昨今の生成AIの進化にともなって、「AIに対する気疲れ」を起こしている人が増えているのではないか。道具を使って疲れる、というのは奇妙に聞こえるかもしれない。しかしこれは、笑い話ではない。

【画像】AIがかわいそうに見えてしまう?

 今回は、なぜ「AIに対する気疲れ」をする人が増えているのかについて「メディアの等式」という用語を使いながら解説する。AIを活用しようとしている全てのビジネスパーソン、そして部下にAI活用を促している管理職に、ぜひ最後まで読んでもらいたい。

●「なんだかかわいそうで……」 部長が驚いた発言

 ある消費財メーカーの営業部長、Mさんの話だ。

 部下が企画書をなかなか仕上げられずにいた。「AIを使っていいよ」と伝えたが、完成度が上がらない。それならと、Mさんが自ら実演することにした。

 会議室に部下を呼び、ChatGPTを立ち上げた。見込み客を増やすためのイベント企画だ。過去の事例、来期の方針、ターゲットの属性データ。素材を次々と渡しながら、対話を重ねていく。50分ほどで、納得できる企画書が完成した。ChatGPTにやり直しを命じた回数は、14回だった。

 「どうだ、簡単だろう? 思い付きのアイデアを渡すだけで、ドンドン企画を作ってくれる。自分が納得するまで、ああでもない、こうでもないって言えるんだからさ」

 Mさんはそう言い、部下の反応を待った。ところが部下は首を縦に振らなかった。

 「私は……。3回くらいの指示が限界です」

 Mさんは耳を疑った。「どういう意味だ?」と聞くと、部下はこう続けた。

 「なんとなく、かわいそうになってしまって」

 「相手は機械だよ」とMさんが言っても、部下は首を振った。

 「分かっていますけど、そうは思えないんです」

 Mさんは、なぜ部下のAI活用が遅くて完成度も低いのか、その理由を、そのとき初めて理解した。

●「メディアの等式」という心理現象

 この部下は過剰に反応しすぎなのだろうか。いや、実はそうでもないのだ。このように「AIに対する気疲れ」をする人は急増しているのだから。

 「メディアの等式(Media Equation)」という心理学の概念がある。スタンフォード大学のクリフォード・ナスとバイロン・リーブスが1996年に提唱した理論だ。人間は、言葉を使って双方向でやりとりできる相手に対して、無意識のうちに人間と同じような社会的なルールを当てはめてしまう。礼儀、配慮、気遣い。相手が機械だと分かっていても、脳がそう動いてしまうのだ。

 例えば、Googleで検索するときはどうだろう? 自分が住んでいる町で「おいしい焼き肉屋」を探したいとしたら、どんな検索キーワードを入力するだろうか。どれぐらいの回数、検索するだろうか。多くの人は「納得するまで」検索するはずだ。

 「もっとリーズナブルな焼き肉屋はないかな」

 「個室があるところがいい」

 「日本酒を多く取りそろえている焼き肉屋ってないかな?」

 あれこれ考えながら、5回でも、8回でも、10回でも、納得するまで検索するだろう。Amazonで本を買う時もそうではないか。現在自分が抱えている課題を解決してくれそうな本を探したいのなら、その本が見つかるまで、いろいろな検索キーワードを入力して試すはずだ。

 しかし、相手が生成AIだと、なぜか“配慮”してしまう人がいる。

 決定的に違うのは、ChatGPTやGeminiは「分かりました」「承知しました」「修正します」と、まるで人間のように言葉を返してくる。それどころか、かなり丁寧な文章を返すことも多い。

 そのため、脳の無意識の部分が「目の前に誰かいる」と感じてしまう。何度もやり直しをさせることに罪悪感が生まれる。「こっちの指示が悪いのに、ダメ出しばかりしている」と自分を責めてしまうのだ。

 この心理現象は、AIの応答が丁寧になればなるほど強くなるようだ。日本語の生成AIは特に敬語が丁寧で、気遣いの表現が多い。それが擬人化をさらに加速させる。

 「それは大変失礼しました。もう一度やり直しますね」

 「私の解釈が間違っていたようです。次は○○の視点でアイデアを練ってみます」

 このように返してくるものだから、冒頭の部下の反応は、ごく自然な心理反応とも言える。

●「気疲れ」がパフォーマンスを下げる3つの理由

 AIに対する罪悪感や気疲れは、仕事の質と速度をどう下げるのか。大きく3つの問題が起きる。

1. やり直しの回数を無意識に抑える

2. 指示が遠慮がちになる

3. 結果に妥協してしまう

 それでは、一つずつ解説していこう。

やり直しの回数を無意識に抑える

 AIへの気づかいから「これぐらいでいいか」と早めに切り上げてしまう。M部長は14回のやり直しを経て納得できる企画書を作った。しかし気疲れを感じている人は、5回も達しないうちに手を止めるのだ。これでは当然、完成度は上がらない。

 AIの活用においては、やり直しの回数は「否定」ではなく「磨き上げ」のプロセスだ。回数を重ねるほど、アウトプットは精度を増す。罪悪感がその回数を無意識に制限してしまうのはよくない。

指示が遠慮がちになる

 「こんな細かいことを頼んでいいのか」

 「また修正させるのは悪い」

 このように感じると、指示があいまいになったり、要望を全部伝えないままにしてしまったりする。指示の質が下がれば、アウトプットの質も下がるのは当然だ。

 AIに対してはっきりした指示を出せる人ほど、良い結果を引き出せる。遠慮は百害あって一利なしと捉えよう。

結果に妥協してしまう

 「ここまでやってもらったんだから、もういいか」と、本来の基準に達していないのに終わりにしてしまう。

 「対人間」と同じで、知らぬ間に「落としどころ」を探ってしまうのだ。

 相手が人間ならば「ここまで頑張ってくれた」という情が湧くこともある。AIに対しても同じで、「やり直し」を命じることに罪悪感を持つ人は、AIに対しても同じ心理で妥協してしまうだろう。

●AIには感情の疲弊がない

 当然だが、AIは何回やり直しをさせられても疲弊しない。「また直させられた」という感情が湧くこともない。「自分の仕事を認めてもらえなかった」と傷つくこともない。1万回やり直しを命じても、1万1回目も完全にニュートラルな状態で応答する。

 彫刻家が丸太から像を削り出すとき、削りすぎた木に「申し訳ない」とは思わない。1回削って、また削って、また削る。それを繰り返すことで作品が完成する。AIへの指示も同じと考えよう。

 1回目は大まかな形を出す。3回目でニュアンスを整える。10回目で細部を磨く。それがAI活用の基本だ。

 罪悪感を持つ必要はない。持つべきは「どう指示すればより良いものが出るか」という問いだけだ。

●「道具として使い倒す」という発想に切り替える

 実のところ、私も「気疲れ」することはある。だからAIを効果的に使うために(うまく付き合っていくために)、リフレーミングを心掛けたい。

 「気を遣う相手」と捉えるのではなく、「徹底的に付き合ってくれる伴走者」だと思えばいいのだ。

 AIは、何度でも、何時間でも、疲れずに付き合ってくれる。こちらの要求が高ければ高いほど、アウトプットは上がる。遠慮することはない。遠慮すれば、その可能性を自分で潰していることになる。

 AIが職場に当たり前のように入ってきた今、「使えるかどうか」だけでなく「どう使うか」が問われている。技術の習得だけでなく、AIとの心理的な距離感をどう取るかも、これからのビジネスパーソンに必要なスキルだと思う。

著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)

企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。

AIに気疲れする人が増えている?