
■立憲が「目立たない」「存在感ゼロ」と批判されている
米国のトランプ政権によるベネズエラの首都攻撃とマドゥロ大統領の拘束という衝撃的なニュースで明けた2026年。思わず日本の政治に注目するのを忘れそうになるが、そうも言っていられない。こちらはこちらで激動期に入っているからだ。
高市政権の高支持率にわく自民党が、実は経済でも安全保障でも国民政党としての基盤をどんどん掘り崩しているのに、メディアの報道を通して見る政治の姿は奇妙に安定していて、漫然と「今」が続いていくかのような「ゆでガエル」状態にあるのが歯がゆい。
高市政権を脅かす存在が「見えない」ことがあるのだろう。野党第1党・立憲民主党の存在は、相変わらずメディアから「目立たない」「存在感がない」として冷笑の的になっている。野田佳彦代表自身が党の動画で「なかなかバズらないけれど」と苦笑したほどだ。
多くの国民に党の理念や政策を伝えるためには、確かに「目立つ」ことも必要だろう。ただ、現在のメディア環境のもとで「目立つ」ことばかりを狙えば、今後の立憲が目指すべき政党像から外れてしまい、かえって党の勢いをそぐことになりかねない。
今回は「目立つ」という言葉から、立憲の現在地と目指すべき方向性について書いてみたい。
■「目立つ野党」には2種類ある
立憲の「目立たなさ」を論じるには、メディア的に「目立つ野党」とはどういうものか、と考えるとわかりやすい。
メディアにとって「目立つ野党」には2種類ある。一つは、政権与党たる自民党の政局に直接影響を及ぼし、同党に寄生して自らの政策を実現させようとする政党。歴史的に「保守系第三極」「ゆ党」と呼ばれた政党だ。与党入りした日本維新の会や、党首が次なる与党入りを目指しているらしい国民民主党もこの仲間である。
「ゆ党」は自民党政権が盤石な時には見向きもされないが、現在のように自民党が衆参で少数与党に転落すれば、自民党の補完勢力として急に注目が集まる。彼らも自分たちを自民党に高く売ろうとする。
■目立つ野党は自民党政権の永続に手を貸している
もう一つは、国会などで自民党を徹底して邪魔することで、政権の行方に影響力を用いる政党だ。55年体制下の社会党や共産党のような、いわゆる「万年野党」をさす。衆院に小選挙区比例代表制が導入されて以降、国会内でこうした勢力の存在感は低下しつつあるが、識者などには今も、こうした野党観を持つ人が少なくない。
彼らは政府の予算案の成立を阻止しようとしたり、内閣不信任決議案を出したりすることで「反政権」の立場をアピールするが、その目的は「時の自民党政権の打倒」の域を出ない。政権が倒れても、次に新たな自民党政権ができることを当然視し、何事もなかったかのように「政権打倒」行動を繰り返す。
これら2種類の野党は一見両極にあるようだが、根っこの部分はよく似ている。要するに「自らの政権を樹立しようとしない」「自民党に取って代わろうとしない」ということだ。結局どちらも「自民党政権の永続」に寄与している。そういう野党をメディアが「目立つ」存在に仕立てるのは、メディアも55年体制下の価値観からいまだ抜け出ていない、ということなのだろう。
■メディアが「政権を取ろうとする野党」を理解できていない
立憲民主党が「目立たない」のは、メディアが作るこうした「与野党の枠組み」に収まらないからだ。立憲のように「自民党に代わり政権を取ろうとする野党第1党」は、メディアにとって「うまく論評できない」存在であり、「わけがわからない」として批判の対象になる。
「あるべき野党第1党」像を誰も描けていないから、内閣不信任案を出せば「政局で国民生活を犠牲にするのか」、出さなければ「政権を倒しにいかない腰抜け」と、真逆の批判が浴びせられる。
「政権交代可能な政治」を目指して衆院に小選挙区比例代表並立制が導入されて初の総選挙が行われたのは1996年。今年で30年になる。いまだに「政権の選択肢となる野党」の存在を理解できない政界の現状にため息が出るが、選挙制度については改めてどこかで書くとして、ここでは「立憲の現在地と目指すべき方向性」に絞って話を進めたい。
■議席数は野党で圧倒、自民との差は50議席
いまだ55年体制の中にいるような政界のなかで「政権の選択肢となる野党」が無視されている現状を述べてきたが、それでも衆院に小選挙区制中心の選挙制度を導入した結果、野党は必然的に第1党を中心にまとまり、自民党と1対1で対峙する形が、曲がりなりにも作られてきた。
小選挙区制のもとでの初の総選挙となった1996年には、その2年前に結党した新たな野党第1党・新進党が自民党に対峙した。翌年に同党が解党した後は、野党第2党だった民主党に元・新進党の多くが加わった新しい「民主党」がその役割を引き継ぎ、2009年に初の「選挙による政権交代」を実現させた。
民主党が再び野党に転じ、同党から改称した民進党が2017年の「希望の党騒動」で空中分解した結果生まれたのが、3代目の野党第1党となった立憲民主党(旧)だ。2017年総選挙後は衆院で55議席と、戦後最小の野党第1党だったが、その後国民民主党などかつての民主党勢力の多くや社民党の議員を迎え入れ、選挙でも党勢を拡大した。
今年で旧党結党から10年目を迎える立憲は、党として3度目となった2024年衆院選で148議席を獲得し、結党時の3倍近い勢力となった。衆院での自民党との議席差は約50。拮抗と呼ぶには物足りないが、かなり接近した。
一方、野党第2党の国民民主党との議席差は、約120に拡大。維新が与党に靡いたこともあり、野党の中では「立憲1強」となった。メディアが立憲の「伸び悩む」場面のみをことさらに強調し「立憲目立たない」コールを繰り返してきたことで、こうした現実が見えにくいだけのことだ。
■公明党の連立離脱で起きた変化
立憲自身の勢力拡大に加え、昨年(2025年)には四半世紀ぶりの大きな政治状況の変化があった。公明党の連立離脱である。
これには二つの意味がある。一つは、もとより自民党の亜流だった維新が与党に転じ、立憲と政策的に親和性が高い公明党が野党に加わったことで、与野党の政治理念や政策的な対立軸がわかりやすくなったことだ。
ざっくり言えば「頑張った人がより報われる」社会を目指し、所得格差を広げても経済成長を重視する新自由主義的な性格を持つ自維政権と、「頑張れなかった人も安心して暮らせる」社会を目指し、格差を縮小して「ぶ厚い中間層」の再構築を目指す立憲・公明など野党陣営、と言えよう。
■個別政策ではなく、目指す社会像で投票する
これまで有権者は「どの政党が減税を実現してくれるか」など、個別政策への興味から選挙での投票先を選ぶ傾向にあった。「より安い大根を探してスーパーを渡り歩く」のに近い。
だが、与野党の「目指す社会像」の違いが明確になれば、選び方も「品揃え全体を見てスーパーそのものを評価する」方向に変わるかもしれない。「私はどんな社会になってほしいのか、それは与党と野党のどちらに近いのか」を選択して投票する形に近づくかもしれない。政治スタンスの如何にかかわらず、それは望ましい傾向である。
もう一つは、公明党の離脱による自民党の選挙基盤の弱体化だ。公明党も支持層の高齢化で党勢の弱体化が伺えるが、それでも地方組織など選挙での「地力」については、維新や国民民主党とは比較にならない盤石さを誇る。自民党が維新や国民民主を与党に引き入れ、国会運営をかろうじて乗り切れたとしても、選挙はそうはいかない。
公明党が野党陣営として定着するかは、もう少し時間をかけて観察することが必要だろう。しかし、その動向によっては、与野党の力量差はさらに縮まる可能性もある。
■罵詈雑言・誹謗中傷は政権奪取の現実味が高いことの表れ
現実に昨年の秋、自民党は公明党の連立離脱によって、高市政権の発足に大きく手間取った。一歩間違えば立憲が中軸となる野党側に政権が移る可能性もあった。立憲が十分に政権の中核としての力量をつけたとは言い難いが、政治の現実はすでに、立憲を政権の座に「引っ張り出してしまう」可能性が、全くないとは言えない状況になっている。
年明けの立憲をめぐるネット世論は、常にも増して異様だった。党の公式アカウントがXで年頭のあいさつをしただけで罵詈雑言が浴びせられ、所属議員が「飲んだら乗るな」とごく普通のことを呟いただけで、誹謗中傷の嵐が吹き荒れた。
当事者にはお気の毒だったが、少し考えてみてほしい。立憲が本当に「目立たない」政党だったら、こんな粘着的な誹謗中傷・罵詈雑言が起きることもない。スルーされて終わりのはずである。あのネット上の馬鹿騒ぎに筆者は、立憲の政権獲得(つまりは自民党政権の崩壊)がより現実味を増しつつある現状を感じざるを得ないのだが、いかがだろうか。
■本当に「高市路線」しかないのか
繰り返すが筆者は、現在の立憲が「政権の中核政党として十分に成長した」とは、まだ考えられない。にもかかわらず現在の政治状況は、立憲に「自民党が崩壊しても日本が迷わぬよう、代わりの政権政党となる準備を急げ」と叱咤を与えているように思えてならない。
そんな中で当の立憲が、いまだに「野党の中で目立つこと」ばかりに汲々として、国民受けの良さそうな目立つ政策を掲げて自民党に実現を迫る「ゆ党」的な動きや、逆に自民党の政権運営の「邪魔」が自己目的化したような「万年野党」的な動きを繰り返していては、有権者の、もっと言えば日本政治の歴史的な期待に応えられない。昨夏の参院選で、自らの政治理念と合わない「食料品消費税ゼロ」に固執して伸び悩んだ愚を、いつまでも繰り返してはならない。
高市早苗首相は6日、時事通信社などが主催する新年互礼会で「(経済)成長のスイッチを片っ端から押す」と高らかにぶち上げた。経済成長は善であり、円の価値が下がっても株価が上がれば良い――安倍政権当時の立ち位置のまま「この道しかない」と信じている。
「本当にこの道しかないのか?」と疑問を突きつけてほしい。高市首相が考えるスイッチをいくら押しても経済成長が実現しないことを説得力を持って指摘した上で、低成長の時代でも生き延びられる新たな経済モデルを提示すべきだ。日本の経済社会が向かう方向性の舳先を少しでも変える。そのことを明確にしてほしい。
■批判を耐え抜け、無理に目立とうとするな
筆者は立憲に対し、国内の経済政策についての対立軸の構築を求め続けてきたが、今後はそれだけでは済まないかもしれない。国際政治の秩序も大きく変わりつつある。長く「外交は政権が交代しても変わらない」のが良いとされてきたが、今後は日米関係一本で全てを済ませてきた自民党政治を問い直す作業も必要かもしれない。大きな構想力が求められる。
立憲は現在の党の力量を大きく超えた多くのことを求められている。政権運営の責任を持たない他の野党に比べ、批判が大きくなるのも当たり前だ。それに耐え抜いてほしい。他の「目立つ野党」とは一線を画し、真の「政権の選択肢」「新たな国民政党」像を作り上げることが、2026年の立憲に課せられた課題である。
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ジャーナリスト
福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)、『野党第1党 「保守2大政党」に抗した30年』(現代書館)。
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