
高知県東部、香南市にあるホテル敷地内に今月建てられた「日韓友好 東洋平和」の記念碑が、除幕式からわずか4日後に撤去されることが決まった。
韓国メディアが、この碑は安重根(伊藤博文を暗殺した韓国の独立運動家)を追悼するものだと報道したため、日本ではSNSを中心に「テロリストを顕彰するのか」と激しい批判が巻き起こり、ホテル側が謝罪、撤去を決めた。
碑の設置を進めた地元の代表は「一部韓国メディアの報道が誤解を与えた。日韓友好は私の信念であり、別の場所を探して設置する」と話している。
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この記念碑建立の発端は、安重根と高知県の歴史的な縁にあった。安重根は1909年(明治42年)10月26日、当時清国のハルビン駅で、伊藤博文を銃で暗殺した。その後旅順に身柄を移され死刑となるが、裁判には高知県出身の裁判官、検察官、弁護士、刑務所関係者らが関わった。
こうした歴史を後世に伝えようと、元高知県議会議長で県日韓親善協会名誉会長の西森潮三氏(86)が中心となり、韓国の団体とも協力して建立を進めた。
6日の除幕式には、韓国から2人の首相経験者をはじめ約30人が参加、日本側も西森氏や地元自治体関係者ら約40人が参加し、和気あいあいの雰囲気の中で除幕式が行われた。
韓国の“安重根記念碑”報道で状況一変
状況が一転したのは、韓国の報道がネットで広まってからだ。
通信社・聯合ニュースは「日本に安重根義士を記念する石碑が建てられた」と伝え、「韓日友好、東洋平和」という石碑の理念を紹介した。
これがX(旧Twitter)などで急速に拡散。「伊藤博文を暗殺した人物を日本国内で顕彰するのか」「テロリストをたたえる碑ではないか」といった批判が殺到した。高知出身の作家、門田隆将氏をはじめ保守系論客らも疑問を呈し、炎上は全国規模へと拡大した。
ホテルには抗議電話が引きも切らなかった。フロントの女性は「怖い」「会社を辞めたい」と泣き出し、大混乱になった。ホテル側は「日韓友好の碑」との説明を受けただけだったと説明し、10日になってホテルのホームページに謝罪文を載せ、撤去すると表明した。
渦中の西森氏に、電話で事情を聞いてみた。
今回の碑は、あくまで高知と安重根の関わりをきっかけに日韓友好を誓うのが目的だったと話し、「安重根を記念する石碑」という韓国側の報道は誤りだと釈明した。「東洋平和」は安重根が提唱した理念だが、誤解されないよう石碑に安重根の名前は入れていない。
「日本の繁栄は韓国のおかげ」
西森氏は、故竹下登元首相から聞いた言葉をよく覚えている。
「朝鮮戦争(1950~53年)で韓国は共産主義の防波堤となり多大な犠牲を払った。日本の繁栄は韓国のおかげといえる。だから韓国は大切にしなくてはならない」という、気配りの人らしいものだ。西森氏も同意し、地元の有志に声をかけ「高知県日韓親善協会」を立ち上げ、半世紀以上にわたって韓国との関係を深めてきた。
西森氏は、「騒動を起こしているのはごく少数」であり、「他の人たちはわけもわからずに便乗しているだけ」と分析する。「そういう連中に負けちゃいかんと思っています。私有地なら問題ないはず。いったん石碑は保管し、新たな設置場所を探します」。
保管先について尋ねると、「香南市から離れた知人の倉庫」だそうだ。
文/五味洋治 内外タイムス



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