
和歌山カレー事件で死刑判決が下された林眞須美死刑囚の長男、林浩次(仮名)氏がインタビューで言及していた「袴田事件」。1966年の一家4人殺害事件で袴田巖さんに死刑が確定した後、再審無罪となった。48年間、死刑の恐怖と闘ってきた弟を支えた姉、ひで子さんと、袴田事件弁護団の小川秀世弁護士、冤罪(えんざい)の深淵に触れた2人が司法、捜査の問題点を指摘した。
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今は(袴田巖さんは)事件のことを一切話しません。だから私から聞くこともありません。事件後、現実世界と妄想世界を行ったり来たりしているような拘禁症状というものになって、現在はほとんど妄想の世界にいる状態です。
47年7カ月もあんなところに収監されていれば精神に異常をきたすのも当然だと思っています。自白についても裁判の中で分かったことですが、捜査関係者によるひどい取り調べによるものでした。
私は個人攻撃しているつもりはありません。警察でも検察でもあの方たちは法律に則ってやっているだけのことでしょうから。その法律を直すのは国なんですよ。人間が作った法律です。直せないことはないと思っております。
冤罪事件というのは、やっぱりね、お互い人間のやることだからまた起こり得ると思っています。完璧ということはないのです。冤罪を減らすためには、みんなが分かるような形にしなければなりません。(捜査、取り調べの中で)隠し事をするからこういうことが起きるのです。
再審は良い証拠も、悪い証拠もすべて出して、改めて裁判をやり直すのが正しいやり方ではないでしょうか。みんなに分かるように。それでなきゃフェアじゃない。事件に関心のある人、ない人にも、社会全体のみなさんに分かるようにしていくことが大事だと思います。
私はね、運命だと思っています。とやかく言っても運命だからしょうがない。(死刑判決を言い渡した)裁判官にもその人なりの運命があった。恨んでも始まらない。私も共に運命だと思っております。
袴田ひで子さんインタビュー、近日公開予定

追跡検証できる開かれたシステムが必要 袴田事件弁護団の小川秀世弁護士が捜査の問題点を指摘

私が静岡県弁護士会に弁護士登録したのが1984年。袴田(巖)さんには1980年に、すでに死刑判決が出ていました。袴田事件にかかわるきっかけは、大学の先生からの勧めでした。大学の刑事訴訟法ゼミで、再審請求について学んでいたからです。
この事件が冤罪だと思ったのは、まず袴田さんの自白がその都度ころころ変わるという点。自白自体が荒唐無稽なもので、都合のいいように言わされているものでありました。その後、浜田寿美男先生(奈良女子大学名誉教授、発達心理学者・法心理学者)の手により自白の鑑定書を無実の証拠として提出しました。(※有罪の決定打に見える自白調書も、心理学的に分析することで、無実〔冤罪〕であることの強力な証拠になり得ることを分析した。)
そして「5点の衣類」の存在です。これらの衣類は、第一審の有罪判決では証拠もないのに犯行着衣と認定されましたが、のちの再審公判で捜査機関によるねつ造であると認定されました。5点の衣類は事件後に(味噌タンクに)入れられ、ねつ造だったのです。
当初は弁護士との接見の機会はほとんどなく、袴田さんとのコミュニケーションは十分に取れませんでした。私が初めて会った時、袴田さんはすでに精神的に侵されていて、事件のことを聞くと嫌がる状態になっていました。
裁判員裁判の対象事件では被疑者の取り調べにおいて、全過程の録音・録画が法律で義務付けられました。そのことで重大事件での虚偽自白による冤罪はゼロとなっています。米国では、警察官がボディーカメラを身に付けている場面も増えています。我が国でもドライブレコーダーや、監視カメラが普及してきました。
わが国では、冤罪は虚偽自白が圧倒的な原因でした。さらに、捜査機関だけが他を排除して独壇場で事件・事故の現場に出入りし、彼らにとって都合のいいように記録し、都合のよい証拠だけを提出するということもできてしまいます。
冤罪が生まれる原因は、ほぼ捜査機関によるものです。あとから捜査を検証できるオープンなシステムを構築することが必要なのです。

《プロフィール》
小川秀世(おがわ・ひでよ)袴田事件弁護団事務局長。1952年愛知県名古屋市生まれ。71年名古屋大学工学部入学。78年静岡大学人文学部卒業、84年静岡県弁護士会に弁護士登録。 1994年から2004年静岡大学人文学部非常勤講師、04年小川法律事務所設立。05年から07年静岡県刑事弁護センター委員長、07年より日弁連取調べの可視化実現本部副本部長。共著に「はけないズボンで死刑判決 検証・袴田事件」、「再審と科学鑑定」など。



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