ハロウィーン

 対局日は10月31日ハロウィーンである。千駄ヶ谷でも魔法使いジャック・オー・ランタンに仮装した子どもたちを何人か見かけた。

 先崎は対局開始の20分前には盤の前にいた。目を閉じて気を高める。鈴木も早めに対局室に入った。両者とも気合十分。5分前には対局準備が整った。

■乱戦

 鈴木の初手は▲7六歩、先崎の2手目は△6二銀。まずここで手が止まった。振り飛車党の鈴木に対して▲2六歩を誘った意味もあり、挑発的な手に見える。鈴木は3分半ほど考えて▲7八飛を選択。早指し戦では決断よく指さなくてはいけない。

【第1図】http://p.news.nimg.jp/photo/272/1667272l.jpg

 第1図の▲5八金左では▲6八金も考えられた。△8五歩に▲7七金が間に合う。▲5八金左は△5四銀なら▲6七金△8五歩▲7六金で大丈夫だが、すぐに△8五歩とされると8筋の受けが間に合わない。先崎は当然のように△8五歩。鈴木はバシッと力強い手つきで▲6五歩とした。これが開戦のゴング。力が入るのも当然だ。

【第2図】http://p.news.nimg.jp/photo/273/1667273l.jpg

 第2図に至るまでの数手は着手が早く、二人の手が盤上で交差することもあった。棋士には研究者と勝負師のふたつの顔があるといわれるが、この場面は勝負師としての気合が前面に出ていたように思う。

 先手は大駒2枚を失ったが、金銀桂との交換なので持ち駒は多い。加えて自陣には強固な美濃囲い、敵陣にはと金が残っている。解説の松尾歩八段は先手持ち。Ponanzaの評価値も先手+280点。鈴木も「普通は居飛車(後手)が避ける変化のはず」という。

 ただ、第2図で▲6二歩はよくなかった。鈴木は△4五角を「うっかりした」という。と金を取られては攻めが続かないので、▲5二銀でと金にヒモを付け、▲5六金から角を取りにいったが、この順も形勢を損ねる結果になった。▲6二歩では▲5二金、▲5六金では▲5四歩とすべきだった。

■「勝ち目がない」

【第3図】http://p.news.nimg.jp/photo/274/1667274l.jpg

 第3図の形勢は後手よし。しかし、▲3六金も粘り強い手だ。2七の地点を破られることを見越して、2六や2五の地点を厚くしている。結果的にこの金打ちが流れを変えるきっかけになったかもしれない。

 先崎は第3図の数手前に受けきりを狙う順を見送っている。玉頭攻めで勝つつもりだ。△2七桂成▲同銀△8九竜(第4図)はその方針に沿った手だが、ここは△2七香成▲同銀△4七桂成でじっくり攻めたほうが先手は困っていた。7八竜の利きがあるので4七の成桂が取られることはない。

【第4図】http://p.news.nimg.jp/photo/275/1667275l.jpg

 第4図で鈴木は「いやあ、勝ち目がない」とつぶやいた。棋士のボヤキを言葉どおりに受け取ることはできないが、「これは本心でした」と鈴木は後に話している。一方、ニコ生では大きな動きがあった。Ponanzaの評価が互角に戻っている。視聴者の驚きのコメントが画面上を流れた。

 鈴木は▲4五金左を指して肩を落とす。開き直った手だが、指されてみると意外に難しい。後手は4四馬が消えると玉頭攻めに迫力がなくなり、自玉も相当に薄くなる。自分の頭をバシバシとたたく先崎。「はあー、はあー」と深い呼吸音も聞こえてきた。3九銀は筋だが、▲同金△2七香成▲同玉△3九竜▲4四金△2九竜▲2八合で先手玉が詰まないため、先崎は踏み込めなかった。

 本譜は△2七香成▲同玉△2六銀▲同金△4五馬▲3六銀△6七馬▲5九桂と進んだ。これはもう激戦だ。▲5九桂で「闘志が湧いてきた」と鈴木。盤側からも鈴木の背筋が伸びたのが分かった。

■「どっちなんだ」

【第5図】http://p.news.nimg.jp/photo/276/1667276l.jpg

 迎えた第5図は終盤の難所。先崎は苦しんでいた。

 「どっちだべなあ......」
 先崎の声だ。△3八同銀成と△3八同銀不成のどちらもある。
 「ううううう」
 濁点をつけたくなるような先崎のうなり声。鈴木も前のめりになっている。
 「どっちだ、どっちなんだ」

 一分将棋まで考えて△3八同銀不成としたが、無情にも▲2七玉△2九銀成▲1八金で先手玉は耐えている。戻って、△3八同銀成も▲1八金で後手大変だった。すでに先手の流れになっていたのかもしれない。

■逆転勝ち

【第6図】http://p.news.nimg.jp/photo/277/1667277l.jpg

 第6図で先手が決め手を放つ。▲3九銀が終盤の手筋だ。後手はこの銀を取ると攻めが遅くなる。△3九同金▲4一と△同玉も▲6三角△2二玉▲5一馬で寄り筋だ。これで先手は▲4一とから▲3一とが間に合うようになった。最後は1歩も余らない詰み筋で鈴木が寄せきり、勝利をもぎとった。

 鈴木の2回戦の相手は村山慈明七段。鈴木は本戦出場を決めた際に、「自分より段位が下の棋士には負けないように頑張りたい」と話している。次戦もアツい勝負を期待したい。

(岩田大介)

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]【将棋】第1期叡王戦 本戦 先崎学九段 vs 鈴木大介八段 - 会員登録が必要
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・将棋叡王戦 - 公式サイト
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第1図