近年、出版不況と言われる中でも、比較的好調と言われてきたライトノベル。売り上げ的には若干落ち着いてきたとの分析もあるようだが、今年も複数作品がアニメ化されるなど、その人気はいまだ健在のようだ。また一方で、ここ数年は小説投稿サイト「小説家になろう」などに代表されるような、WEB発の作品が多数書籍化されるなど、新たな盛り上がりをみせており、新作、そして新人作家を取り巻く状況にも変化が起き始めているらしい。今回は毎年ライトノベルのランキングを発表している『このライトノベルがすごい!』(宝島社)編集部に、昨今のライトノベル新人賞の動向について話を訊いた。

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■『このライトノベルがすごい! 2016
このライトノベルがすごい!』編集部 / 宝島社
2004年から発行されるライトノベルのガイド本。毎年、作品、キャラクター、イラストレーターなどの多彩なランキングや、著者インタビューが話題に。また、ジャンル別の作品ガイドは隠れた名作を知るのに重宝する。今年度版では新作を特集するなどライトノベルの最新動向を知るのにも役立つ、ライトノベルファン必携の一冊。

――本日はありがとうございます。まず最近の動向の前に、過去のライトノベル新人賞の流れなどについて伺いたいと思います。『このライトノベルがすごい!』(宝島社)がスタートした2000年代以降の新人賞の受賞作を改めてご覧になって、どのようにお感じになりましたか。

このライトノベルがすごい!編集部(以下:このラノ編集部):『このライトノベルがすごい!』(宝島社)は2004年から刊行しており、今年で12年目になります。その年月の中で新人賞の動向については、2010年以前と以降で、少し状況が変わる部分があると思います。特にゼロ年代は、シーンの流れを大きく変えるきっかけになるような作品が新人賞から出てくることが多かったと感じますね。

――具体的にはどういう作品でしょうか

このラノ編集部: 例えば、2003年の第8回スニーカー大賞で大賞を受賞した『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫)は、ライトノベル学園モノの流れを決定付けた作品と言えると思います。それまでは、1989年の第1回のファンタジア大賞で準入選をした『スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)のようなファンタジー作品が長く続いた時期や、1997年に第4回電撃ゲーム小説大賞の大賞を受賞した『ブギーポップは笑わない』のような学園異能モノの流れがありましたが、ハルヒの登場でその流れが一気にひっくり返った印象がありましたね。
 2005年の第12回電撃小説大賞の銀賞を受賞した『狼と香辛料』(電撃文庫)も、学園モノが主流の中、商人を主人公に、経済という新鮮なテーマで多くの読者に支持されたのが印象的でした。また、2006年に第8回えんため大賞小説部門編集部特別賞を受賞した『バカとテストと召喚獣』(ファミ通文庫)は、当時学園ラブコメ作品が多い中で、ラブコメ要素を入れつつも、仲間でわいわいやる楽しみや、会話で楽しませる面白さが新鮮で、翌年の『このラノ』の作品ランキングでもTOP10入りしました。そして、2008年には『アクセル・ワールド』(電撃文庫)で川原礫さんが第15回電撃小説大賞の大賞を受賞。自身のサイトに掲載していた『ソードアート・オンライン』(電撃文庫)も刊行され、たちまち人気作家になっていきました。

――新人賞受賞作品や受賞作家に共通する部分は何かありますか。

このラノ編集部: レーベルによっても違いがあるので一概には難しいのですが、ヒットするしないに関わらず、新しいもの、流行の一歩先にある作品が多いということは言えるのではないでしょうか。
 新人賞はレーベルにとって、応募作品だけではなく才能を発掘する重要な機会でもあるので、いい意味で個性が強く、同時に冷静な分析力も持った人が選ばれているように思います。ですから、受賞作がヒットに繋がらなくても受賞2作目、3作目でヒットを飛ばす作家さんもいますね。
 実際、2004年には第0回の第MF文庫Jライトノベル新人賞で、のちに「残念系」の代表作とも言える『俺は友達が少ない』(MF文庫J)を書く平坂読さんが『ホーンテッド!』(MF文庫J)で優秀賞を受賞していますし、2008年には『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の渡航さんが『あやかしがたり』(ガガガ文庫)で、第3回小学館ライトノベル大賞を受賞しています。

――新人賞作品の魅力はどんなところにあるのでしょうか。

このラノ編集部: 新人賞作品の魅力は何と言っても、今までにない作品が読めるところだと思います。新人作家なので、荒削りな部分もありますが、次の世代を作っていく作家さんの作品をいち早く読めるのは本当に楽しみですね。
 特に電撃小説大賞は、『図書館戦争』(角川文庫)などで知られる有川浩さんの『塩の街』(電撃文庫)や、紅玉いづきさんの『ミミズクと夜の王』(電撃文庫)など既存のライトノベルとは少し異なったニュアンスの作品も選ぶ印象があります。これは、のちのメディアワークス文庫の創刊や、現在のライト文芸と言われるジャンルの盛り上がりなどにも繋がっているように感じます。

――先ほど、2010年以前と以降で新人賞の状況に違いがあるとおっしゃっていましたが、それはどういうことでしょうか。

このラノ編集部: 変化のポイントはいくつかありますが、主にはWEB小説の登場で、新人作家のデビューの形が変わってきたという点があると思います。それまでは、デビューといえば、各レーベルの新人賞に応募するというのが一般的でしたが、2010年代に入って急速にインターネット上に公開済みの作品の書籍化が増えてきたことで、書き手はもちろん、読者の意識も変わってきているように思います。
 実際、先にも挙げた、川原さんの『アクセル・ワールド』は小説投稿掲示板「Arcadia」に掲載されていたものですし、2010年には2ch掲示板から生まれた『まおゆう魔王勇者』(エンターブレイン)が書籍化されるなど、その兆しはありましたが、2011年にこのジャンルの先駆的存在である『レイン』(アルファポリス)のシリーズ累計部数が100万部突破したことや、当時小説投稿サイト「小説家になろう」で累計ランキング1位だった『魔法科高校の劣等生』(電撃文庫)や『ログ・ホライズン』(エンターブレイン)のヒットなどで広く認知されるようになります。さらに翌2012年にはWEB小説を中心に文庫判のライトノベルを刊行するヒーロー文庫(主婦の友社)が創刊しヒットを連発したほか、『オーバーロード』(エンターブレイン)などが登場したことで、読者の注目度も上がりました。
 また、こうした作品はWEB掲載時には無料なので気軽に読むことができますし、10年代に入ってスマートフォンが一般的になり、掲載サイトにアクセスしやすくなったことも、WEB小説が大きく注目されるようになった要因だと思います。

――なるほど、読者側の読書環境の変化も大きく関わっているんですね。ちなみに、WEB小説の読者の特徴はありますか。

このラノ編集部: メイン読者層は20〜40代と既存の文庫ライトノベルよりも高めとみられます。ただ読者年齢が上がりつつある状況は、WEB小説に限ったことではなく、既存のライトノベルにも言えることだと思います。ゼロ年代やそれ以前の作品でラノベを読み始めた読者層が、ちょうどそれぐらいの年齢層になってきていますから。

――WEB小説が近年の新人賞に与えた影響はどういったことがあるでしょうか。

このラノ編集部: 既存の新人賞でいえば、2012年に第4回GA文庫大賞の大賞を『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』が受賞し大ヒットしたのが記憶に新しいところでしょうか。本作は「Arcadia」と「小説家になろう」並行して掲載されていた作品でした。GA文庫大賞初の大賞受賞作品ということで、イラストレーターにヤスダスズヒトさんを起用するなど、その本気度がうかがえましたね。また、ヒーロー文庫に続いて、2013年にはMFブックスメディアファクトリー)が創刊されるなど、WEB小説作品を中心に刊行するレーベルが続々と創刊され、それに伴いWEB小説を対象とした新人賞の数も年々増えています。同時に既存のライトノベルレーベルでも、WEB小説を刊行するレーベルが出てきましたね。『Re:ゼロから始める異世界生活』(MF文庫J)や『この素晴らしい世界に祝福を!』(角川スニーカー文庫)などはその例ではないでしょうか。

――作品の内容的な部分でWEB小説が新人賞作品に与えた影響はありますか。

このラノ編集部: 流行として「異世界転生」「俺TUEEE」「チート」などWEB小説の特有の要素というものはあるように思いますが、ライトノベルの新人賞作品に限って言えば、必ずしもその影響を受けた作品が受賞しているとは言えないように思います。「売れる作品を」という商業的な宿命の中で、特定の要素を重視する傾向も強かったと思いますが、むしろここに来てそこから脱したいという意気込みのようなものを新人賞作品からは感じますね。
 また、これは先ほど述べた、読者の年齢層が上がりつつあるという部分とも関係あるかもしれませんが、ここ数年、物語の中で主人公が「働こう」としている面白い傾向があります。例えば2010年に電撃小説大賞の銀賞を受賞した『はたらく魔王さま!』(電撃文庫)や、昨年ファンタジア大賞の大賞を受賞した『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』(富士見ファンタジア文庫)などの人気作品が登場していますし、今年のMF文庫Jライトノベル新人賞最優秀賞を受賞した『ギルド〈白き盾〉の夜明譚』も主人公がギルドの運営職として働く作品です。お仕事モノは過去にもありましたが、読者の年齢層が上がったことで「働く」ということがより共感できるジャンルになった印象があります。

■『はたらく魔王さま!
和ケ原 聡司 / 電撃文庫
勇者に敗れた魔王がたどり着いたのは現代日本--東京の笹塚駅から徒歩5分、六畳一間の安アパート。魔力を回復し元の世界に戻るまでの間、駅前のファーストフード店のアルバイトに勤しむ魔王の前に、再び勇者が現れた。しかし勇者もまた力を失い、テレアポの契約社員として働く身で--。フリーターの魔王と勇者という設定の意外性が光る、庶民派ファンタジー。

■『ロクでなし魔術講師と禁忌教典
羊太郎 / 富士見ファンタジア文庫
働いたら負け」だと思っているニートのグレンは、半ば強制的に魔術学院の非常勤講師になることに。とはいえ、出勤初日から盛大に遅刻をした上に、授業も超やる気なしの自習ばかり。そんないい加減なグレンにキレまくる優等生システィーナと、それをなだめる同級生ルミア。しかし、そんな学園でとある事件が巻き起こり……。魔術嫌いの元ニート講師が女子生徒たちとの交流の中で次第に覚醒していく姿にぐっとくる。

■『ギルド〈白き盾〉の夜明譚』
方波見咲 / MF文庫J
『魔眼の騎士』カール・ヴァイスシルトに憧れ、傭兵になるために魔獣蠢めく新大陸にやってきた少年レイ・ブラウン。そこで彼が出会ったのはカールの末裔の少女マリールイズだった。ひょんなことから彼女のギルド〈白き盾〉の運営職として働くことになったレイだったが、マリールイズのお人好しな性格のせいでギルドの経営は火の車。いつの間にかレイもその立て直しに奔走することになって--。ギルドという戦闘集団を経営という視点で切り取った点が新しい、大人にも読んで欲しい作品。

――今回は過去、そして近年ライトノベル新人賞の動向についてお話をうかがってきましたが、今後はどのようになっていくと思われますか。

このラノ編集部: どうなっていくというよりも、どうなってほしいという希望ですが、本来ライトノベルは「おもしろければ、なんでもあり!」な懐の広いジャンルだと思いますので、新しい作品、新しい才能が発掘される場、そして何より新しい挑戦をしつづけてほしいですね。
 新人賞からの拾い上げ作品として刊行された『エイルン・ラストコード〜架空世界より戦場へ〜』(MF文庫J)はライトノベルでは難しいとされてきたロボットものに果敢に挑戦して、今年の『このラノ』でも作品部門4位(新作1位)に入っています。新人賞作品ではありませんが、当初売れ行きがあまり良くなく2巻で終了予定だった『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』(角川スニーカー文庫)がブログ、読書メーターなどでのファンの応援と電子書籍の盛り上がりで続刊が決定しました。ネットの普及により著者と読者の距離が以前より近くなったことで、こういう新しい状況が生まれてきているのは素直に喜ばしいことだと思っています。
 また、作家デビューを目指す人にとってはWEB小説の盛り上がりで、以前よりデビューのチャンスが増えたということも歓迎すべきことだと思います。これまで既存の新人賞からデビューができなかった人たちも、WEBという場では別の評価を受ける可能性があるので、自分の書きたいものを見据えて、諦めずに挑戦していってほしいですね。

――本日はありがとうございました。

『このライトノベルがすごい! 2016』