らは、音楽訓練によって音の微妙な違いを聞き分けたり、必要な音に注意を向けたりする脳の回路が鍛えられ、その効果が長期にわたって維持されている可能性を指摘しています。
今回の研究は、音楽訓練が単なる趣味や技能にとどまらず、加齢に伴う聴覚機能の変化を緩やかにする可能性を示しました。
ただし、この研究は異なる年齢層を同時に比較した横断研究であり、同じ人を長期間追跡したものではありません。
そのため、効果を断定するには今後の縦断研究が必要です。
それでも、音楽活動が「耳」だけでなく「脳」を含めた聴覚全体を鍛え、年を重ねても会話を楽しむ力を支えてくれる可能性が示された意義は小さくないでしょう。
Music training may delay age-related hearing decline by a decade
https://www.psypost.org/music-training-may-delay-age-related-hearing-decline-by-a-decade/
元論文
Non-Musicians Experience Early Aging in Speech Perception in Noise Abilities Compared to Musicians
https://doi.org/10.26599/JOTO.2025.9540020
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
ナゾロジー 編集部



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